軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話

夜会当日。

ルシアンは、支度の最中だった。

正装の上着を整え、袖口の皺を伸ばす。

侍従が忙しなく動き回り、

香と金具の音が静かに交錯している。

扉が、軽くノックされた。

「殿下?」

聞き慣れた声に、ルシアンは顔を上げる。

「……クラリス?」

扉が開き、クラリスが顔を覗かせた。

「もう少しかと思いましたけれど。

準備、順調そうですわね」

「ああ。そろそろ――」

言いかけたところで、

クラリスがじっとこちらを見る。

「……なにか?」

「うふふっ」

意味ありげに笑ってから、

指先で示す。

「そのお色味、とってもお似合いですわ♡

わたくしの見立てた通りですの」

「……そうか」

ルシアンは視線を逸らした。

胸の奥に、言葉にできない違和感が残る。

「それで?」

今度はクラリスが、

自分の番だと言わんばかりに一歩下がる。

「わたくしは、いかがです?」

くるりと身を翻す。

裾がふわりと広がり、

深い真紅のドレスが光を受けて揺れた。

「……よく、似合っている」

クラリスは満足そうに頷いた。

「ありがとうございます♡」

そう言って、

当然のように、ルシアンの腕に手を添える。

「では、参りましょうか」

「……うん」

二人は、並んで歩き出した。

回廊を進むにつれ、

音楽が近づいてくる。

光と人の気配が、少しずつ濃くなる。

夜会は、すでに始まっていた。

広間のざわめきが、すっと静まった。

音楽が止み、人々の視線が前方へ集まる。

王太子は、ゆっくりと一歩前に出た。

「本日は、よくお集まりくださいました。

この夜会が、皆様にとって実りある交流の場となることを願っております」

国を支える貴族たちへの感謝。

今宵が、親睦と交流のための場であること。

「……無難なあいさつですわね」

クラリスが、小さく囁いた。

「? ああ……」

ルシアンは曖昧に応じる。

拍手が起きる。

だが、その音は短く、熱を伴わない。

(……なんだ?)

ルシアンは、ほんの一瞬だけ眉をひそめた。

胸の奥に、言葉にならない引っかかりが残る。

夜会は、そうして始まった。

人々は席を立ち、談笑の輪を作っていく。

新興貴族は、自然と前へ。

旧貴族は、一歩引いた位置で様子をうかがう。

ルシアンの提出した席次はこうだった。

新興を最前列に。

旧貴族をその後ろへ。

非王妃派は、後段に混在。

同じ王妃派の中に、上下をつけた配置。

王妃派である以上、表立って反発はできない。

夜会という場では、不満は抑えられる。

噴き出すことはない――はずだった。

「……おかしい」

その時、隣で小さく笑う声がした。

「……ちゃんと、形にはなっていますわね」

クラリスだった。

扇を軽く揺らしながら、広間を見渡している。

その表情には、余裕がある。

「宰相たちが、イレイナ様を手伝ったのでしょう。

段取り自体は、崩れていませんわ」

扇を閉じ、肩をすくめる。

「ただ――

“今日は何を前に出す夜会なのか”が、

誰にも示されていませんわね」

視線だけで、広間を示す。

「本来なら、

王太子殿下が最初に立って、

“今宵は新興と旧来を繋ぐ場だ”とか、

“功績を称える夜だ”とか……

方向を与えるべきでしたのに」

ルシアンは答えず、改めて広間を見渡した。

新興貴族は、前列に集まりながらも、

旧貴族の方をちらちらと窺っている。

旧貴族は、誰かが声をかけるのを待つように、

杯を手にしたまま動かない。

誰に話しかけ、誰と組んでいいのか。

――誰も、判断材料を与えられていない。

「今回なら――」

クラリスは、扇の先で前方を示した。

「王太子殿下が、

旧貴族の代表格を最初に呼び、

イレイナ様が新興の有力者を伴って紹介する。

それだけで、流れは決まりますわ」

「……だからか」

ルシアンは、視線を広間の奥へ移した。

王太子は、すでに数名の貴族に囲まれていた。

「それは結構な話だ」

「今後も、王家として支えていきたい」

どれも無難で、角の立たない言葉ばかりだ。

その様子を見て、クラリスがわずかに眉をひそめた。

「王太子殿下ったら……

本当に、無難なことしかお話しになりませんわね」

小さく息を吐き、肩をすくめる。

「以前でしたら、

わたくしが横から話を掘り下げておりましたけれど」

その少し離れた場所に、イレイナの姿があった。

新興貴族の一団に囲まれ、

一人ひとりに向き合うようにして、懸命に言葉を選んでいる。

「ええ……本日は、お越しいただきありがとうございます」

「夜会は、まだ始まったばかりですから……」

応対は丁寧だった。

しかし、夜会としての機能は果たしていない。

誰かを引き合わせることもなく、

ただ、一人ひとりに丁寧に応じているだけだった。

「……なるほど」

ルシアンの呟きに、クラリスが小さく頷く。

「ええ。

慣れていらっしゃらないのですもの、仕方ありませんわ」

扇を軽く閉じる。

「それに――

紹介も、誘導も、

誰が誰で、何を期待されているのかが分からなければ、

できませんもの」

ルシアンは、静かに息を吐いた。

――だから、場が動かないのだ。