軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第16話

夜会とは、王家が主催する公式の社交の場である。

名目は親睦、実態は確認。

家格、序列、立ち位置――

誰がどこに座り、誰と語られるか。

それらはすべて、無言のまま示される。

だからこそ、準備は煩雑で、雑務は多い。

本来は王太子の仕事だが、

なぜか、その一部が第二王子の執務机に積まれていた。

「……これも、ですか」

ルシアンは書類の束を受け取り、静かに目を落とす。

返却期限、確認印、伝達先――

どれも、後回しにはできなかった。

「王太子殿下がお忙しいそうで」

侍従はそれだけ告げ、深くは説明しない。

ルシアンは短く息を吐き、頷いた。

「分かりました。こちらで引き受けます」

机の上に、また一つ書類が重なる。

本来の執務は、後回しになる。

その時だった。

扉が、ためらいなく開いた。

「……あら?」

聞き慣れた声に、ルシアンは顔を上げる。

クラリスだった。

遊びに来ただけ、と言わんばかりの軽やかな足取りで、部屋に入ってくる。

「殿下、いらっしゃると聞いて参りましたのに」

視線が、自然と机の上へ落ちた。

「……随分と、賑やかですわね」

クラリスの眉が、わずかに寄る。

「殿下ったら。

わたくしが来たのに、どうして顔も出してくださらないのかしら」

ルシアンは一瞬、言葉を探してから答えた。

「夜会の準備で……少し、立て込んでいて」

「夜会?」

クラリスは、首をわずかに傾げる。

「それは、殿下のお役目ですの?」

「いえ。本来は――」

言いかけて、ルシアンは口を閉じた。

「引き受けた、だけです」

「殿下」

クラリスから、表情が消えていた。

「わたくしとの時間より、

王太子殿下の雑務をとるのですか?」

ルシアンは、すぐには答えなかった。

一度、書類に視線を落とし、

それから、静かに言う。

「……必要なことだと思っただけです」

クラリスは、小さく息を吐いた。

「殿下、行きますわよ」

「えっ……」

返事を待たず、

クラリスはルシアンの腕を取る。

そのまま、有無を言わせず、

部屋を後にした。

「こちら、夜会の件ですが……」

王太子は書類を受け取り、

数行だけ目を追った。

「……問題ない。これで通してくれ」

側近が一礼し、書類を下げる。

イレイナは、そのやり取りを黙って見ていた。

「……お忙しそうですね」

イレイナはそう言って、

卓に茶を置いた。

「気が利くな」

王太子は視線を書類から離さない。

側近が、何でもないことのように言った。

「その他の夜会に関する諸々は、

第二王子殿下が引き受けてくださっていますので」

「そうか。なら問題ない」

それで話は終わった。

――はずだった。

扉が、ノックもなく開いた。

「失礼いたしますわ」

張りのある声に、王太子が顔を上げる。

クラリスは、政務室の空気を一切気にする様子もなく、まっすぐに中へ入ってくる。

その後ろに、ルシアンが付いてくる。

「ちょうどよろしかったですわ」

視線が、王太子と側近を順に射抜く。

「王太子殿下。

どうして夜会の雑務を、ルシアン殿下に?」

一瞬、イレイナへ視線を向ける。

「殿下がお忙しいのであれば、

婚約者が補佐なさるのが、自然ではありませんの?」

ルシアンは、何も言わなかった。

ただ、クラリスの背中を見ていた。

「イレイナは、政務には関わらせていない」

「わたくしには、

散々お任せになっていましたのに?」

「それは……」

王太子は、すぐには答えなかった。

一度だけ、目を伏せる。

「……当時とは、状況が違う」

イレイナは、二人のやり取りを見比べる。

少し遅れて、

自分が話題に含まれていることに気づいた。

クラリスは、卓の上の書類を一瞥する。

「……それ、急ぎではありませんわよね」

視線を上げ、王太子を見る。

「だいたい、王太子殿下の夜会ですのよ。

どうしてルシアン殿下にさせていらっしゃるの」

王太子は、眉をひそめたまま短く言う。

「……夜会全体を滞らせるわけにはいかない。

分担しているだけだ」

王太子の言葉に、クラリスは一拍置いた。

「あら、そうですか」

それから、にこりと笑う。

「では――分担いたしましょう」

クラリスは手を挙げ合図を送る。

すると、

背後から一人の侍従が進み出る。

彼の手には、書類の束。

「それは……」

ルシアンが目を瞬く。

先ほどまで、

ルシアンの机に積まれていたものだった。

侍従は無言のまま、

それを卓の上へ置く。

イレイナの、目の前に。

「ルシアン殿下も、お持ちの案件がございます」

クラリスは、穏やかな笑みを崩さない。

「だから分担いたしましょう、イレイナ様」

室内の空気が止まる。

「ご安心なさって」

クラリスは、扇を軽く閉じる。

「たとえ今回の調整がうまくいかなくても、

誰も責めませんわ。

妃教育も、まだ道半ばのご婚約者ですもの」

――クラリス流のフォローである。

イレイナは、

自分の前に置かれた書類と、

クラリスの顔を見比べた。

王太子は、言葉を失っている。

「では、ごきげんよう」

そう言って、

何事もなかったかのように踵を返す。

ルシアンは慌てて、後を追う。

残されたのは、

役割を突きつけられた沈黙だけだった。

廊下に出たところで、

ルシアンは足を止めた。

「殿下?」

クラリスが振り返る。

「……ありがとう、クラリス」

一瞬、言葉が途切れる。

「……」

クラリスは顔を背けた。

わずかに、頬が赤い。

「……当たり前ですわ。

わたくしは、殿下の婚約者ですもの」

それだけ言って、

さっさと歩き出す。

ルシアンは、

少し遅れて、その後を追った。