軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第15話

「クラーラ、この間も孤児院に行ったんだってね」

不意に向けられた言葉に、クラーラは小さく瞬いた。

「ええ。少しだけ」

「君のような方が婚約者で、誇らしいよ」

クラーラの婚約者はカップを持ち上げ、

穏やかな笑みを彼女に向けた。

「ありがとうございます。そう言っていただけると、嬉しいですわ」

クラーラも、合わせるように口角を上げる。

「でも、無理はしないでくれ」

「……ええ。ほどほどに、いたしますわ」

にこやかに頷くと、彼は自然に話題を切り替えた。

「ところで、次の観劇だが――」

流れるように別の話へ移る声を聞きながら、

クラーラは黙って相槌を打った。

会話は滞りなく続き、場の空気も穏やかなままだった。

(……この人は)

言葉になる前に、その思考は胸の内に沈められる。

クラーラは観劇の演目について頷き、

求められるまま、会話をなぞった。

(私は、ちゃんとした婚約者でいられる)

その感覚だけが、静かに胸に残った。

翌日の学園。

クラーラは図書館へ向かっていた。

返却期限の書き込まれた本を思い出しながら、

長い回廊を進む。

扉を押し開けた瞬間、

館内の空気がわずかに揺れた。

女子生徒たちが、理由もなく立ち止まり、

視線を泳がせている。

(……?)

その様子を不思議に思いながら歩を進め、

クラーラは視線の先に気づいた。

――あ。

書架の合間、閲覧席の一角。

肘をつき、片手で頁を押さえながら本を読んでいる人物がいる。

ルシアンだった。

肩の力が抜け、背筋はやや丸い。

視線は文字だけを追い、

周囲にはほとんど意識を向けていない。

(……変わらない)

クラーラは、わずかに息を整え、

返却台へ向かう足をほんの一瞬だけ緩めた。

視線の先で、彼が頁をめくる。

紙の擦れる音が、静かな館内に響く。

クラーラはその場に立ったまま、

まだ一歩も踏み出していなかった。

紙をめくる音が、ふと止んだ。

ルシアンが動きを止め、

ゆっくりと顔を上げる。

――目が合った。

ルシアンは瞬きを一つして、

わずかに目を見開く。

「……」

(あ……)

クラーラの胸が、

ひどく静かに鳴った。

ルシアンの表情が、ほんのわずかに緩む。

「……こんにちは」

クラーラは一拍置いて応える。

「……ごきげんよう、ルシアン殿下」

「……少し、用があって」

それだけ告げると、彼はそれ以上言葉を続けなかった。

「そうでしたの」

短い沈黙が落ちる。

背後で、誰かが椅子を引く微かな音がした。

図書館は、変わらず静かだった。

クラーラは抱えていた本に目を落とし、

ふと思い出したように顔を上げる。

「今度の夜会……お会いしますわね」

ルシアンは一瞬だけ目を伏せ、

静かに頷いた。

「……ああ」

それで会話は終わった。

クラーラは返却台へ向かい、

借りていた本を一冊ずつ差し出す。

(次に言葉を交わせるのは、公の場――夜会、か)

そう胸の内で区切りをつけ、

クラーラは図書館を後にした。

回廊に出ると、足音が石に小さく返った。

『どうして孤児院へ行くの?』

その問いだけが、胸の奥でよみがえる。

「……」

クラーラは歩みを止めなかった。

回廊を進んでいると、明るい声がかかった。

「あら? クラーラ様、ごきげんよう」

クラリスだった。

頬を上げた笑み。いつもより少し高い声。

「……ごきげんよう、クラリス様」

クラーラは軽く礼を返す。

「うふふっ、失礼しますわ」

クラリスはそのまま、軽やかな足取りで図書館の方へ向かっていく。

迷いのない背中だった。

「殿下♡ お待たせしました♡」

弾んだ声に、ルシアンが顔を上げる。

「ああ……」

気の抜けた返事。

「では、いきましょうか♡」

そう言うと、クラリスはためらいなく彼の腕を取った。

「……うん……」

ルシアンはそれに逆らわず、歩き出す。

二人の足音が、静かな館内に重なっていった。