軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

きょうだい 1

いよいよランク試験前日を迎え、私の隣に座っていたヴィリーは大きな溜め息を吐くと、くしゃりと林檎色の前髪をかき上げた。

「マジでさあ、重くねえ? 今の試験の結果が今後の人生に影響するとか」

「結局、何でも積み重ねだからね……」

「急に物分かりのいい大人の女みたいな顔して、俺を置いていくのやめろよな」

「フフ」

前世で受験や就職など一通りの経験をした私は、ヴィリーと同じ感想を抱いた頃もあった。そして失敗や反省を繰り返した結果、そんな結論に至ったのだ。

「お前、全然緊張してないじゃん」

「うん。もうやり切ったから」

私はというと、試験への緊張はほとんどなかった。

今度こそやれるだけのことはやったし、最近は問題集の正答率もかなり高い。きっと大丈夫だという自信があるからだろう。

そしてそれは一緒に頑張ってくれた友人達や、ユリウスのお蔭だった。

「ヴィリーも絶対に大丈夫だよ! 学業の神様も絶対に見てくれてるから」

「だよな! 今日はあの人形、抱いて寝るわ」

「私もそうする」

今日は居残って勉強はせず、それぞれ自宅で勉強し、明日に備えることになっている。

鞄になんと教科書をしまって立ち上がると、ちょうど吉田と王子も教室を出るところだった。

「二人とも、また明日ね!」

「ああ。あまり夜更かしせずに今日は早く寝ろよ」

「うん! ありがとうママ」

「ママではない」

手を振って二人を見送った私は、そのまま一年生の階へ向かう。

ルカの教室を覗くと、相変わらずルカはモテモテのようで彼の周りには大勢の女子生徒の姿があった。

「レーネ先輩!」

すぐにルカは私に気付いてぱっと笑顔になり、こちらへ向かってきてくれる。

一方、周りにいた女子生徒達からは鋭い視線を向けられた。彼女達からすれば私は新入生に早速手を出す二年の女、くらいに思われているに違いない。

「俺が迎えに行こうと思ってたのに、ごめんね。来てくれてありがとう」

「ううん、大丈夫だよ」

昼休みに会いに来てくれたルカに今日の放課後、少しだけ時間が欲しいと言われていた。

私もルカに話があったし、すぐに了承して今に至る。

「じゃあ、行こうか」

ルカはいつものように私の手を取ると、どこかへ向かって廊下を歩いていく。

やはりすれ違う生徒達からの視線を感じたけれど、ルカは一切気にならないようだった。

「どこに行くの?」

「二人でゆっくり話ができる、いい場所があるんだ」

私は繋がれていない方の手で鞄に付いている小さな水晶を握りしめ、後を付いていく。

そうして着いたのは学園の敷地内の端にある、もう使われていない古びた塔だった。遠目から見たことはあったけれど、もちろん入ったことはない。

「こんなところ、入って大丈夫なの?」

「一人になりたい時よく来てるけど、誰も来ないし」

一方のルカは壊れた鍵のついた扉を開けて迷わず中へ入り、螺旋階段を登っていく。

シミだらけの塔の壁には時折、窓代わりの小さな四角い穴があるだけで全体的に薄暗く、幽霊が出そうなおどろおどろしい雰囲気に包まれている。

私はきゅっと繋がれたルカの手を握り返し、やがて屋上へ辿り着いた。

「わあ……」

柵すらなく開けた場所になっていて何もないけれど、敷地内でも一、二を争うくらいの高さで、ここからはハートフル学園全体を見渡せる。

想像以上の美しい見晴らしに、感嘆の声が漏れた。

「ここ、使われてないのがもったいないね」

「過去に実験が失敗して、この一帯は魔法が使えない環境になったからみたいだよ」

魔法が使えないというのは、魔法使いにとって何よりも恐ろしいことだと聞いている。

私は魔法使えたらラッキーくらいの気持ちだけれど、幼い頃から使える人にとっては当たり前で、五感を失うような感覚なのかもしれない。

「そういえば、この間、科学準備室で危ない目に遭ったって聞いたよ。大丈夫だった?」

「うん、びっくりしたよ。停学になりそうだったけど、周りに助けてもらってなんとか」

ルカはいつもの笑顔のまま、続ける。

「そうなんだ。何でそんなところに行ったの?」

「クラスの子にルカが待ってるって言われて」

「……俺に呼ばれたって、周りに話さなかったんだ?」

「そうしたらルカが疑われちゃうから」

素直に答えると、ルカの顔に狼狽の色が浮かんだ。

「なんで、そんなこと姉さんが気にするの」

「ルカが大切だからだよ。その件も含めて、ちゃんと二人で話をしたいと思ってた」

「っ嘘つくなよ! だって姉さんは俺なんて──」

私に掴みかかろうとしたルカが声を上げた瞬間、何かが崩れる音がした。

「──は」

「ルカ、危ない!」

空に向かって傾いていくルカの手を、必死に掴む。

そのまま私の身体も地面に強く叩きつけられ、あまりの痛みに口からは呻き声が漏れた。

「ど、どうしよう、これ……」

どうやら、ルカの立っていた場所が崩れたらしい。

そして七階ほどの高さのある屋上から落ちかけているルカの手を私が片手で掴んでいるという、まさに絶対絶命の状況になってしまっている。

こんな絵に描いたような危機的状況を自分が体験するなんて、想像していなかった。

右手が軋む音がして、肩まで痛みを感じる。そもそも私はあまり力がなく、こうしてルカが落ちないように掴んでいられるだけでも奇跡のようなものだった。

「……う、……っ」

長くは持たないと、すぐに察した。

必死にルカを引き上げようとしても無理で、現状維持がやっとだった。魔法が使えないため、落ちてしまえば確実に命はない。

いくら叫んでも声は届かないだろうし、助けだって期待できない。万事休すな状況に焦燥感が全身に広がっていき、口の中が乾いていく。

「さっさと離せよ」

ルカは無表情のまま、私を見つめていた。本気で離しても構わないという様子に、胸が締め付けられる。

「ぜったい、離さない」

「はっ、どこまでバカなんだよ。俺は姉さんに散々嫌がらせをしてきたのに。今だって、この場所に明日の試験終わりまで閉じ込めてやろうとしてたんだよ」

私を嘲笑う様子は、先程までの愛らしい天使のような弟とはまるで別人だった。

やっぱりこれがルカの素なのだと実感する。

「……気付いてたよ」

「は」

私と同じ色をしたルカの瞳が、大きく見開かれた。