軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

違和感のはじまり 5

ランク試験まで一週間を切ったある日の午後、魔法薬学の授業を終えた私は、こそこそと人気のない裏庭の水道へとやってきていた。

そうして顔を洗おうとした瞬間、突然後ろからがばっと抱きつかれる。

「姉さん? 何をして──」

どうやら後ろ姿で私だと分かったらしい。けれど私が振り返った瞬間、ルカはぴしりと固まる。

それもそのはず、私の顔は黒く染まっているからだ。

今日も先生の話をちゃんと話を聞いていなかった愚かなヴィリーの失敗によって、顔が炭だらけの化け物のような姿にされてしまった。そろそろ本当に許さない。

「……姉さん、だよね?」

「うん。ちょっと実験で失敗しちゃって」

「実験で、失敗……」

ルカは呆然としながら私を見つめていたけれど、やがて「ぷっ」と吹き出した。

「ははっ! どうしたらこんな姿になるんだよ、はは」

よほどツボに入ったのか、お腹を抱えて笑うルカの目尻には涙が溜まっていく。

幼い子供みたいな無邪気な笑顔がかわいくて、つられて笑顔になるのが分かった。

「ルカは笑うと本当にかわいいね」

思わずそう言うと、ルカはハッと我に返ったような顔をして、私から顔を背けた。

「……恥ずかしいから、あんま見ないで」

「ふふ、どうしようかな」

照れる姿もかわいいと言うと、怒られてしまう。

そんなルカが愛おしいと思う一方で、私は心の中にわだかまりが広がっていくのを感じていた。

その日の晩、夕食を終えた私はまっすぐにユリウスの部屋を訪れていた。

「何か勉強で分からないところでもあった?」

「ううん、少し聞きたいことがあって」

話があると伝えるとユリウスは中へ通してくれ、ソファに座るよう勧めてくれる。そしてメイドにお茶を用意させてすぐ、退出するように命じた。

二人きりになり紅茶を一口飲むと、私は口を開いた。

「……実は私がこの屋敷に来た頃のことを、教えてもらいたくて来たんだ」

ルカと親しくなればなるほど、過去が気になって仕方なかった。それでもルカにはとても聞ける雰囲気ではないし、ユリウスに尋ねてみることにしたのだ。

ユリウスもレーネと不仲だった頃はあまり思い出したくないかもしれないけれど、今の私達の関係に変わりはないし、大丈夫な気がした。

「んー、正直あんまり覚えてないんだよね。レーネは喋らないし俯いてばかりで顔すら見えないし、俺も特に話しかけたりしなかったから」

顔を合わせるのは食事の時だけで、それ以外は全く姿を見ることもなかったらしい。

「最初は朝から晩まで部屋に閉じ込められて、家庭教師に貴族としてのマナーや知識を叩き込まれてたし。一度だけ、前の家に帰りたいって泣いていたのを見たかな」

「そんな……」

平民として育ってきて、いきなり厳しいマナーや知識を朝から晩まで叩き込まれるなんて、八歳の子供なら根を上げるのも当然だ。中身が二十歳を超えている私だって泣くに違いない。

レーネの母親も必死に止めたりフォローしたりしていたらしいけれど、父は「伯爵家の名に泥を塗られては困る」と言って厳しい教育を続けたらしい。

姉妹で兄を奪い合わせるなんて一番恥ずかしいことをしているのは自分だと、罵ってやりたい。

「で、それを知ったあいつがレーネに──」

そこで何かを思い出したように、ユリウスの言葉が途切れた。口元を片手で覆い、何かを考え込んでいる。

「どうかした?」

「……いや、何でもないよ」

どう見ても何もない感じではなかったけれど、こういう時──何かに対して確信を持てない時、無理に聞いてもユリウスは口にしないと知っていた。

「役に立てなくてごめんね」

「ううん、ありがとう!」

お礼を言いお茶を飲み干すと、勉強の邪魔をしないよう自室へ戻る。

ユリウスが何を言いかけたのか気になりながらも、私は再び机に向かったのだった。

◇◇◇

数日後の晩、今度はユリウスが私の部屋を訪れ、私はすぐに勉強していた手を止めて出迎えた。

「本当は大事なランク試験の二日前にこんなものを渡すかどうか、悩んだんだけど」

そんな前置きをして、ユリウスは私にいくつかの封筒を差し出す。ユリウスの真剣な表情に、胸騒ぎがした。

「俺が勝手な判断をすべきじゃないと思ったんだ」

「…………?」

首を傾げながら受け取ったところ、何年か前のものなのか、少し傷んでいるように見える。

「あいつの書斎、漁ったら出てきたんだ」

あいつというのは父のことらしく、勝手に部屋を漁ったりして大丈夫なのか尋ねたところ「バレなければいいんだよ」とユリウスは言ってのけた。

その口ぶりからは、初めてではないことが窺える。

父の書斎にあった手紙と私に何の関係が、と不思議に思いながらも受け取った。

「……えっ?」

そして封筒に書かれていた「レーネ・ウェインライト様」という宛名を見た私は、息を呑む。

この綺麗な字には、見覚えがあったからだ。心臓が嫌な音を立てていくのを感じながら、封筒の裏側を見る。

「──ルカーシュ・アストン」

そこにははっきりと、ルカの名前が綴られていた。