軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

288 災難なく食べたハンバーガー、晩は食べたくなんないさ

あのベイリーズ姐さんが赤面している。ただでさえ騒然としていた食堂は、一周回って静かになった。

異常事態はそれだけにとどまらず、耳まで赤くして縮こまったままのベイリーズは、セカンドとろくに目も合わせられずに「ひゃい」だなんて乙女のような声をあげている。

いつも落ち着いていて頼りになるクールビューティー完璧超人ベイリーズ姐さんの姿は、もはやそこにはなかった。

「え、ベイリーズさん、えぇ……」

同席していたミラが、困惑の声を漏らす。

これまで何度かベイリーズの反応見たさにからかっていた彼女だが、いつも返り討ちに遭っていた。彼女にとってベイリーズはまさに鉄壁、常に恥ずかしがる側ではなく恥ずかしがらせる側に立っている人という認識だったのだ。

それが、いきなり現れたセカンドに顔を覗き込まれて名前を呼ばれただけで、これほどまでに赤面するとは――。

「……あ~」

そこまで考えて、ミラはふと思い至った。それは仕方がない、と。

同じ状況ならまず間違いなく自分も顔が真っ赤っ赤になっていただろうと、すんなり納得できたのだ。

とはいえ、ベイリーズのこの赤面具合は普段では想像もつかないほど意外な姿であったため、普段のベイリーズを知る者たちにとってみればあまりにも衝撃が大きかった。

しっかり目に焼き付けておこうと、ミラはベイリーズの観察を始める。その表情は、何処か楽しげだった。ようやくベイリーズの人間らしいところが見れて、彼女も私と同じ人間だったのだと、なんとなく安心したのだ。

「し、失礼しました。ご、ご主人様、ドウなさいましたカ?」

「あはは。ベイリーズさん、声裏返ってる」

「ミラ」

「何?」

「黙ってて」

「はいっ」

静かな圧力を感じたミラは、あむっと唇を内側にして口を閉じる。それでも口角は楽しげに上がっていた。やっとベイリーズを恥ずかしがらせる側に立てたような気がして嬉しいのだ。

「ベイリーズに用があってな。メシ食ったあと、付き合ってもらっていいか?」

「は、はひ。だ、ダイジョブ、ですっ」

「あはは!」

「ミラァ!!」

「ひいぃ~っ!」

カチコチになって返事をするベイリーズと、思わず笑ってしまうミラ。

ベイリーズは顔を真っ赤にして迫り、ミラは笑いながら両手でバリアを張る。まるで小学生の喧嘩のようだった。

「仲良いんだな、ミラ? と、ベイリーズは」

「へっ? は、はい! そうなんです! ベイリーズさんは、とってもとっても良い人で! 後輩にも慕われてて! 相談にも乗ってくれたりとか!」

「そうなのか」

かと思えば、直前まで揶揄っていた相手を上げに上げる。ベイリーズは「それほどでも」と謙遜したくなったが、また声が裏返りそうになって止めた。

セカンドは「ふーん」と一言、黙って二人を観察する。

「……?」

暫くして、何を疑問に思ったのか、セカンドが首を傾げた。

合わせて、ミラとベイリーズも首を傾げる。

「ああ」

セカンドの納得する声。

そして、おもむろに立ち上がり、二人のテーブルを去った。

「……どうしたんだろ? ご主人様」

「き、緊張した……っ」

ベイリーズは胸に手を当てて、なんとか呼吸を落ち着かせようとする。

ミラはそんな彼女の様子を見て、ニマ~っと嬉しそうな笑みを浮かべた。

「……ミラ、仕方がないだろう? ご主人様がいきなりあんなに近くに来て、平静を保てると思うかい?」

「それにしてもベイリーズさん、茹でたタコみたいに真っ赤っ赤で……あはははっ!」

「ミラーっ!」

「あはは! ごめんなさ~い!」

* * *

「ああ」

そういうことね、理解した。

二人とも食事中だというのに全然食べないからなんでだと思っていたが、きっと俺が何も食べてないから気を遣っているんだ。

よし、なら食べよう。久々のソブラメシだ。

「ソブラおるかー?」

「はいはい! 無論おりますとも!」

料理の受け渡しカウンターから顔を突っ込んで厨房を覗き込み、料理長のソブラを呼ぶ。

ソブラはすぐに返事をしてくれた。

「脂っこくて味が濃くて体に悪そうな美味いやつをとにかく大盛りで」

「はい、お任せあれ!」

まあ……たまにはね?

普段はヘルシーなユカリメシだから、時々こういうの食べたくなるんだ。

「――ユカリ様に怒られるのでは?」

遅れて食堂にやってきたキュベロが、受け渡しカウンターで待っていた俺の隣に並んで、そう口にした。

「黙っててくれ」

「善処します」

「上手いな、政治家のような立ち回りだ」

キュベロのやつ、だんだん執事としての貫禄が出てきたような気がするな。

ちなみにユカリにバレると怒られるのは俺ではなくソブラの方だ。俺は怒られはしないが……その、なんだ、絞られる。

「ベイリーズとはもうお話しに?」

「ああ、顔合わせだけな。序列戦で糸使ってイイ線いってたタッパのある美人で間違いないだろ?」

「間違いありません。序列戦では現在9位ですね」

「初めて喋ったが、なんというか、照れ屋なんだな?」

「……まさか」

真顔で否定された。なんで?

「まあいい。早めに打ち解けとこうと思って、これから二人とメシを食う。お前もどうだ?」

「是非。俄然、興味が湧きましたので」

「――へいお待ち! ビッグバーガーセットでござい!」

おっ、来た来た。

……凄ぇや、エコの頭くらいある巨大ハンバーガーが、山盛りのフライドポテトに包囲されてらぁ。

「それ……お一人で?」

「手伝ってくれてもいいんだぞ」

「いただきます、ちょうど空腹でした」

「助かる」

明らかに二人前の倍以上あるが、死ぬほど頑張ればまあ二人でも食えなくはない量だ。

それを持って、再びベイリーズのところに向かう。

「えっ」

俺が戻ってくると思っていなかったのか、近付いてくる俺を見て驚く二人。

ミラは困惑といった感じの表情だが、ベイリーズの方は俺と目が合うだけでサッと視線を逸らして明らかに恥ずかしそうな表情をしている。

ほらな? 照れ屋なんだよ、彼女。

「なるほど、本当ですね。赤面して挙動不審になるベイリーズは初めて見ました」

「初めて?」

「はい。彼女は普段、その、なんと言いますか、もっとクールな方ですよ」

「えぇ……?」

今の様子からは想像がつかない。

確かに序列戦の時なんかは、タッパもあるしスタイルもいいし美人でキリッとしてて見映えは良いなと思っていた。

なるほど、あれが彼女の平常時。てっきり試合中だけかと勘違いしてしまった。試合が始まった瞬間に人相の変わるやつは大勢見てきたから、彼女もそういうタイプだと思ったんだ。

「なあ、一緒に昼メシ食べよう」

「は、はい! 是非!」

「ベイリーズもいいか?」

「も、ももも、勿論、です……!」

ももも星人が出てきた。

あ、わかったぞ、緊張してるんだな?

だめだめ、リラックスリラックス。試合で一番重要なことだ。シルビアとエコにも最初にそれを教えた。あれ、二番目だっけ? まあいいや。

「キュベロ、お前どんくらい食える?」

「残った分をいただきます」

「そうか」

テーブルにハンバーガーをドスンと置いて、ベイリーズの隣に腰掛けた。

「!」

ビクッとベイリーズの背筋が伸びて、微動だにしなくなる。

おいおいカチコチか? どうしたもんかな。これじゃアーク・パラダイスについて聞き辛いぞ。

「ベイリーズ。執事として忠告しますが、セカンド様に対して必要以上に改まる必要はありません」

「わかっているよ。わかっているが……ぁう」

ちらりと横を見て、視線が合うと、ベイリーズはやはり赤面して言葉を詰まらせてしまう。

「なんだろうな。人見知り?」

俺がへらっと笑って言うと、キュベロは一瞬だけ酷く呆れた顔をしたあとに「かもしれませんね」と頷いた。おい、なんだ今の顔は。

「まあ、どうしようもないなら仕方ない。慣れてけ、ベイリーズ」

「は、はい。まさか、自分でも、こうなってしまうとは思っておらず……頑張ります」

「ん。じゃあ、とりあえず……ハンバーガー食べようか」

「……はい?」

さっきから遠巻きにギャラリーが凄いことになっている。皆、俺たちの大食いを見たいんだろ? ……え、違う?

「駄目だ、もう動けねぇ」

「すみませんが、私も少し休ませていただきます」

三十分後。なんとか完食したが、俺とキュベロはダウン寸前だった。

いつも姿勢の良いキュベロが、背もたれに寄りかかっているくらいである。

「ご馳走様でした、ご主人様」

「ご馳走様でした~」

ベイリーズとミラは、満足気な表情だ。

彼女たち、なかなかに大食いだった。自分の昼メシを食べたあとだというのに、俺たちと同じくらい食べてようやく満腹といった様子だ。

「久々に腹いっぱいでしんどい」

「あはは。ご主人様、今もし誰かに勝負を挑まれたらどうしますか?」

「どうもしなーい」

「あはっ!」

「ミラ、ご主人様にあまり変な質問をしたら駄目だよ」

「ベイリーズ、別にいいぞ。変な質問してみ」

「わ、私ですか? 変な質問、ええと……」

「ベイリーズさん、がんば!」

「……えー、ご主人様は、蟹はお好きですか?」

「そこそこ好き」

「そ、そうですか」

「あはははは! 何その質問~!」

そして案外、二人と打ち解けることができた。

まるで一緒にダンジョンをクリアした後のような清々しさである。

巨大ハンバーガーを食べきるという共通の目的に向かって協力し、同じ話題を共有し、美味しさに共感し合う。打ち解けるための大食い、偶然とはいえ意外と悪くない一手だった。今後初対面のやつと打ち解けたい時は、これを定跡にしてもいいくらいだ。

「さて、じゃあ、そろそろベイリーズに質問してもいいか?」

「は、はい。私で答えられることであれば、なんなりと」

暫く食休みしてから、本題を切り出す。

「では、私はこれにて」

「あ、そしたら、あたしも仕事に戻ります」

キュベロとミラは、気を利かせて席を外してくれたようだ。

二人きりになってベイリーズは若干の緊張を見せたが、食事の前ほどではない。やはり次第に慣れてきたらしい。よかったよかった。

「単刀直入に聞くが、アーク・パラダイスを知っているか?」

「!」

キュベロからの紹介なので間違いはないだろうが、まあ話の切り出しとしてはここからだな。

「はい、よく存じています。私はご主人様に拾っていただく以前、賞金稼ぎをしておりました」

「そうか。有名な賞金首らしいな」

「ええ。その筋では知らぬ者がいないほど」

「そんなにか」

それほど有名となると、気になるなあ。

「賞金いくら?」

「一年ほど前ですが、帝国の一億九千五百万CLが最高額だったと記憶しています」

「ほー?」

意外と安い? いや、駄目だ。俺の金銭感覚は信用ならん。

「国によって賞金が違うのか?」

「はい。国際手配されており、微差ですが賞金も違います」

凄ぇな、マジで超有名人だ。もしかしたら俺より有名なんじゃないか?

「……もしや、ご主人様。アーク・パラダイスを捕まえるおつもりですか?」

いいなーと未だ見ぬ賞金首を羨んでいると、ベイリーズが核心に触れてきた。

「そうだ」

俺が頷くと、ベイリーズは暫し沈黙した後、重々しく口を開く。

「失礼を承知で申し上げますが、奴の捕獲は、ご主人様であっても極めて難しいでしょう」

「おお」

意外や意外、ベイリーズの口から出た言葉は、濁してはいるが要約すれば「不可能」の三文字だ。

俺に対してあれほど緊張して控えめだった彼女が、それでも不可能だと伝えるしかない相手。アーク・パラダイス……なんだか急に気になってきたぞ。

「まあ、捕獲は不可能なら不可能でいい。とにかく会ってみたい。何処にいるかわかるか?」

賞金首の居場所を聞くだなんて間抜けな質問だが、彼女なら知っていてもおかしくなさそうだ。キュベロが紹介してくるくらいだから、濃厚である。

そして、案の定、知っているようだった。

「現在の居場所は、わかりませんが……っ、いえ、しかし」

「?」

だが、何かを言い淀んでいる。

「なんだ? 方法があるなら言ってくれ」

「いや、流石に、それは……」

「やるやらないは別にして、とりあえず言ってみ」

催促すると、ベイリーズは物凄く申し訳なさそうな顔で、恐る恐る口にした。

「…… 女装(・・) です」

「へ?」

女装?

「女性の恰好をして、酒場でアーティファクトの話をしていれば、きっと釣れるでしょう」

「……………………」

いや、冗談で言っているわけではなさそうだ。

何、なんだ、その、頭の痛くなるような単語の羅列は。

「あ、あの……すみません、本当なんです」

そして何故か謝るベイリーズ。

「女装して酒場行ってアーティファクトの話か……」

「はい。身長の高い女と、高級な酒と、アーティファクトに目がないことで有名です。私も一度、同じ方法で誘い出したところ、簡単に釣れました」

「マジか。逃げられたのか?」

「……いえ、逃げたのは私の方です」

ん? どういうことだ? 捕まえる側だろう?

俺が疑問に思っていると、ベイリーズは真剣な表情になって、語りだした。

「ご主人様、アーク・パラダイスをただの人間だと思ってはなりません。奴は全身をアーティファクトで武装しています」

「え」

全身アーティファクト? それって凄くない? クソほどドロップ運が良いな。

いや、待て。そういえば世界中からアーティファクトをかき集めてるアウトローだって、スチームが言っていた。つまりはだ、人から奪ったアーティファクトを全身に装備しているってわけか。

ああ、なるほど。そういう輩ね、わかった。

「矜持の欠片もねぇ無法者ってわけだ」

「はい。奴は、ご主人様とはまた違った意味で戦闘に長けています。言わば、悪事の達人。卑怯なことも、人道に反したことも、殺人さえ、平然と行うでしょう」

厄介だな。前世では数々の下衆野郎と戦ったことがあるが、この世界ではまだ経験が浅い。

しかし、同じ世界に暮らしているのだ、いずれは何処かで出会ってしまうだろう。ならば早いうちに、こっち世界の外道ってのがどんなもんなのか味わってみるのも一興か。

「よし、わかった。その作戦で行こう」

「ご主人様!? な、ならば、私が再び!」

「駄目だ、ベイリーズは面が割れてる。そもそもうちの使用人を無闇に危険にさらしたくはない。俺が女装して誘き出すのが無難だろう」

「し、しかし……」

それに、せっかくだから確認したくなった。随分前から考えてたんだが、女性用装備が俺にも装備できるか試してみたかったんだ。こんな機会がなきゃあ、多分なんだかんだ言い訳して永遠に装備しなかっただろうから、ちょうどいい。

「さて、そうと決まればさっそく女装だ。ベイリーズは、化粧や服に詳しいか?」

「す、凄いスピード感ですね……すみません、どちらかと言えば疎い方です」

ベイリーズは付いていくのがやっとという感じで、首を横に振る。

「そうか。じゃあ、さっきのミラとかどうだ? なんか詳しそうじゃないか?」

「詳しいかもしれません。しかし、ご主人様に合うセンスかというと……」

「あ~」

確かに。ふわふわ系というか、女の子って感じだもんな。

あ! そうだ、ラズ! あいつ専門家じゃないか!

……いや待て、冷静になれ。よくよく考えると、なんか恥ずかしいぞ。

こっそりラズだけ呼び出してなんとか……いや、そもそもラズに女装姿を見られるのが嫌だな。付き合い長いからか? 妙な恥じらいがある。

なんとか、パーティメンバー以外で、そう、できれば使用人で、口の堅そうなやつ、いないだろうか……?

「……うーん……」

考え込む。

使用人で、メイクやファッションに詳しそうなやつなぁ、いやー、なんだっけ、どっかにいた気がするんだよなぁ。あー、もうちょっとで思い出せそうな気がするんだけどなぁ……。

「――おーっほっほっほ! お昼ごはんですわよ!」

……あ、いた。