軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

289 嘘よ女装

えげつない独り言を喋りながら上機嫌でカウンターに立っているのは、シャンパーニだ。

一人でいるオフの彼女を初めて見かけたが、いつもあんなにテンション高いんだろうか? 高いんだろうな。彼女の中の「お嬢様」がそうなんだ、多分。誰かに見られてようが、見られてなかろうが。

「あら、ご主人様! いらしていたんですのねっ?」

シャンパーニは俺に気付くと、ランチプレートを持っていそいそとやってきた。

「まあ! ベイリーズお姉様、御機嫌よう。ご主人様とお食事? わたくし、もしかしなくてもお邪魔かしら?」

近くに来ると尚のことよくわかるが、やはりメイクもファッションも完璧である。香水もキツ過ぎずセンスが良いし、髪型もやや派手ながら上品。これ以上の適任はいないだろう。

「いいやシャンパーニ、実にいいところへ来た。お前を待っていた」

「本当ですのーっ!? やりましたわーっ!」

「おっ、とっとっと!」

渡りに船ってやつだな。

相変わらず感情表現が豊かなシャンパーニは、嬉しかったのかぴょこぴょこ跳ねている。

ランチプレートを持ったままお構いなしに動くもんだから、ベイリーズが慌ててプレートを下から支えていた。

「シャンパーニ、まあ座ってくれ」

「はい! ご主人様、お姉様、こちら失礼いたしますわ」

挨拶をしてから、ふわっと優雅に着席するシャンパーニ。所作も美しいな。

「どうだ?」

ちらりとベイリーズを見て、意見を聞いてみる。

「そうか、シャンパーニなら……! はい、私も彼女が適任だと」

「だろ?」

ベイリーズはポンと手を打って納得した。盲点だったという顔だ。

「お姉様、なんの話ですの?」

「ああいや、シャンパーニ、それが……」

シャンパーニが気になる様子で問いかけると、ベイリーズは実に言い辛そうに言葉を濁す。

自分の雇い主が女装する手伝いをしてくれだなんて、そりゃ言い辛いだろうなあ。

「シャンパーニ」

「はい?」

「俺の女装を手伝ってくれないか?」

「モチのロンですわ!」

だが、何も問題などない。シャンパーニとはこういう女なのだ。

「……!?」

あまりに即答だったからか、ベイリーズが面食らっている。

俺は予想できていた。彼女ならばそうだろうと。

「なるべく美女にしてくれよ」

「ご主人様はまさしく絶世の美丈夫ですから、な~んにも心配ございませんわ! わたくしに全てお任せくださいまし!」

誰にどう思われようと関係なく、ただひたすら自分の思うお嬢様であり続ける彼女にとっては、きっと女装など些細なことなのだ。

ただ、変な勘違いをされると困るので、注釈しておく。

「ちなみに俺の趣味じゃなくて、アーク・パラダイスという賞金首の誘き寄せ作戦で使う。今回限りだ。他言無用で頼む」

「あら、そうなんですの? もったいないですわ~。ご主人様、絶対に絶対に似合いますのに」

「お世辞は結構。難しいだろうが、なんとか形にしてくれ」

「おーっほっほ! 今のがお世辞ではないということを、わたくしが教えて差し上げますわ~っ」

シャンパーニ、何故かやる気満々だ。

というか、なんか……鼻息荒くない?

「あぁ、ご主人様、わたくし、今から楽しみで楽しみで仕方がないですわぁ」

恍惚といった表情で呟くシャンパーニ。

……今更ながら、人選を誤ったかもしれん。

助けを求めるような顔でベイリーズを見つめると、ポッと頬を染めて視線を逸らされた。違う、そうじゃない。

「あら……? お姉様、今日はなんだかしおらしくてらっしゃるのね」

「そ、そう、かな?」

「ええ。体調は如何? お姉様はとっても頑固な方ですから、わたくしが言ったところで聞いてくださらないとは思うけれど、無理は禁物ですわよ」

「……シャンパーニ、ありがとう。でも大丈夫、そういうのではないんだ」

「本当かしら? なんと言ってもお姉様、前科がおありですから」

「ちょっと!」

前科?

「ベイリーズ、何かやらかしたのか?」

「ご、ご主人様っ」

顔を赤くして焦るベイリーズ。

シャンパーニはその様子を物珍しそうに見ていた後、うふふと楽しそうに微笑んで口を開いた。

「聞いてくださいませご主人様。お姉様ったら、後輩の相談に乗り過ぎてお熱を出してしまったんですのよ?」

「なんじゃそりゃ」

「お姉様、なんでもかんでもご自分で解決しようとして、背負い込むきらいがありますの。そのくせ超の付く世話焼きなのですわ。ですから次から次へと相談事が溜まっていって、ついには倒れちゃったというわけですわ」

「シャンパーニーィイーー……っ」

ベイリーズが顔を両手で覆って、耳を真っ赤にしている。

しかし驚いた。シャンパーニは他人のことをよく観察しているな。ここまでベイリーズという人間のことを理解している仲間がいるならば、その悪癖についても、何も心配はいらないだろうと安心できる。

「たまにはわたくしに相談してくれてもいいんですわよ? もっとも、わたくしが解決できそうな問題ならばの話ですけれど」

そして、暴露にかこつけてフォローまでしやがった。まさにお嬢様の鑑だな。

「……はぁ、参ったよ。そうだね、わかった。今度から溜め込まず相談するとしよう」

「ご主人様、聞きまして? 言質は取りましたわっ」

「ああ、聞いた。相談してこなかったら罰ゲームだな」

「お、お手柔らかにお願いします……」

冗談に応えるように、引きつった笑みを見せるベイリーズ。

おや? 無意識だろうが、彼女の口から出てきたのは、罰ゲームを受ける前提の言葉だった。

なるほど、なんでもかんでも背負い込むきらい、ね……流石、シャンパーニお嬢様の観察眼は伊達じゃないらしい。

「――あ、そうでしたわ」

ふと、シャンパーニは何かを思い出すと、手をパンと軽く鳴らした。

すると……何処からともなく、数人のメイドが現れる。

「午後はわたくしが外れますから、皆でお励みなさい」

「かしこまりましたわ、シャンパーニ様」

なるほど、部下への指示か。

それにしても、なんだろう、なんか皆、そこはかとなくお嬢様っぽい。彼女たちは元奴隷で、普通に考えてそんなはずはないんだが、それでもシャンパーニのカリスマ性の成せる技なのか、なんだか凄くお嬢様っぽい。

「流石はシャンパーニ様、行き届いてらっしゃいます」

「シャンパーニ様とベイリーズお姉様、そしてご主人様が並んでいらっしゃると、まるで一枚の絵画のようですわ」

「はぁ、素敵……うっとりしてしまいます」

「ワタクシたちにもいつか、あのようにしてご主人様とお食事をご一緒できる日が来るのかしら……」

ほら、コソコソ話までお嬢様っぽいぞ。

メイド隊のメイドたちは各隊長の色がよく出ているとユカリも言っていたが、本当にそうかもしれないな。

「さて、お待たせいたしましたわ! それではご主人様、参りましょう!」

いや早っ。早い。どんだけヤル気なんだこのお嬢様。

昼メシを驚愕のスピードで平らげたシャンパーニが、ギラついた目で俺の手を引いていく。その後を不安そうな顔のベイリーズが付いてきていた。

ああ、女装、女装ね……いよいよ覚悟を決めなければならないようだ。

儘よ――!

「カッ……!」

その日の夜。

女装後、初めてベイリーズにお披露目してからの、彼女の第一声がそれだった。

カワイイ? いいや、違う。彼女は自分の手で口を塞いでしまったが、その隙間から続く声が微かに漏れ出していた。「……ッコィィ……」と。

女装で、カッコイイ? おいおい、こりゃ失敗なんじゃないの?

「まず喉仏を隠さなければなりませんから、黒のハイネックドレスを中心に全体を纏めてみましたわ。夏っぽく涼しげに、鎖骨周りと腕に透け感のあるドレスを選んで、胸元はバランス良く少し盛り上がる程度にパッドを入れてあります。手にはレースのグローブをドレスと同じ黒で揃えていますの。ご主人様の脚は驚くほどスラリとしていてお綺麗で、とっても素敵なシルエットですので、あえて生足にして、流行のシルバー系パンプスに、黒リボンのアクセントで可愛げも出しましたのよ」

シャンパーニが俺の横に立って、コーディネートを細かく解説してくれる。

しかし俺の耳にはちっとも入ってこない。

そう、結果から言って、女性専用装備は、男の俺でも装備できた。

ずっと前からなんとなくそんな気はしていたが、どうにも確認する踏ん切りがつかなかった俺としては、良い機会であり、良い発見であった。

だが、そんな朗報さえどうでもよくなるくらい、今の俺は混乱している。

それは……ブラジャーだ。

いや、まさか、俺がブラジャーをする日が来ようとは。なんだか超えてはいけない一線を超えてしまったような気がして、だんだん恐ろしい気分になってくる。

まあ、今さらそんなこと言ってても、もう何もかも遅いんだが。股がスースーするし。

「お化粧は、とにかくご主人様の芸術的なまでに美しいお顔を邪魔しないよう、しかし女らしい表情が映えるよう、緩急をつけましたの。眉と口紅はハッキリと、目と肌は薄らと。何処か冷たささえ感じそうなほどのクールな美女をイメージしましたわ」

へぇ。まだ鏡を見ていないからわからないが、そうなのか。

「髪型はアッシュグレーのウィッグを使い、片側をアップにして色気と知的な印象を、サイドダウンで陰影と女性らしさを出しましたわ。ブルーサファイアのドロップイヤリングが、ご主人様の美しいお顔と髪型とを繋ぐアクセントになっていますわ」

うん、頭がなんか重いわ。あんまり動いたら髪型が乱れてしまいそうで気になる。髪を纏めている女性は、こんな気分で生活してたのか。大変だな。

「さあ、如何です? ベイリーズお姉様! わたくしの、会心のコーディネートですわっ!」

ババーン! と、俺の横で仁王立ちして誇るシャンパーニ。

そんなに会心の出来なのか、早く鏡で見てみたいな。

「……正直言って、言葉が出ないくらいに凄い。鳥肌が立った。こんなに美しい女性は、見たことがないと思ったよ。モデルさんでも、なかなかお目にかかれないだろうね」

おいおいおい、そんなにかよ。悪い気はしないな。

「シャンパーニ、鏡を見せてくれ」

「ちょっと、ご主人様!」

「え?」

何故かシャンパーニに怒られる。

「女声の出し方、練習しましたわよね?」

「ゲッ、あれやんの?」

「勿論ですわ! わたくし、何事にも全力を尽くす主義ですのよ? ご依頼されたからには、当然、全力全開フルパワーですわ!」

「わかったわかった」

そういうことか。

「……えー、と……こうだっけ」

「!」

半日かけて不本意ながら習得した女声を披露する。

一般的な女性の声にしては少し低めでハスキーだが、まあこんなもんだろう。及第点だ。

こんな時ばかりは、自分の変な器用さが嫌になるな。

「す、凄い……! ご主人様、完全に女性です! これならば、アーク・パラダイスもすぐに食いつくでしょう!」

「そりゃどーも」

ベイリーズのお墨付きをもらった。これなら大丈夫らしい。

やっぱり、シャンパーニに頼んだのは正解だったが……ちょっと正解過ぎたかもしれないな。

たった数時間で服から何から全部買ってきて、仕舞いには女声の出し方まで調べてくるんだから、まさしくお嬢様パワー炸裂って感じだ。

「さ、ご主人様。そうしましたら、作戦の前に、少し散歩でも如何です?」

「は?」

ほらな。まだ炸裂させようってんだから、お嬢様は怖ぇーよ。

「まず、女装に自信をつけなければなりませんわ。おどおどとしていては、女性に見えても不審に思われてしまうかもしれませんから」

まあ、確かに。

だが、そこまでやる必要があるのか……?

「わたくしとベイリーズお姉様も同行いたしますから、王都の大通りに出てみませんこと?」

「…………」

マジ?

* * *

「――ヤッバ、見ろよあの三人」

「うーわヤバッ。パネッ」

「右98点、左99点、中20000点」

「いやあの真ん中の娘ヤベーッしょ。モデル?」

「レベチじゃん。彫刻かよ」

「ちょっと背がデカ過ぎっかなぁー俺には」

「お前なんかぜってぇーあの娘の眼中にねぇから安心しな」

王都ヴィンストンの大通りを歩く三人組は、非常に視線を集めていた。

真ん中を歩く一番背の高い美人が、女装したセカンドである。シャンパーニのコーディネートによって、上手い具合に男性的な部分が隠され、逆に女性的な部分が強調され、何処からどう見ても絶世の美女にしか見えなかった。

その両脇を、シャンパーニとベイリーズが歩いている。二人ともファーステストのメイドだとわからないよう帽子や眼鏡などで変装してはいるが、美人は隠せていなかった。

結果、異様に人目を引く美女三人組と化している。

「シャンパーニ、もう十分じゃないか?」

「駄目ですわ、ご主人様。どなたかに声をかけて、見破られないか試してみるべきですわ」

「……ベイリーズ、どう思う?」

「そう、ですね。こうして歩いているだけでも、アーク・パラダイスを誘き寄せる効果はあるかと」

「そ、そうか……」

セカンドの顔には大きく「帰りたい」と書いてあったが、スパルタ気味のシャンパーニは依頼を全うしようと気合充分で、次なる試練を与えようとしていた。

一方のベイリーズは、道行く人々を慎重に観察しながら、アーク・パラダイスを探している。アーク・パラダイスの恐ろしさを知っているからこそ、できることなら先手を取りたいと考えていたのだ。

「いよいよ何してんだかわからんな……」

セカンドは女声でそう呟いて、ため息を吐いた。

発端はアーティファクトの“プリンター”である。それがいつの間に、女装して王都を練り歩くことになったのか。

おかしなこともあるものだと、セカンドは再びため息を吐く。

「なっ……!?」

――突如、三人の目の前に、口をぽかんと開いて驚く男が現れた。

「ッ!!」

瞬間、セカンドはまずいと察知する。

何故なら、その男の名は……ヘレス・ランバージャック。シェリィの兄であり、一閃座戦出場者の、ガッツリ顔見知りであったからだ。

その横には、彼のメイドのマリポーサも立っている。彼女もまた、セカンドの顔を知らないはずがない。

逃げるか、誤魔化すか、どうするか。セカンドが必死になって考えを巡らせていると、ヘレスの方が先に口を開いた。

「……失礼、驚かせてすまない。あまりに タイプ(・・・) だったもので、大声を出してしまった。私はヘレス・ランバージャック。放浪剣術師をしている」

「……………………へっ?」

タイプと聞いて、セカンドはあまりの衝撃に呆然とした。

それは、つまり……? 脳が理解を拒否しているのか、なかなか状況が飲み込めない。

「ああ、彼女はメイドのマリポーサだ。旅に同行し、私の世話をしてくれている。特に恋仲というわけではないから、安心してほしい」

「特にってなんですか、ヘレス様」

メイドのマリポーサは、相変わらずのジト目で、ヘレスを軽蔑するように見つめた。この二人の主従関係は、何年も前からこうである。

「はは、ええと、な、その……端的に言って一目惚れだ! ははは! さあ、私と飲みたまえ! 三人とも如何かな? 私が奢ろうではないかッ」

ヘレスは若干顔を赤くさせながら、セカンドたちを飲みに誘った。

そこで、セカンドはようやく我に返る。

そして同時に、状況を認識した。「もしかしなくても、ナンパされている……?」と。

「ご主人様……」

「ご、ご主人様」

シャンパーニとベイリーズが、なんとも言えない同情のような視線をセカンドへと送る。

「さあ、私の行きつけの酒場へと案内しよう。大通りからは少し外れるが、閑静な場所にあって落ち着ける良い店だ」

ヘレスはなんとしてもナンパを成功させたいようで、一人で話を先へと進め始めた。

マリポーサだけでなく三人の呆れる視線も突き刺さっているが、ヘレスは全く気付く気配がない。

「それにしても、君はとても美人だが、見ない顔だ。君のような美人は一度見たら忘れないはずだから、確かさ」

どころか、口説き文句を垂れる始末だった。

セカンドは呆れているが、しかし正体がバレるわけにもいかず、黙っているよりない。

「背が高くてスタイルがいい。まるでモデルのようだ。君は王都は初めてか? だったら気を付けるといい。君のような長身の美人ばかりを狙う悪党がいるらしいからな」

「それはヘレス様のことでは」

「マリポーサ、黙っていてくれ。今いい感じなんだ」

酒場への道すがら、必死のアプローチが続く。

セカンドは頃合を見て逃げようと考えていたが、如何せんヘレスのマシンガントークが絶え間ないために、逃げ出すタイミングを掴めずにいた。

そうこうしているうちに、大通りから離れ、周囲に人気がなくなってくる。

「ご主人様、もうそろそろよろしいのではなくて?」

ちょうど会話の途切れたタイミングで、シャンパーニがセカンドへと耳打ちした。

セカンドが「ああ」と頷いて、ヘレスへとお断りの言葉を口にしようとした、その時――。

「おや? もしや、君は」

ヘレスが、シャンパーニの顔をまじまじと見つめる。

まさか、正体がバレたか?

……そう、懸念した瞬間だった。

「 」

――誰も反応ができなかった。セカンド・ファーステストでさえも。

何かが破裂するような轟音と同時に――ヘレスが吹き飛ぶようにして倒れる。

ヘレスの体から、鮮血が飛び散った。

「ヘレス様!!」

一拍遅れて、マリポーサが倒れたヘレスへと駆け寄る。

いったい何が起きたのか。皆、混乱する。

何者かによってヘレスが攻撃された。明らかなことはそれだけだった。

「――ハァイ? カワイ子ちゃん。危ないところだったねぇ」

暗闇の中から、一人のエルフが現れた。

全身に、セカンド以外の皆が見たこともないような特殊な装備を身につけた、まさしく異形の存在。

そのエルフは、頭部のゴーグルを取り、右手に持っていた火薬臭いアーティファクトをインベントリへと仕舞うと、獲物を発見して喜ぶかのようにニンマリとした笑顔を見せる。

沈黙の中、ベイリーズが、掠れる声で口にした。

「アーク・パラダイス……!」