軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

287 昼メシの楽しめる日

「――あのね、セカンド卿。いつもいつも急過ぎるんですよ来るのが。私がうんこしていたらどうするんですか?」

「カレー食べながらうんこの話をするな」

「ハヤシライスです」

「大差ねえよ」

そもそも朝からハヤシライスって凄いな、スチーム。

「辺境伯は身体が資本ですから」

「俺の思考を読むな」

「これは失礼。食べても?」

「おう、気にせず食え」

相変わらず食えない男だ。

あんこの《暗黒転移》でスチームのもとを訪れると、ちょうど朝食時だったようで、邪魔をしてしまった。

まあ、今さら邪魔だからなんだという間柄でもないし、時間を改めるとかはしないんだが。

「ところでスチーム、プリンター持ってるか?」

「……急に現れて人の朝食を邪魔して出直そうともせず一言も謝りすらせず仕舞いにはプリンター持ってるか? そんな貴方の無遠慮さが友達のようで少し嬉しく思っている自分に恐怖さえしますね」

怒ってんのか喜んでんのかわかんねーな。

「あ、これありがとう。また借りに来るかも。ちなみに残ってる映像がお礼みたいなもんだ」

「今? 今返してきますか普通? それに……何が撮れてるんですこれ、怖過ぎるんですけど」

パルムズカムとプロジェクターを返却すると、スチームは溜め息を一つ吐いて、ブツを受け取った。

「そんで、プリンター持ってない?」

「持ってないですね」

「マジかー……」

持っていないらしい。残念だ。

スチームが持っていないとなると、他の貴族も望みは薄いだろう。

いや、念の為に聞いておくか。

「なあ、プリンター持ってそうなやつ、心当たりないか?」

「お次はプリンターが欲しいんですか? アーティファクト収集でも始めたので?」

「まあそんなとこだ」

呆れるように言うスチームだが、俺が頷くと、暫しの沈黙の後、おもむろに口を開いた。

「……一人だけ知っています」

「おお!」

「もっとも、面識はありませんが」

流石はスチーム。なんだっけ、三十ウン歳の若さで辺境伯まで上り詰めたナンチャラカンチャラ、だ!

「で、誰だ?」

「いや、しかしね、教えたところで……というのはあります」

「なんだよ焦らすなよ」

「アーク・パラダイス――聞き覚えは?」

「皆無だ」

なんだかご機嫌な名前だな。

「その筋では有名な 賞金首(・・・) です。別名、アーティファクト・コレクター。世界中のアーティファクトを掻き集めている危険人物ですよ」

「へぇ!」

賞金首ねぇ。

「正直、プリンターを持っているかどうかはわかりません。しかし、アーク・パラダイスは世界中の誰よりもアーティファクトを持っている。それは確実です」

「つまり、そいつのコレクションの中に、プリンターもあるかもしれないと」

「そういうことです」

頷いて、ぱくりとハヤシライスを食べるスチーム。

なるほどな、大体わかってきたぞ。

そのアーク・パラダイスってやつがアーティファクトを片っ端から収集しているから、アーティファクトが世の中に全く流通していないというわけか。

特定のやつらがスキルの習得方法を秘匿しているせいでちっとも全体の水準が上がらないみたいなことが、アーティファクト界でも起こっているわけだな、多分。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

とりあえず、会ってみないことには、話は始まらないな。

「スチーム、助かった。とりあえずそいつを探してみる」

「おやふにはへへほうえいふぇふ」

もぐもぐしながら返事をするスチームを尻目に、俺は帰宅した。

「……さて、困った」

スチームから有力な情報を聞き出したはいいもののだ、名前も聞いたことのないやつの居場所などわかるわけもない。

アーク・パラダイス。アーティファクト・コレクターの賞金首。世界中のアーティファクトを集めているということは、世界中を転々としているということだろう。余計に居場所がわからないぞ。

そもそも賞金首なんだから、居場所がわかっていれば捕まえるのに苦労しないじゃないか。

駄目だ、これはもしや詰みか……?

「セカンド様、どうかされましたか?」

「ああ、キュベロか」

リビングで頭を抱えていると、ちょうど俺の部屋の掃除に訪れたキュベロに出くわした。

キュベロ。キュベロなあ。話しても仕方がないとはわかっていても、身近過ぎるがゆえに、ついつい色々と話してしまう相手だ。

エロ本の隠し場所とか、近所の美味いメシ屋とか、最近伸びてきた使用人とか、そういう他愛もない話ばかり日常的にしてきたせいか、こいつに対して俺はかなり口が軽くなっている。

だからか、今回も俺は世間話くらいの感覚でキュベロにぶちまけた。

「プリンターが欲しくてな」

「ぷりんたぁ? ですか」

どうやら知らないらしい。

「色々と印刷できるアーティファクトだ。まあいいや、とにかくそれが欲しくてさ、探し回ってるんだが見つからんのよ」

「なるほど、とても珍しい品のようですね」

「ああ。スチームんとこへ聞きに行ったら、アーク・パラダイスっていう賞金首が持ってるって言われてな。賞金首なんて、見つからねえから賞金首なのにな。納得して帰ってきちゃったよ俺。改めて考えたら馬鹿じゃん」

「いえ、決して馬鹿などでは御座いません」

「お、おお、ありがとう?」

思ったより強めの否定が返ってくる。

キュベロは何やら思案した後、おもむろに口を開いた。

「セカンド様」

「どうした?」

「そのぷりんたぁを持っている賞金首の件、一度私に預けていただけませんか」

「おお、別にいいけど、どうしてまた?」

「使用人の中に詳しい者がいるかもしれません」

「なるほど、そういうことか」

確かに、何百人もいるんだから一人くらいプリンター事情に詳しいやつがいても……いや、そんなやつは滅多にいないだろうが、それこそ万が一ということもある。

よし、せっかくだからキュベロに聞いて回ってもらうか。

「悪いな、頼んだ」

「いえ、私が言い出したことですから」

「忙しいだろうに余計な仕事を増やしてすまんという意味だ」

「いえ、私が好きで引き受けた仕事ですから」

「いや、それでも睡眠時間なりなんなり削れるだろ?」

「いえ、ですから私が」

「頑固だなお前相変わらず!?」

「……申し訳ございません、性分でして」

普段はもの凄く敬意を持って接してくれているのがわかるが、こうと決めたものはたとえ相手が主人であろうと死んでも譲らないやつだな。

いや、そこが魅力ではあるんだけども。

「じゃあ、まあ、頼んだ」

「はい、暫しのお待ちを。きっと夜までには結論を出せることでしょう」

キュベロは汚れ一つない純白の手袋をつけた右手をそっと自身の胸に添えて、優雅に一礼した。

頼りになるな。いや、本当に。ファーステストは頼りになるやつしかいない。

何か一つでも、手がかりが見つかるといいんだが……。

* * *

手がかりは、意外にもすぐに見つかった。

キュベロはセカンドと別れてから、まずは同期の十三人を当たったのだ。ファーステスト最古参の使用人、所謂「零期生」は、大勢の部下を持つ。彼らにさえ当たってしまえば、あとは樹形図的に話が広がっていくという寸法だ。

ということで、まずはジャスト、ソブラ、リリィの三人に聞いて回った。

だが、手応えはなし。ここまで予想通り。

次いで、メイド十傑の一人一人に話を聞いて回った。

すると……まさかまさかの、三人目で早くも 大当たり(・・・・) が出る。

「ベイリーズ、本当に知っているのですか?」

「ここで冗談を言う必要もないだろう?」

「それは、そうですが」

キュベロはあまりにも早く見つかったため、少し困惑した。

しかし、ベイリーズは正真正銘の大当たりである。何故なら。

「明かしていなかったが、私は元賞金稼ぎさ。アーク・パラダイスを追っていた時期もある」

「!」

ベイリーズは十二~二十歳まで冒険者を、二十~二十五歳まで賞金稼ぎをやっていたのだ。

「皆それぞれ過去がある。貴方もそうだろう? キュベロ」

ウェーブがかった茶色の長髪をかき上げて、切れ長の目をキラリと光らせるベイリーズ。ため息が出るような長身の美人で、コワモテともとれるクールな表情の鋭さがある彼女にそんなことをされては、一般人であれば簡単に呑み込まれてしまっただろう。

だが、相手は元大義賊の若頭、容姿の威圧感など通用するわけもない。キュベロは微動だにせず言葉を返した。

「私はこれといって隠しておりませんが、やはり容易には言えない過去を持つ者も少なくありません。理解はあります」

「くっくっく、私もどちらかと言えば、隠していないつもりだったのだが」

「自分から口にすることは、ひけらかしているようでみっともないと?」

「そうだね、仰る通り」

そのベイリーズのスタンスに、キュベロは共感を覚える。

聞かれなければ、もしくはそういった機会がなければ、過去を明かしたくとも明かせない。確かにキュベロも似たような悩みを感じたことがあった。

いずれは、そういった機会を皆に与える場を作る必要もありそうだ……と、途端に執事としての仕事を考え始めるキュベロ。その思考がわかりきっていたベイリーズは、そんなキュベロの大真面目な様子を見て「やはり皆の委員長だな」と思い、小さく笑った。

「では、ベイリーズ。アーク・パラダイスについての情報は、どれほど知っていますか?」

「どれほど、か。難しい質問だが、答えるとするならば……場合によっては 誘(おび) き出せるくらいには知っている、かな」

「!」

キュベロがぴくりと反応を見せる。ベイリーズが嘘を言っているようには見えなかったので、驚いたのだ。

本当に大当たりである。彼女以上の適任はもういないとさえ思えるほどに。

「助かりました、ベイリーズ。手間を取らせて申し訳ない」

「ん、力になれたのなら何より。ご苦労様、執事さん」

「ところで、昼食は食堂の予定ですか?」

「その予定だが、何か問題があるかい?」

「いえ」

「?」

聞きたいことは聞けたと、キュベロは早々に切り上げる。

最後の質問を疑問に思っていたベイリーズだが、その答えは昼食の時間に判明することとなった。

「あ、 姐(ねえ) さん! 聞いてくださいよ、この前ダンジョンで――」

「ベイリーズ姐さん! これ、借りていた本です! もうすっごい面白くて――」

「姐さん姐さん! このあとお時間ありますか? よければ稽古をつけていただけないかなって――」

昼食時、食堂にて。

ちょうど一期生が昼食を終えて食堂を出る頃に、零期生の昼食時間が始まる。その入れ替わりのタイミングで、ベイリーズを発見したベイリーズファンのメイドたちが、一斉に彼女へと群がった。

毎度の光景である。ベイリーズはよほど仕事が立て込んでいない限りは、毎日なるべく決まった時間に規則正しく食事がとれるようにと心がけていた。

彼女にとっては、この入れ替わりの数分間も、部下との大事な交流時間だ。

ダンジョンでの話も、貸し借りしている本の話も、午後の稽古の話も、嫌な顔一つせず一人一人丁寧に返事をして、クールな微笑を見せながら颯爽と挨拶をして去る。

ベイリーズ隊のメイドたちは、そんな隊長の姿を惚れ惚れするように眺めていた。

「相変わらずの大人気?」

「おや、見られていたんだね。恥ずかしいな」

「もう。ベイリーズさん、恥ずかしいって言うならもっと恥ずかしがって」

「くっくっく、冗談だよ。すまないミラ」

ここのところ、ベイリーズはミラと昼食を共にすることが多い。以前から一緒に食べることは何度かあったが、最近は毎日だ。

零期生は多忙な者が殆どのため、食事の時間となってもなかなか揃うことが少ない。放っておけばろくに食事すらせず仕事に明け暮れる者もいるくらいだ。そんな中、この二人は比較的ではあるが規則正しい生活を送っていた。

「あ、そうだ。あたし、なんかキュベロさんに賞金首について聞かれたんですけど、もしかしてベイリーズさんのところにも」

「ああ、来たよ。正直に答えておいた。知っているとね」

「やっぱり、知ってたんですね」

「賞金稼ぎとしては、知っていて当然の名前さ。アーク・パラダイス……悪名高いアーティファクト・コレクター。色んな意味で有名人」

「色んな意味で?」

「そう、色んな意味で」

ミラの質問に答えたベイリーズは、それ以上は口にせず、スープカップの中へ呆れるような笑いを捨てると、コーンポタージュを一口味わった。

スープを飲む際、伏し目になったベイリーズを見て、ミラは「美人だなぁ」と思いながら口を開く。

「ベイリーズさんのまつ毛、とっても綺麗」

「ん、そうかい? ありがと」

「……ちぇっ。照れると思ったのになぁ」

「何、嘘だったの? 傷ついた……」

「わぁ!? 違います違います! ごめんなさい! まつ毛が綺麗なのは本当!」

「くっくっく! 冗談冗談」

「え? ……もうっ! あ~駄目だ~、いっつもやり返される~!」

「ハハハハッ」

最近は、ベイリーズのそのクールな表情をどうやったら崩せるのか、色々と試しているミラ。しかしすぐにやり返され、逆にあたふたするのがお決まりの流れであった。

使用人邸の中庭でミラの相談を受けていた時と比べると、格段に距離が縮まったと言えるだろう。

やはり、使用人間の絆は強固にしていくべきだと、ベイリーズは改めてそう確信している。そしてそれは、ミラも同様に。

ファーステストの絆で結ばれた相手とは、こんなにも安心して仲良くできるのだと、二人は感動さえ覚えているのである。

「――ベイリーズ。ベイリーズ? ベイリーズは何処だー」

突然のことだった。

食堂の扉が開いて現れた男は、彼らの主人――セカンド・ファーステスト。

騒然とする食堂の中、セカンドは何故か、ベイリーズの名前を呼びながら歩き始める。

そう、キュベロから聞いていたのだ。ベイリーズはこの時間ここで昼メシを食べている、と。

「え!?」

食堂入口側を向いていたミラが、いち早くセカンドの存在に気が付いた。

「ベイリーズ何処ー」

「あっ、こっ、こ、ここです! この人!」

目が合い、テンパったミラは、立ち上がると、対面に座るベイリーズを両手で指し示して、セカンドへとアピールした。

「そこか」

セカンドはコツコツと足音を鳴らしてミラとベイリーズのテーブルまで歩み寄る。

そして、二人の真横に立って、一言。

「ここだよね?」

しかし、返事がない。

不思議に思ったミラがベイリーズの表情を見て――ぎょっとする。

「君がベイリーズ?」

セカンドが顔を覗き込みながら尋ねると、ベイリーズはようやく返事を口にした。

「ひ、ひゃい」

……序列戦などで会う機会は度々あったが、喋る機会はなかった。おそらくこれが彼女にとって初めてセカンドと交わした言葉である。

だから、だろう。ベイリーズは、その場にいる誰もが見たこともないくらいに顔を真っ赤にしながら、はにかんで俯いていた――。