軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサンは運命を変える?  8

「そして先程の件だが、イールの調書には」

ポケットから取り出した紙を広げながら殿下は話を続けた。

「昨日ギルモア侯爵に呼ばれ、何年かぶりで屋敷に帰った時に、クロウリー男爵家が親戚だったことを知らされた。親戚に女の子がふたりも増えたのが嬉しくて、挨拶をしようとシェリルに声をかけたら怒らせてしまって、周囲にいた人たちに不審者扱いされて捕まった、と書いてある」

うわ。なんていう気の毒な状況。

「間違いはないか」

「ありません。周りの人にも親戚なんですって話したんですけど、なぜか守られてしまったんです」

「うちのやつらは全員、過保護だな。シェリルを絶対に守るんだと思っているやつらばかりなのはなんでなんだ」

そういう殿下も、アレクシアに魔法の使用許可を出していませんでしたっけ?

「彼はしばらくギルモア侯爵家に戻るそうだから、会ったら慰めてやれよ」

侯爵家に戻る?

デイルはひいお爺様の屋敷にいて、エディはゴダード伯爵家の屋敷にいる状況で、イールがギルモア侯爵夫妻と一緒に暮らすって、もしかしてダークホース登場なんじゃない?

「確かにここまで味方が多くなるとは思いませんでしたね。貴族派や魔道省の関係者のなかにも隠れシェリルファンがいるそうですよ」

レイフ様に言われて、思わずしかめっ面をしてしまった。

あいかわらずマスコット扱いの人もいるのね。

「そりゃ可愛い女の子が大きな荷物を抱えて、大人たちと一緒に王宮を動き回って仕事をしているのを見たら、えらいなあと感心はするだろう」

「頑張っている姿がわかりやすく見えているのがいいんですかね?」

「あら、うちのお父様はいまだにシェリルは苦手みたいよ。陛下にお言葉をいただいたと聞いてご機嫌斜めだったわ」

私のせいでローズマリー様とワディンガム公爵の関係が悪くなるのは避けたいのに、すっかりジョシュア様のライバル認定されてしまったわ。

「あの、気になっていることがあるんですけど、私って疫病神になっていませんか?」

殿下もレイフ様も、私が真剣に悩んでいるのに、その呆れた顔はやめてもらえませんかね。

ローズマリー様は、顔を覗き込むのをやめてもらえませんか?

「今度は何を言い出すかと思ったら……。幸運の女神の間違いじゃなくて?」

「でも私に関わったせいで、ワディンガム公爵家のイメージダウンになりましたよ?」

「それはお父様が悪いのよ」

「ローズマリー様とワディンガム公爵の仲も微妙に距離が出来てしまいました」

「それもお父様が」

「ローズマリー。ともかくシェリルの話をまずは聞こう」

「ありがとうございます」

こういうところが殿下のいいところよ。

部下の話をちゃんと全部聞いてから判断してくれる。

そして守ってくれる。

理想の上司だわ。

「ギルモア侯爵家も私と関わるようになってから、次々と問題点が表面化して今回の騒ぎになってしまいましたし、私に付き纏っていた変態親父だって、私の存在を知ってしまったために執着し始めたとも言えます」

「しかしどれも、シェリル嬢に関わる前から水面下では問題になっていたことばかりでしょう?」

レイフ様の言葉に頷く。

「はい。問題はあっても大きくはならずにどうにか均衡を保っていたのに、私と関わったのがきっかけで、つん、つん、つんと」

右手の人差し指を伸ばして突く真似をした。

「私がその均衡に最後の一撃を加えて歩いているみたいな気がしているんです。もしかしてヒロインの私に関わると、物事が動き出してしまうなんてことってありえるんでしょうか」

「あるだろうな」

殿下があまりにあっさりと言うので、続きを話そうと口を開いたまま固まった。

指なんて、つんつんした時のままだ。

「ゲームでも物語でも、主人公が動くことで話が進んでいく。特にゲームでは主人公に出会ってイベントが始まり、相手の人生が大きく変化することなんてよくある話だ。そうして仲間になったり、敵になったり、変化が起こる」

「そういえばそうね。何も起こらなかったら話が進まないもの。でもシェリルが気にすることはないわよ。あなたに会わなくても私と父の仲は前からぎこちなかったし、母とはむしろ仲良くなったわ。鉛筆のデザインを私が任されたっていうのが嬉しかったみたいで、お友達に自慢していたわ」

あっさりと認めてくれちゃったけど、それって問題なんじゃないの?

「いい変化ならいいけど、悪い部分が表面化する変化ばかりで心配です。申し訳ないです」

「なんで? 無理して問題に気付かない振りをしても、いつかは鬱憤は爆発するわよ。ギルモアは何があったか知らないけど、うちのことは気にしなくていいわ。ゲームではお兄様が公爵になっていたから、お父様は何かやらかしたんじゃない?」

「ローズマリー様、今ならまだ防げるかもしれないじゃないですか」

「だってねえ、今の時点でお兄様に側近の助手をさせて経験を積ませるってことは、陛下はお父様よりお兄様を傍に置きたいってことよ。身分が高い人間は平凡では許されないのよ。その人のせいで領地や国が傾く危険があるんだから」

前世ではまだ十代で亡くなってこの世界でも十歳だというのに、ローズマリー様の俯瞰的な考え方と行動力には何度も驚かされてしまう。

「私はすぐに悩んでしまって。そのくせ慎重に動かなくてはいけないところで勢いに任せて発言したり……。駄目ですね。ローズマリー様を見習わないと」

「やめろ。それ以上の行動力はいらん」

確かにローズマリー様の行動力はすごいわよね。

でも私より、よっぽどしっかりと考えて動いていると思うのに。

「ともかくそんなことを気にすることはない。故意に何かしたというなら話は別だが、どちらかというときみは巻き込まれただけだ」

「そうですよ。賢い人達はあなたの存在をうまく活用しています。ギルモアの人達だってあなたのことが大好きじゃないですか」

「好きすぎるだろ、あれは」

「あの、ではせめてみなさんにお礼がしたいので、前に話した懐かしい料理を作って食べていただく機会を作ってくださいね。この世界には西洋風の料理はたくさんあるのに、中華や日本食がほとんどないんですから。出来れば米があればいいんですけど」

「あるぞ」

あっさりと殿下が言った。

「クロフが送ってくれた。他にも使えそうな食材がいろいろと届いている」

「クロフ?」

「クリスタルを養子にしたやつの話をしただろう? 地割れに落ちた五人のうちのひとりだ」

「ああ、情報組織のトップの人ですね。食材をお願いしたんですか?」

「いや、なぜか届いた」

それって、情報が洩れているってことなんじゃないの?

それか、私の年齢や主婦だったってことを聞いて、料理したがるんじゃないかって予想したってこと?

「そういえばあいつからの手紙に、神がシェリルの行動を面白がっているって書いてあったぞ」

「ええ!?」

そういえば忘れていた。神様がいるのよね。

前世の世界の神もいて、こっちの世界の神様は怒られたって話だったわ。

「その人は、そんなに頻繁に神に会っているんですか?」

「会ってはいない。一方的に言葉が届くと言っていた」

情報組織のトップより、宗教組織のトップになるべき人なんじゃない?

「本当に運命が動くというのなら」

今日はあまり話さないなと思っていたレイフ様が、呟くようにぽつりと言った。

「なんだ?」

無意識に口に出していたのか殿下に聞かれてはっとして、みんなに注目されているのに気付いて苦笑いを浮かべて、

「記憶が戻って時間が経って、ノアがこの世界のことを少しずつ学んでいるんです。でももう一歩が踏み出せないようで、両親に会うのもこわいみたいなんですよ。それでシェリル嬢に会えば何か変わるかもしれないと思ったんですが、迷惑ですよね」

申し訳なさそうに頭をかきながら言った。

「あら、いいじゃない」

一番に反応を返したのはローズマリー様だ。

「私もそのヒキニートくんに会ってみたいわ。さっそく今日の午後に行きましょうよ」

「いくらなんでも、それは行動力がありすぎですよ」

「でもシェリルも当分忙しいんでしょう? 食事会だって授与式が終わってからの話になるんじゃない?」

たしかにそれはそうね。

私と会ったからってどうなることもないとは思うけど、両親の元に帰るなら少しでも早いほうがいいわよね。

「私は王女様とのお茶会があるし、シェリルは仕事があるでしょう? だから終わってから待ち合わせていきましょう」

「わかった。そうしましょう」

「ちょっと待ってください。私も仕事があるんでそんな急には……」

「あなたはいなくてもいいわよ」

アレクシアってばレイフ様に冷たいわ。

いちおう身元引受人をしているのだし、レイフ様の家に行くのよ。

「ノアはゲームをプレイしたことがあるんだったな。シェリルとローズマリーとアレクシアが揃って現れたら大騒ぎするんじゃないか?」

「……殿下、早退させてください」

ヒロインと悪役令嬢と色っぽいお姉さんの魔道士の三人組か。

濃いわね。

「あ、殿下、もうひとつお聞きしたいことがあります」

「なんだ?」

そんな嫌な顔をしないでくださいよ。

言いにくくなるじゃないですか。

「鉛筆削りは必要ですよね?」

「……どんな物を考えているんだ」

「作っているのはギルバートとフェネリー伯爵ですよ?」

「魔道具にするのか!?」

鉛筆削りを魔道具にするって、魔道具の無駄遣いって感じがするわね。

「すっごく簡単なやつです。アイブロウペンシルを削る道具なら女性はわかるでしょ? 刃が斜めについていて、先端を穴に入れてくるくる回すやつ」

「ああ、はいはい。あれならペンケースに入るわね」

「アイブロウ……なんですか?」

「眉を描くやつだろう」

意外。

レイフ様が知らなくて、王弟殿下が知っているんだ。

「あのくるくる回るのを自動でする魔道具です。なんと魔獣の骨で作るそうですよ。今まで捨てていた物の再利用なんで、次の季節限定セットにはおまけでつけられます」

「あら素敵」

本当はね、前から鉛筆削りを作る話は出ていたんだけど、出来れば誰かが作ってくれないかなって様子見をしていたのよ。

これ以上新しい物を続けて出すのは目立つから。

でもどこも出さないのよ。

そして昨日、ロゼッタ様の実家のプリムローズ伯爵領が国境沿いにあるって聞いたのよ。

国境の外には魔獣がいて、冒険者が狩りをして生計を立てているんですって。

冒険者じゃなくて猟師じゃないかって思わないでもないわね。

それで、ロゼッタ様の件でギルモアとプリムローズ伯爵家の仲がこれ以上悪くならないように、捨てている骨をお金にする話を持ち込むのはどうかなと思ったの。

これから交渉するので、取引が成立するかまだわからないけど悪い話じゃないでしょ?

「魔獣の骨か。なるほど」

殿下は私の考えに気付いたみたいだ。

「放っておいてもいいと思うんだがな」

「商売になるんです」

「まあそういうことにしよう。出来たら何個か持って来てくれ。ナイフで削るのは面倒だ」

私はけっこう好きよ。

仕事の合間の気分転換になると思わない?