軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサン、引き篭もり少年と会う   1

いつもより少しだけ早く仕事を終わらせて、私の馬車に乗ってみんなでレイフ様の家に行くことになった。

なんで私の馬車なのかというと、王族の馬車で行くのは目立ちすぎて駄目でしょ?

かといってローズマリー様の馬車で行くと、ワディンガム公爵家にレイフ様の家に行ったということがばれてめんどうなことになるわ。

だったら鉛筆の次回の期間限定デザインの打ち合わせのために、私の家に行くことになったので、いったん帰ってあとで迎えに来てちょうだいって侍女に伝えたほうが無難なのよ。

そしてもうひとつの理由は、私の馬車は無駄に豪華で中が広いってことね。

王宮に通うのに馬車が必要になったのは、変態親父に攫われそうになったすぐ後だったから、 私が荷物用の馬車に乗せられたと聞いたお父様が、娘にそんな惨めな思いは二度とさせないと決意して、豪勢な馬車を用意してくれちゃったの。

見た目が華美になりすぎないで済んだのはお母様のおかげよ。

だから椅子もふかふかで、六人までなら余裕で座れる。

今日は私とアレクシアにローズマリー様とレイフ様、そしてなぜか王弟殿下までが馬車に乗っているので、レイフ様の馬車では窮屈なのよ。

「なんで王弟殿下までいるの?」

ローズマリー様は怪訝そうな顔で聞いたけど、私達より王弟殿下のほうがノアとの関わりが強いのよ?

「こういう機会でもないと会えないからな。彼のことは気にはなっていたんだ」

殿下と会うのはたいてい執務室で、黒を基調にした妙に大人びた服ばかりを着ている姿しか見ていなかったので、いかにも青年貴族ですって感じの明るい服装をして殿下が馬車に乗り込んできた時には、驚いて二度見してしまった。

背広姿ばかり見ていた同僚が、ラフな普段着を着ているのを見た時と同じ新鮮さだわ。

しかも眼鏡をかけていて、それがまた似合うのよ。

「お忍びルックのつもりなんだろうけど、目立つことに変わりないわよ」

「移動は馬車なんだからいいだろう」

「だったら普段の姿でいいじゃない。どうせ用事が終わった後遊びに行く気でしょう」

「ローズマリー様はこの姿の殿下はお気に召さないんですか?」

「え?」

私が聞いたら、ローズマリー様はきょとんとした顔をした。

「そんなことはないけど、こんな格好は初めて見たから何事かと思ったのよ」

「そうなんですか。でも若返って見えますよね」

「もともと若いんだ。まだ十代だぞ」

「そう言われてみればそうかもね」

「前髪が違うからでしょうか」

殿下のお言葉をスルーしても許されるのは、転生メンバーしかいないおかげね。

「ああ、確かに。いつもは少しあげていますよね。前髪を全部下ろすと若く見えるんですね」

アレクシアも同意見で、女の子三人にまじまじと顔を見られて殿下は居心地が悪そうだ。

この姿だとラスボスっぽさがだいぶ消えるわね。

むしろ現実世界では、国王陛下のほうがラスボスっぽい圧がある気もするのよ。

殿下はしゃべると面倒見のいいお兄さんという感じ。

「シェリルはこっちのほうが好きなの?」

「好きも何も王弟殿下の見た目をとやかく言える立場じゃないですよ。ただ若く見えて、十六だというのが初めて信じられました」

「疑っていたのかよ。仕事上、大人びて見えるのは重要なんだから仕方ないだろう」

それは理解できるわよ?

でも私の場合は、子供だってことがお得に作用しているので、人それぞれよ。

「立場は置いておいて、これだけ見た目のいい男性ってなかなかいないでしょ?」

「そうですね。目の保養にはなるし優秀だし、最高の上司ですね」

「枯れてる。十歳ですっかり枯れてしまっているって深刻よ」

ローズマリー様が頭を抱える必要はないと思うんですけど。

「じゃあ、ローズマリー様はどう思うんですか?」

「私は婚約者がいるもの。コーニリアスより素敵な男性なんていないの」

「はあ、なるほど」

「あ、でも仕事以外はいつもその姿なの?」

不意にローズマリー様が瞳を輝かせて殿下に尋ねた。

「まあな」

「じゃあクリスタルはいつもその姿を見ているのね」

「そうだな。それがどうした?」

「うふ」

嬉しそうだ。

順調に腐っているようね。

「アレクシアは」

「私に振らないで。殿下にもシェリルにもお世話になっているのに、そういう話題は危険が大きすぎるから、他所では絶対にしないでね」

「するわけないでしょ」

「まずいことを言っているのはローズマリーだけだぞ」

「若い子は、こういう話が楽しいんですよ」

「そうだな。思春期は恋愛が人生の重要事項だからな」

という会話をしている私と殿下も十代なんですけどね。

「レイフ、殿下のこの時折見せるおじさんっぽさはどうにかしなさいよ。そろそろ婚約者がいてもおかしくない年齢なのよ」

「それならきみもシェリルをどうにかしてくださいよ。最近、年齢を気にするのをやめて開き直っていますよ」

側近と秘書なので立場が近いからか、レイフ様とアレクシアが真顔で本人を前に失礼なことを話しだした。

さっきのローズマリー様の台詞より、ある意味アレクシアのほうが不敬罪になる話をしているわよ?

「無理。というかこれでも人前では気にしているほう」

「普段はもっと年寄臭いんですか!?」

「ノアに会うのやめようかな」

「あ、すみません。いや、可愛いんで大丈夫ですよ。実際、高位貴族に気に入られて保護者だらけじゃないですか」

それはそれで問題なんじゃないかな?

「俺は結婚相手は兄上に任せている。第一王子の婚約者が決まったら、比較して問題にならない程度の身分の女性を娶ることになるだろうさ」

「結婚しないでずっと独身でいるというのはありじゃないんですか?」

「ありだが……また今回の人生もずっとひとりというのもなあ」

愛してもいない女性と一緒に暮らすのと、ひとりで気ままに生きるのと、どっちがいいかと聞かれたら普通はひとりがいいんじゃないの?

男は多少遊んでも問題にならないんだし。

「ノアはどうなんです? 今は七歳でしたっけ?」

「そうですね。年相応の見た目ですよ」

レイフ様は私と会うことで、ノアにいい変化があるのではないかと期待しているけど、女の子しか育てたことがないから自信ないのよね。

今までの変化だって、私はそこにいただけで変化を起こそうとしていたわけではないんだし。

「あまり期待しないでくださいね」

「可愛い女の子が三人も会いに来てくれただけでも、やつは喜ぶと思いますよ」

ゲームをしていた子なら、この三人組に会えたら感激するっていう話だけど、中身は全く別物なのに大丈夫かな?

「うはあ! 本当にヒロインだ。可愛い! こんな可愛い子を初めて見た」

緊張した様子で待っていたノアは、私たちの姿を見て子供らしく感動した様子で叫んだ。

「ローズマリーって子供の頃からこんなに綺麗だったんだ。ねえねえレイフ。ヒロインと悪役令嬢が仲間になるって最強だよ! アレクシアはゲームと雰囲気が違うけど、こっちのほうが魅力的だね」

ノアはヒキニートというより、ホストにでもなったほうがよさそうな男の子だった。

短い赤毛に黒い瞳のいかにもやんちゃな七歳の男の子で、発育がよくて背が高くて、なかなかのイケメンだ。

とてもセリーナと同じ年だとは思えないのは、中身が二十代で悲しい過去があるために表情が大人びているせいだろうな。

そのうえでこんなに明るい表情と声で話すというのは、本音を隠すのが上手いのか、本当に陽キャなのか。どっちだろう。

「前に会った時とは、だいぶ雰囲気が違うな」

殿下に言われて一瞬笑顔が引っ込んだけど、すぐにまた満面の笑みで頷く。

「さすがにこっちの世界に来て七年も経てば、いつまでも過去を引き摺っていられないでしょ。周りに迷惑をかけまくりなんだからさ」

レイフ様の住居は独身用のアパートメントだ。

王宮まで歩いて通える距離にある超高級アパートメントよ。

王宮で働いている人用に建てられているために、警備も万全な白を基調にした瀟洒な建物で、ひとつの世帯で二層分使用できる。

侍女や従者用の部屋も完備していて、なまじっかな個人の屋敷よりずっと立派よ。

専用の部屋と専用の従者をつけてもらっているノアは、伯爵家の子息にふさわしい生活を送っているようだ。

つまりそれだけレイフ様のお金を使っているということで、さすがに申し訳ないと思うのは当然の感情だと思う。

むしろ思わなかったら、ずうずうしすぎるわ。

「もう彼女の顔も思い出せなくてさ、喪失感も徐々に消えちゃって。もう俺はノアであって、前世の人間じゃないんだって理解したんだよ」

「そうなの? 私はしっかりオバサンよ?」

視線をそらしながら寂しげに言うノアの様子が演技臭くて、つい、つっけんどんな口調で言ってしまった。

「いや、それは前世の記憶であって……」

「記憶の蓄積量が前世と十歳の少女じゃ違いすぎるでしょ? でもね、今の私は前世の性格とも記憶が戻る前の少女の性格とも違うの。合体したら強くなったみたい」

「私もよ。前世はこんな強い性格じゃなかったわ。でもローズマリーだって悪役令嬢キャラの割には傷つきやすいやさしい子だった。で、合体したら行動力お化けのさばけた女の子になったわ」

「自分で言うのかよ」

ラスボス王弟殿下は突っ込み役に進化したのよね。

彼もゲームのキャラとはまるで違う性格になっているらしい。

「私はどちらも似た性格なの。ただ、この世界の家族がくそだったから、一回、地面にめり込むほど落ち込んで傷ついて、シェリルとローズマリーに力技で引っ張り上げてもらったらこうなったの」

「なによ。嫌だったの?」

「感謝してるわよ」

ノアは、笑い合うローズマリー様とアレクシアを目をまるくして見ている。

可愛い女の子が三人も来て喜んでいたのに、三人とも性格が強くてびっくりってところかしら。

「俺は……どうなんだろう」

またふっと視線をそらして呟いたところで、

「何を格好つけているんですか」

レイフ様がノアの肩をバシッと叩いた。

「いつもはそんな性格じゃないでしょう。可愛い女の子がいるからってモテようとしていますね」

「してねえよ! つか、意識するのは当然だろう? 平気な顔をしているあんたらがおかしい!」

ああ、演技臭い様子だったのは、可愛い女の子相手にいいところを見せたかったの?

まあ、可愛い。

こっちの世界に来てしまった時に割り切れなかったのも、日本に残した婚約者を忘れられないのも、普通の反応よ。

むしろ王弟殿下や秘密組織を作った人のほうがおかしいわ。

女の子を意識するのも、いい印象を持ってもらいたいと思うのも、普通の男の子っぽくっていいじゃない?

そしてすかさず彼の態度に気付いて注意したレイフ様は、ノアのことをよくわかっているのね。

彼が指摘してくれなかったら、なんで演技するのかと変に勘ぐってしまうところだった。

……私、だいぶ貴族社会に毒されているわね。