軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサンはちょっとやりすぎがち   6

「まさか、お断りになるおつもりですか?」

トレイに乗せられた書類を睨みつけたままお父様が眉を寄せて動かなかったので、レイフ様が言った。

「あ、いえ、そのようなことは……」

父は、はっとして顔をあげ大きく息を吸ってから恭しくトレイを受け取った。

「大変光栄です。謹んでお受けいたします」

顔が強張っているのは、緊張しているからじゃないよね。

嬉しくないのかな。

たぶん複雑な心境なんだろうな。

「では失礼します。シェリル嬢の仕事に変更はありませんので、明後日に会いましょう。王弟殿下からもいろいろとお話があるようですよ」

「は、はい」

職場に行くのがこわい。

勝手なことをしたと怒られるかもしれない。

「お見送りさせてください」

「おお、ありがとうございます」

必要最小限の会話だけで立ち去るレイフ様と見送りのために部屋を出て行くお父様を見送り、扉が閉まってから体の力が抜けて、どさりとその場に座り込んだ。

十歳で爵位をもらうなんて、とんでもないことになってしまった。

「お姉様、大丈夫ですか?」

床にへたり込んだ私に、心配そうにセリーナが駆け寄ってきてくれた。

「うん。大丈夫。ありがと」

何年人間やっているのよ。しっかりしないと。

今回は嬉しいお話をいただいたんじゃない。

あれだけいろいろやらかしていたんだから、むしろ予想しているくらいじゃないと王弟殿下に笑われるわ。

「よいしょ」

膝に手を置いて立ち上がり、近くの椅子に腰を下ろす。

ソファーに座ったお母様をはさんでギルバートが笑顔で話しているのを見て、少し心が軽くなった。

セリーナはしばらく私を心配そうに見て、大丈夫そうだと思ったのかお母様の隣に居場所を確保した。

「子爵になれるってすごいんだよね。これで少しは領地や商会を守りやすくなるんじゃないかな」

ギルバートの言葉に母が何度も頷いている。

新しい商品を連発したカルキュールと、新商品を製作している職人を抱えているうちの領地を手に入れたくて、怪しい取引を持ち込んでくる貴族が何人かいるらしい。

バックについている人が強すぎてあまり強気に出られないみたいだけど、権力はあったほうがいいわ。

うちの国では男爵と子爵の間には、大きな差があるの。

王宮で職に就ければ準男爵になれて、そこで働きが認められれば男爵にも割となれる。

ただ領地はもらえないので、領地持ちの男爵のほうが格上なのよ。

だけどそこからはなかなかあがれない。

国の土地には限りがあるし、上には高位貴族がどーんと構えているから、そう簡単に爵位や領地はあげられないでしょ?

親が大貴族で、子供に領地の一部と一緒に爵位をあげたいという話で子爵になる人はいたけど、功績で子爵になったのってレイフ様が最後だったんじゃない?

三年前? 四年前?

その前は十年近く誰もいなかったはずよ。

「シェリル?」

母に心配させてしまっている。

ちゃんと笑顔で答えないと。

「お母様、ドレスの心配をしなくては」

「まあ、大変。そうだわ。爵位を王宮で賜る時とその後のお祝いの席のドレスが必要ね」

「え? 同じドレスじゃないんですか」

「たぶん違うと思うわ。でも私は王宮に行ったことがないし、そのような席に出席したこともないからわからなくて。それに一週間後の謁見もあるわ。持っているドレスで大丈夫かしら」

「たぶん大丈夫です。背が伸びたので何着か新調したばかりです」

「仕事で王宮に行くのと陛下への謁見で行くのとでは違うのよ?」

違うの!?

「招待状のリストはこちらで作るでしょう? お祝いをいただいたらお返しをしなくちゃいけないわ。ふたり同時だから、それぞれの分を用意するのかしら?」

「さ、さあ? それより、謁見で陛下の前に行った時は跪くんですか? カーテシーですか?」

「さあ?」

まずい。わからないことだらけだ。

保護者のみなさんはくわしいだろうから、いろいろ聞いておかなくちゃ。

お父様が部屋に戻ってくるまで楽しい話題ばかりを探して、四人でワイワイとことさら明るく話をした。

たぶんみんな、同じことを内心は考えているんじゃないかな。

なんでお父様は嬉しそうじゃなかったんだろうって。

そして、たぶんみんな、なんとなくその理由も察しているんじゃない?

早くお父様が戻って笑顔で話してくれるといいなと思いつつも、お父様と顔を合わせるのがこわい気もする。

おめでたいはずなのに、申し訳ない気がしてしまう。

お父様が迷惑だと思っていたらどうしよう。

思っていたよりお父様の帰りが遅くて心配になってきて、笑顔で話すのもつらくなってちらちらと入り口を見ながらお茶を飲んだ。

事情がよくわからないセリーナがいろいろ聞いてくれるおかげで、話題が切れないのがありがたいわ。

ようやく扉が開いてお父様が戻ってきた時、もしかしたら私は泣きそうな顔をしていたかもしれない。

「シェリル!」

お父様は私の顔を見るなり駆け寄ってきて、床に膝をついて私の手を取った。

「すまない。僕がすぐに受けると言わなかったせいで心配をかけてしまったね」

「お父様」

「陞爵のきっかけになった功績は全てシェリルの手柄だ。娘の手柄で子爵になっていいのかと迷ってしまった」

やっぱりそうだったんだ。

私ってば目立ちすぎなのよ。

「違います。私だけの功績じゃありません。特許でお金を取らないのも、商会で使っている伝票を紹介するのも、お父様の決めたことです」

「うん。でも商会のみんなで意見を出し合って決めたとはいえ、あれもアイデアはきみが出したんだよ」

「その場に私がいられたのは、お父様が子供の意見を馬鹿にしないで商会に連れて行ってくれたからです。無口で愛想のなかった頃から、気持ち悪がらず愛想もつかさずに辛抱強く話を聞いてくれたからです」

「自分の子供を気持ち悪いなんて思うわけがないだろう!」

そうかな?

大人と変わらない話をしだす子供よ?

天才だって言えば聞こえはいいけど、親としては接し方に困るでしょう?

「ごめんなさい、お父様。私、いろんな人に出会って褒められて、浮かれて調子に乗って」

「シェリル、謝る必要なんてないだろう。どうしたんだ? きみはもっと前向きに考える子になったのかと思っていたよ」

「あ」

やだ。続けてやらかしてしまったせいでいろんな人に迷惑をかけてしまったからって、だいぶ後ろ向きになっていたわ。

平凡なオバサンは子供を守りたいと理由をつけて、問題を避けて穏便に済ませる性格だったのに、子供の私は感情を押さえられずに、そのまま口にしてしまう。

行動力があるのはいいことなのよ。

ただもう少し慎重さが必要よ。

「お父様は商才豊かな人で度量もある人です。私の異常さも受け入れてくれて守ってくれたから、今の私があるんです」

「父親だからね、当たり前だ」

うわーーん、泣きそう。

お父様ってば、なんていい男なのかしら。

「それにね、きみは謝らないで私のおかげよって威張っていいんだよ」

「いやです。私ひとりでは何も出来ませんでした。そろばんを作った時なんてギルバートに投げっぱなしですよ? 私は寝込んでいただけです」

「うん。だからね、僕の身分が高くなれば、家族全員の待遇がよくなるって気付いたんだ。商会が大きくなったのも領地が豊かになったのも、みんなが力をあわせたからだ。みんなにプラスになるのなら断る理由はないだろう? 子爵になったほうがきみたちも商会も領地も守れる」

「お父様! 好き!!」

感極まってお父様に抱き着いた。

娘じゃなかったら惚れてるわ。

私はパパのお嫁さんになるのって言う子供って、きっとこういう気持ちなのよ。

「あら駄目よ。私の夫だもの」

「アマンダ」

お母様からの思いがけない言葉を聞いて赤面している父を見て、すんっと心が冷静になったわ。

お邪魔虫ですね。わかってます。

「お兄様、お父様は子爵になったの?」

「そうだよ、身分があがったんだよ。セリーナは子爵令嬢だ」

「そうよ。私も男爵令嬢から子爵令嬢になってパワーアップよ」

「シェリルは子爵令嬢じゃないよ?」

拳を作って笑顔でセリーナに言ったのに、お母様の傍に向かいながらお父様が言った。

「え?」

「準男爵になるんじゃないか」

準男爵になると子爵令嬢じゃなくなるの? え?

「姉上、爵位をもらったらクロウリーでもなくなるんだよ」

「ええ!?」

「陛下から名前を賜れるかもしれないが、いちおう考えたほうがいいかもしれないね」

けっこうショックなんですけど。

準男爵のほうが上なのはわかっているのよ。爵位持ちになるんだから。

でもクロウリーを名乗れなくなるのは寂しいわ。

それにさりげなく気を利かせて席を立ってお父様が座る場所を作ってあげるって、ギルバートって出来過ぎじゃない?

お姉ちゃんは五年後が心配だよ。

たくさんの女の子を泣かせるんじゃないでしょうね。

「姉上」

ギルバートがにやにやしながら声をかけてきた。

「なによ」

「ちゃんと名前を考えないと、そろばん準男爵になっちゃうかもよ」

「ださっ!」

「功績にちなんだ名前になることはよくあるから、まるでない話ではないんだよ」

冗談じゃないわよ。

恥ずかしくて名乗れないじゃない。

「陛下がそんな名前を付けたら、この国を出て行きます」

「出て行けるわけがないだろう? 会議の席で陛下に早く王宮で正式に働くようにって言われたんだろう?」

「はい。学園を一年で卒業するように言われました」

「ええ!?」

ギルバートがドン引きしている。

「シェリルならやるわよ」

うちのお母様の信頼がすごい。

「やるだろうけど、シェリルに縁談は来なくなるよ」

「なんですって!?」

「陛下に王宮で働くように命じられて爵位までもらってしまうんだ。はっきりと囲い込みにきているんだよ。ここでシェリルに縁談を申し込む相手は、状況が読めない愚か者だということになる」

両親の会話を聞きながら、冷めてしまったお茶を飲む。

安心したからかお茶が美味しい。

そういえば状況に馴染めずに、親に魔法をぶつけてしまってヒキニートになったやつがいたわね。

レイフ様と一緒に暮らしているんだっけ。

自分のことで精いっぱいで忘れていたけど、彼ももう七歳になったはず。

どうしているんだろう。

彼の親は、自分の子供を放置したまま?

「父上、領地に魔法陣で連絡を入れましょう。きっと喜んで駆けつけてくれますよ」

「おお、そうだな。今夜は家族でお祝いをしよう。ギルモアとフェネリーにも連絡を入れて、報告に行く日時を決めないといけない」

「忙しくなりますわね」

家族がみんな喜んでくれているから安心した。

私はこういう時こそオバサンのずぶとさを発揮できるようにならなくちゃいけないわ。

そして、格好いい名前を考えなくちゃ。

そういえば、ヒロインの名前が変わるのね。

私はもうヒロインじゃなくて、中身がオバサンなだけの準男爵、十歳よ。

……ゲームの設定よりおかしなことになっている気がするのは、きっと気のせいよ。