作品タイトル不明
オバサンは怒ると容赦しない 4
おそらく襲撃事件の犯人が不明のままだから、私を影ながら護衛する人達をまだうちの屋敷の周りに配置していて、それで夕べの騒ぎを聞きつけたんでしょうね。
「で、何があったのか聞かせてもらえるかな。爺様がうるさくてさ」
まだ朝食の途中の早い時間帯だというのに、さっそくイールが偵察にやってきた。
彼がうちの家族と仲良くしているからって、こういう時に使うのはかわいそうじゃない。
まだ食事もしないで、起きてすぐに来たんですって。
もちろん彼にもご飯を用意したわよ。
「本当によく似ているなあ。学園の試験会場に初めて見るイケメンが現れたと、もう噂になっているぞ。冒険者なんだって?」
もしかすると朝ご飯を一緒に食べるつもりで、この時間を狙って来たのかもしれないわ。
ベーコンや目玉焼きにバリーソースをかけるって、日本人みたい。
イールも炊き込みご飯を食べさせたらハマりそう。
「もうそんなに広まっているの?」
「なんだ。わざと噂を流したんじゃないのか?」
「ローズマリー様が広めたのよ。冒険者のインパクトで平民だということは話題にならなくなるだろうって」
夏の第一回目の入学試験は、飛び級を狙っている貴族の子供ばかりなのよ。
中には優秀な平民の子もいたりするんだけど、嫌がらせをするやつらってどこにでもいるものよ。
特にユーインは見た目がよくて目立つから、狙われるんじゃないかしら。
でも冒険者だという話が広まれば平民かどうかってことより、そっちのほうが噂になるでしょ?
男の子は冒険者が好きだし、魔獣相手に戦う実力のある子に嫌がらせする勇気のある子なんてまずいないわよ。
それに、バイロンさんが王弟殿下の領地で何かの職に就いたら、いえ、もしかしたらS級冒険者なら何もしなくても、すぐに男爵になれちゃうかもしれないじゃない?
その時に冒険者の子供というイメージが強いほうが、あとあと社交界に馴染みやすいんじゃないかって、ローズマリー様は話していたわ。
食事をしながらお父様とバイロンさんがこれまでの経緯を簡単に説明して、金がないくせに贅沢しておいてバイロンさんの財産を当てにするなんて許せないからと、私がアシュベリーを監禁して、タウンハウスや調度品、ドレスにアクセサリーも全部売っちゃって借金返済しちゃおう。
ついでに領地で勝手なことをしているやつらを追い出して、乗っ取ってしまおうって思いついたという話をしたら、イールは盛大なため息をついていた。
アシュベリー夫妻以外全員が幸せになれるいいアイデアなのに、失礼じゃない?
借金がなくなり、領地経営もやっているうちに憶えられて、アシュベリーにとってもいい経験になるでしょう。
それを今後に生かせるかどうかは彼次第で、みんな揃って彼は変わらないって言っているし、私もそう思うけど。
「それを爺様に報告するのか」
「なんの問題が?」
「クロウリーは全面的にバイロン氏の味方になるんだな」
今更、そこから?
私たちが見捨てるなんて可能性は、最初からなかったでしょう。
食事が終わるとすぐにお父様はアシュベリーのタウンハウスを売るために出かけ、バイロンさんはアシュベリーの領地に寄った後に王弟殿下と面会するために出かけ、お母様とフィオナさんはバイロンさん一家の生活に必要な諸々を選ぶついでに、女同士でカフェでお茶でもしましょうと出かけて行って、屋敷に子供だけが残されたから、これはいい機会だわ。
イールからロゼッタ様に話を通してもらえばいいんじゃない?
さっそくユーインをイールに紹介しちゃいましょう。
「さっき簡単な挨拶はしていたけど改めて紹介するわ。彼がユーイン。冒険者をしていてダンジョンに行ったこともあるんですって」
「へえ」
「彼はイール。ギルモア侯爵の孫で次期当主になる人よ」
「次期当主!?」
そんなに驚かないでよ。
いや驚くか。侯爵家の次期当主に普通はこの態度は駄目よね。
ギルモアってそのへんは気にしないのよね。
「彼は学園で騎士コースにいたし、近衛騎士団の訓練生だったこともあるから、騎士になりたいのならいろいろ聞くといいんじゃないかしら」
「騎士になりたいのか」
「はい。安定した職業に就きたいんです」
そうだよね。その気持ちはよくわかるよ。
「シェリルと同じようなことを言うんだな」
「国家公務員最高」
「……そうっすか」
ただユーインは近衛騎士団に入団するのは難しいかもしれない。
アードモア生まれで平民出身だということもあるけど、ユーインが国家公務員になったらバイロンさんも国の要請を無視できないでしょ。
「シェリル様、よろしいですか?」
食堂に残ったまま話し込んでいたら、トリスタンが声をかけてきた。
そういえば護衛の魔道士を連れてくるんだったわね。
「大丈夫よ。護衛候補の人が来ているの?」
「はい。廊下に待たせております」
トリスタンの目線を追って開いたままの扉の外に目をやったけど、私のいる場所からは誰も見えないわ。
「じゃああとは、ギルバートとユーインで説明してね」
私が話すより、ギルバートの説明のほうがわかりやすいだろうしね。
「待て」
立ち上がり、トリスタンさんと食堂を出て行こうとしたらイールに呼び止められた。
「ここで会えばいいだろう。俺もどんなやつか確認したい」
「僕も!」
イールもギルバートも腰を浮かせて一緒に行く気満々だ。
ユーインまで無言で立ち上がろうとしていた。
「決まったら紹介するつもりだったから別にいいけど……。じゃあ、ここで会おうかしら」
「わかりました。ジェンクス、入ってこい」
トリスタンに呼ばれて扉の陰から現れたのは、護衛に選ばれるくらいだから成人はしているんでしょうけど、かなり小柄なお嬢さんだった。
目がくりんとしていて鼻と口が小さいせいで、小動物みたいな雰囲気がある。
髪がふわふわのくせっ毛だから、余計に可愛く見えちゃうのね。
「エマ・ジェンクスです。よろしくお願いします」
胸に手を当てて軽く頭を下げたら、ふわふわの毛が顔を隠してしまった。
それを急いで直す仕草がリスみたいだ。
ローブを着ているせいで、体の凹凸がわからないから余計に幼く見えるんでしょうね。
「この子が護衛?」
後ろで様子を見ていたイールが近寄ってきて、エマの目の前に立つと身長差がひどいわね。
私も周りから見たら、あんな感じに見えるのかしら。
「トリスタン、人材がいないのならギルモアが紹介するぞ」
「彼女は優秀です」
「そうだとしてもこの見た目では駄目だ。強そうなやつが傍にいるのは抑止力になる。だが彼女では侮られて敵が躊躇せずに襲ってくるだろう。そこで守れる力があるのは当然で、その前に敵を近付けないようにできるかが重要だ」
なるほど。それは確かにそうだわ。
「アレクシアは護衛についている時は顔つきからこわかったな」
ユーインは襲撃された時のアレクシアを知っているんだった。
あの時はユーイン相手にもピリピリしていてこわかったよね。
でもあの迫力があるから、アレクシアがいる時には私に近付かないようにしようって考える人がいるのも確かよ。
「ふむ、お嬢様のお考えはいかがでしょう」
「見た目は別にいいの」
「おい、シェリル」
「イール、話を聞いて。私は王宮に行く時も学園に通う時も馬車で移動するのよ。護衛の見た目なんて外からではわからないわ。それより一緒に馬車に乗っても居心地悪く感じない相手のほうがいいし……ジェンクスって中立派の男爵家よね?」
「……はい」
私がエマの家を知っているのに驚いたみたいだ。
確かに田舎の小さな領地を持つ男爵家であまり名が知られていないけど、プリムローズ伯爵と仲のいい伯爵家に連なる男爵家なのよ。
「彼女なら制服を着れば侍女に見えるし、ドレスを着れば男爵令嬢としてお茶会に同行してもらうことも出来るわ。ねえトリスタン、ジェフのほうの訓練はどうなの?」
「次回から制服を着て騎士として護衛に当たらせる予定です」
「まあ、素敵。騎士がいてくれるのなら、なおさら見た目は関係ないのでは?」
イールの隣に行き、肘で彼の腕をぐいぐい押しながら見上げた。
私の護衛を決めるのに、私の意見も聞かないで自分の考えを言うのはどうなのよ。
心配してくれているのはわかるけど、エマが気の毒になる態度だったわよ。
「あの……本当によろしいのでしょうか。私は体格のせいで騎士団のテストも受けられなくて……魔法には自信があるんですが」
「魔道士も騎士団に入るのに体格の条件があるの!?」
「あるに決まっているだろう。体力がないと軍人はやっていられないんだ」
小さいから体力がないって決めつけないでよ。
日本人は力で勝てない分、小ささを生かした戦い方や素早い動きを身に着けた歴史があるのよ。
まして魔法が使えるんだもの。
いくらでもやりようはあるでしょう。
「イールって若いのに頭が固いのね」
「うっせえ。あんな小動物みたいのが隣にいたって、おまえに近付いてくる男を排除できないだろうが。ジェフは強いかもしれないが、あいつは平民だから入れない場所が多いだろ」
「もうひとり魔道士をつけてもらうから大丈夫よ。休みをちゃんととれるようにしないとね。ともかくまずは試しに一週間、護衛をしてもらいましょう」
トリスタンが優秀だというのなら、腕は大丈夫でしょう。
問題は高位貴族や王弟殿下と会った時に、慌てないで対応できるかどうかよ。
イールでこの調子なら、ギルモアに行ったらいろんな人にこの子が護衛なのかって、ぞろぞろ見物人が来そうだもの。
「あと私の傍にいるのが無理そうならはっきり言ってね。他にも仕事は紹介するから」
「……はあ」
変わっているって言われるし、引かれることもよくあるからね。
言動ばかりか表情にも子供らしさ皆無の十一歳って、不気味だと思う人もいるのよ。
「確かに変人だけど、姉上の傍にいるのが嫌だなんて言うやつに仕事を紹介する必要なんてないよ」
「まったくだ。シェリルの面白さがわからないやつなんてアホだな」
ギルバートもイールも、余計な圧力をかけないでちょうだい。
出来れば護衛をお願いした人には、長く勤めてもらいたいのよ。
お互いによく知っている相手のほうがやりやすいでしょ?
無理をして傍にいられて、不満を溜められるのは嫌よ。
「あの子たちの言うことは気にしないでね」
「……子?」
あ、いけない。
イールもまだ十代だから、つい子供扱いしちゃうわ。
私のほうが年下なのに、その言い方は駄目よね。
「そうよ、子供みたいでしょ?」
「誰が子供だって」
イールが頭の上に手を乗せて、わしゃわしゃ動かしたので髪がくしゃくしゃになってしまった。
そういうところが子供なのよ。
「ともかく大伯父様への報告と、ロゼッタ様にお話をお願い」
「母上は暇を持て余しているから、喜んで乗り込んでくるぞ」
「それもいいんじゃないかしら」
バイロンさんはしばらく忙しいでしょうし、ユーインは勉強をしなくちゃいけないでしょ?
フィオナさんだけ時間を持て余してしまうかもしれないわ。
「アシュベリーの娘たちなんて放っておけばいいのに。監禁しておいて、なんならあとは……」
「イール」
「禍根は残さないほうがいいぞ」
ある程度の力を持つ貴族なら、どうせ没落して消えていくアシュベリー家なんてここで潰してしまうんでしょう。
なんなら一家まとめて遠い異国の森の中にでも捨てるとか……いいえ、万が一を考えて全員殺してしまうんだろうな。
でも前世で世界有数の平和な国で生きていた私には、そんな簡単に誰かの命を奪うなんて考えられない。
甘い考えだってわかってはいるんだけど。
「イールさん、子供のシェリルにそんな決断をさせないでください」
「ユーイン?」
「確かに彼女は昨日会ったばかりの俺から見ても、異常に子供らしさがありませんけどまだ十一歳なんです」
「あ、そうだった。忘れてた」
庇ってくれたのよね?
でも言い方ってものがあるんじゃないかしらね。
「おまえも十一歳だったっけ」
「いえ、七月で十二になりました」
「シェリルより何か月か年上なんだな。シェリル、彼らはいつギルモアに紹介するつもりなんだ」
「試験の結果が出たら、家族みんなでご挨拶に行く予定よ」
「……明後日くらいか。わかった。伝えておこう」
その後私はエマを連れて屋敷を案内したり、彼女の部屋の場所をどこにするか決めたりするために、食堂の前を何回か通ることがあってさりげなく中に目を遣ったら、イールとユーインとギルバートはそのままずっと話し込んでいた。
しかも楽しそうに笑いながら。
最初は私に似た親戚がくると聞いて嫌な顔をしていたくせに、ギルバートってばすっかり懐いているじゃない。
彼も同年代の子供とは話が合わないと言っていたから、ユーインやイールと話すのが楽しいんでしょうね。
待って。この三人が結託すると面倒そうね。
いずれここにノアが加わるかもしれないって考えると、何かとうるさくなりそうだわ。