作品タイトル不明
オバサンは怒ると容赦しない 3
「シェリル」
お父様が手招きしたので、早足でそちらに向かう。
心配だったのでちらっと後方を確認したら、セリーナはまだ扉の陰にいるフィオナさんの横にいて、力付けるように手を握りしめていた。
「私はお姉様みたいには出来ないから、何か出来ることを探さなきゃ」
以前セリーナはそんなことを言っていたけど、もうすでに彼女は見つけているんじゃない?
あの子は自分からぐいぐい前に出て行く子じゃないけど、そっと人に寄り添える子だもん。
「どういうことだい? 言っていることはわかるんだが、もうあの男は今更変わらないよ」
「俺もそう思う」
いつの間にかバイロンさんが隣に来ていてびくっとしてしまった。
気配が全く掴めない。
転移でここに来たの? それとも足音を立てない人なの?
「監禁されている間は、反抗する気力もなさそうだから働くだろうが、俺たちがいなくなったらまた元の生活に戻るだけだ」
「だから乗っ取るんです。娘さんたちは悪い子じゃないんですよね」
話しながら振り返ってアシュベリーの様子を確認したら、私たちがこそこそと話している様子を真っ青な顔で見ている。
もう怒りとか憎しみの表情ではなくて、びくついて泣きそうな顔なのよ。
弱い犬ほどよく吼えるという言葉のとおり、自分より強い相手の前にたつとこんなにびくびくする人なんだ。
そういう人だからクロウリーにも直接には関わらないで、陰で悪い噂を流そうとしていたんだろうけど、問題はそのしつこさよ。
十年以上に渡ってずっと嫌がらせを続けていたのよ。
つまりこのままにしておくと、バイロンさんたちにも何年もつき纏うに違いないわ。
ここで決着をつけなくちゃ。
「ほとんど社交界に顔を出さないからわからないな。屋敷内で働かされているのは間違いないようだが」
「俺たちは一度だけ顔を合わせたが、ずっと俯いてびくびくしていたよ。母親は着飾っているのに娘たちは古いドレス姿だった」
「なんてことなの」
お父様とバイロンさんの話を聞いて、お婆様はショックだったみたい。
まさか自分の娘を使用人代わりにしているのに、あんな偉そうな態度を取る馬鹿がいるとは思わないわよ。
「子供たちを放ってはおけないわ。あの男を監禁するのなら、私が屋敷に行くわよ」
「そうだね。きみの生まれた屋敷でもあるんだ。このままにはしておけないな。バリークレアはもう軌道に乗っている。我々が常駐しなくても平気だろう」
「うーん。それなら僕も手伝わないわけにはいきませんね」
お父様はあまり乗り気ではなさそうね。
忙しいのに、アシュベリーの領地の心配までしなくてはいけないのかとうんざりしていそう。
でも少なくともバイロンさんたち一家の安全が確保できるまでは、あの男を自由にさせたくないのよ。
はっきり言って無能だと思う。
だけど行動力はありそうなのよ。
そういうタイプは自滅する時に、周りにも巻き込む危険があるわ。
「あそこの三姉妹は全員が私より年上でしたよね。もう結婚していてもおかしくない年齢ですから、アシュベリー子爵家を乗っ取れるようなお婿さんを探しましょう」
「ああ、なるほど。最終的にアシュベリーが得をするのは嫌だったんだ。娘さんが婿養子をもらって爵位を譲り受けるってことなんだな」
「はい、お父様。そのためにもアシュベリーより格上の旦那様じゃないといけません。バイロンさんが魔法を使った途端に態度が変わったでしょう? 今までは三男の息子より直系の自分の立場が上だと思っていたんでしょう」
「魔法が使えるほうが上なのか」
「手も足も出ないくらいにバイロンさんが強いと理解したんでしょう」
「S級冒険者だって聞いていたのに、今更過ぎるだろう」
私もS級冒険者がどのくらい強いのか、よくわかっていないわよ?
少数精鋭でダンジョンの最深部に行って、とんでもなく強い魔獣を倒すから、人外レベルの強さなのかもしれないなと想像しているだけ。
あれ? じゃあラスボス王弟殿下の強さってどのくらい?
ヒーローやヒロインは仲間と一緒に戦うのに、最終的にラスボスはひとりで相手をするんじゃなかった?
王弟殿下ならS級冒険者にも簡単になれたりするの?
え? あの和食大好き人間が?
仕事中は別人みたいに優秀なのはよくわかっているけど、普段はのほほんとしている人が?
S級冒険者以上に強いかもしれないの!?
「アードモアの人間が、俺たちを連れ戻すために接触するのはアシュベリーだろう。父も俺も貴族絡みの仕事を請け負った時には、アシュベリーの名を名乗っていたんだ」
「俺も入学試験の時にアシュベリーを名乗ってしまいました」
確かにユーインはアシュベリーって言っていたわね。
ということは、せっかくバルナモアにS級冒険者がきたのなら手に入れようと考える貴族たちも、アシュベリーを利用しようと考えるでしょう。
「そうか。あの男を捕まえておいたほうが、接触してきた者達を確認しやすいのか。……わかった。確かにいいアイデアのようだ。やるのならばさっそく始めようか。商会から適任者を集めよう」
「いいね。初動の早さは重要だ。向こうの部屋の中まで直接転移しよう」
「調査員に連絡をして、今後は屋敷内の監視と警備に当たらせないと」
お父様とバイロンさんって、性格も生き様もまったく違うのに気が合っているのよね。
どうせ私はアシュベリーの屋敷には連れて行ってもらえないんだろうな。
子供で女性で受験生。私が親でも部屋で勉強していなさいって言うわ。
「お母様、私はフィオナさんが馬鹿にされるのが嫌です」
だから直接私が動かなくても出来ることだけはしておきたくて、階段下で祖父母と一緒にいるお母様に駆け寄った。
お父様とバイロンさんがいろいろと具体的な話をしているのを、三人は後ろから見守っていたの。
これ以上、アシュベリーに近付きたくないという気持ちもあるのかもしれないわ。
「そうね。いずれは貴族を相手にしなくてはいけなくなるのだから、バルナモアの礼儀作法を覚えてもらわなくてはいけないわね」
だって話をしながら私の腕を取って、自分のほうに引き寄せて動けないように抱きしめながら、ギルバートにもこっちに来るようにと手招きをしたのよ。
セリーナはまだ扉の向こうだからいいけど、私とギルバートがアシュベリーの傍にいるのが気が気ではなかったのかも。
「今でも貴族令嬢として通りそうなくらいですし、バルナモア語も問題ありませんから、そう大変ではないはずです」
「わかったからここでおとなしくしているか、セリーナとギルバートを連れて食堂に戻ってちょうだい。フィオナさんのことはロゼッタに相談しましょう」
ロゼッタ様の影響力ってそんなにすごいの?
性格の悪い悪妻から、あっという間に評判を逆転させたわね。
「フィオナさんとユーインくんにも食堂で待っていてもらったほうがいいわ。シェリル、聞いているの?」
「はい、わかりました。食事が途中でしたね」
ただでさえ今日は襲撃を受けてお母様を心配させてしまったんだから、ここはおとなしく言われたとおりにしなくちゃ。
子供らしくなんて言う気はないけど、女の子が無茶をしないで危険なことには近づかないでよって言われているのよ。
でも自分から危険に近づいたことは一度もないのよ?
いつも向こうが近付いてくるんだけどな。
翌朝、朝食のために食堂に集まった時には、バイロンさん一家はすっかり打ち解けた雰囲気になっていた。
協力してすることが出来たからというのもあるし、アシュベリーに対して私たちが本気で怒っていたのを見て、信用してもらえるようになったのもあるんじゃないかしら?
あの騒ぎのあと、お父様はすぐにフェネリー伯爵家に向かい、事情を説明して魔道具を山ほどもらって、それを設置するための人員まで連れて帰ってきた。
すでにバイロンさんが商会の人やうちの警護の魔道士を連れてアシュベリー子爵家に乗り込み、アシュベリーを書斎に、ぎゃあぎゃあ喚いてうるさい夫人を私室に閉じ込めていたので、外に出られないように扉にも窓にも魔道具を設置してきたんですって。
フェネリーの大伯父様は、ギルモアに話す前にフェネリー伯爵家を頼ったことが嬉しかったらしくて、何人も人を寄越してくれたの。
おかげでさっそく今日からアシュベリーの領地に移動して、あちらの屋敷に魔道具を設置できるそうよ。
急に引っ越すことになって、お嬢さん方はびっくりしたでしょうね。
「娘さんたちは指示しないと自分では何も決められないようだ。両親が部屋から出られないと聞いても、嬉しそうでもなく心配している様子もなく、ただ頷いているだけだった」
バイロンさんの話を聞いて気持ちが沈んでしまったわ。
ずっと親に命令されて生きてきて、逆らうことも自分で決めることも経験がないせいで、どうすればいいのかわからないんだ。
話を聞いていたユーインが、自分の皿に乗せようとしていたパンをそっと元の皿に戻すのをしっかり見てしまった。
あなたが気にすることじゃないでしょう。
「ユーイン、ちゃんと食べないと」
私が注意したので、みんなが驚いた顔でユーインに注目した。
「どうかしたのか?」
「体調が悪いの?」
ほら、バイロンさんとフィオナさんが心配しちゃっているじゃない。
「いや、もうけっこう食べたよ」
そんなことはないでしょう。
朝だから、ソーセージやベーコンとスクランブルエッグに、サラダやフルーツが用意されているだけよ?
育ち盛りの男の子は、もっと食べなくちゃ。
「パンを全種類一個ずつは食べてもらわなくちゃ」
「六種類もあるのにか?」
お客様がいるから、料理長がはりきったんでしょうね。
フルーツも盛り合わせになっていて、かなり豪華よ。
なんならデザートにババロアもあるわ。
「婿養子を見つけてあとはまかせればいいという簡単な話ではないかもしれないな。本当に乗っ取られて、娘たちまで追い出されてしまうかもしれない」
「そこまで俺たちが心配しなくてはいけないのか?」
「そういうことでもないんだが」
お父様とバイロンさんが同時に私のほうを見た。
つまり私が娘さんのことが気になると言ったから、彼女たちの婿養子探しをしようって流れにはなったけど、本当は乗り気ではないってことね。
「でも、親戚とはいっても初対面の強そうな大人の男性を前にしたら、普通の御令嬢はそういう反応になるでしょう。そこで喜んだり、恐怖を感じている表情をしなかったのって、もしかしたら生き残るための選択だった可能性もあるんじゃないですか?」
知らないけど。
思い付きで言っているけども。
そんな短時間で相手の全てはわからないものよ、たぶん。
特にバイロンさんは貴族のお嬢さんのことをよく知らないでしょ。
「……なるほど。しばらく様子を見てみるか」
最初は驚いていたバイロンさんも今は私の反応に興味津々で、今も口元を手で隠しながらじっと話を聞いていた。
口端があがっていたのに、しっかり気付いているんだから。
S級冒険者に面白い子供だと思われたのなら光栄だわ。
今日は王弟殿下との面会もあるんでしょ?
王族らしくない王族との面会も楽しいと思うわよ?