軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサンは怒ると容赦しない   2

実はお父様はアシュベリー子爵家の状況を、ずいぶん前から調査していたの。

昔からなにかとうちを目の敵にして、社交界で悪口を言いふらしていたからね。

格下と思っていたクロウリーがワディンガム公爵の派閥にはいれているのに、由緒正しいアシュベリーが誰からも誘われないのが許せなかったんでしょう。

ずっと様子を静観していた間に、アシュベリー子爵家は見る見る転落していった。

先代の、つまりお婆様の兄にあたる人も領主としての仕事を他人任せにして、王都で贅沢をしてばかりいる人だったけど、今の当主はもっとひどい。

帳簿もまともにチェックしなかったせいで、五年前に使用人にお金を持ち逃げされたのに、そんなことが世間にばれたら馬鹿にされるからって、犯人を捕まえようともしないでなかったことにしたのよ。

その時だって、もうほとんど財産を使い切っていて生活が苦しかったのに、お金を取り返そうとしないなんてありえないでしょう。

領地経営もまかせっきりで本当の税収も経済状況も把握していないので、好き勝手されても気付かない。

それなのに見栄を張り続けていたら、そりゃあ首が回らなくなるわよ。

「黙れ! おまえが偉そうにしていられるのは妻と娘のおかげじゃないか。運がよかっただけの成金男が!」

「それはもう聞き飽きたよ」

「いいからバイロンを出せ。いや、息子を連れて来い」

ユーインを連れて行ってどうするの?

娘の部屋に押し込んで鍵をかけるとか?

転移魔法で帰ってきちゃうわよ?

「いい加減になさいな」

黒いドレスにレースのショールを腕にかけ、お爺様にエスコートされてお婆様がさっそうと登場よ。

髪をひとつにまとめて背筋を伸ばし、ゆっくりと階段を降りてくるお婆様は、威厳に満ちていた。

社交界は華やかで苦手だってよく言っているけど、まったくそんな雰囲気には見えないわよ。

「由緒正しい貴族の直系だと言っている割には品がないわね。兄はあなたにどんな教育をしたのかしら」

「……」

あれ? 反論しないんだ。

アシュベリーって年上は敬う人だったの?

「バイロンと彼の家族はアードモアの国王に追われているのよ? あなたでは守れないでしょう。私たちが彼を守るために動いているのに邪魔をしないでちょうだい」

「だから、うちの人間にしてやると言っているんですよ。平民の血が混じっているのに娘の婿にしてやると言っているのに」

「おまえはS級冒険者がどういうものかわかっておらんのか?」

お婆様相手には敬語だし、お爺様が話し出したら肩をすぼめて一歩後ろに下がったわ。

自分より下だと思える人と女子供にだけ強いタイプか。

すぐに喚く男の典型的なタイプだわ。

「彼らは伯爵以上の爵位を渡すから我が国に来てくれと、いくつもの国から招待を受けるくらいの者達なんだぞ」

「適当なことを。だったらなんで逃げ隠れしているんですか。さっさと王宮に行けばいいじゃないですか」

「王弟殿下と面会するそうだ」

「……うそだ。三男の息子で、あんな裏路地に立っていそうな平民女と結婚したやつが、王族に声をかけていただけるなんてありえない! 冒険者なんてならず者で犯罪者……」

え? いつ転移したの?

気付いたらバイロンさんがアシュベリーの背後に現れて、喉元に剣を当てていた。

「それ以上の暴言は聞くに堪えない。俺が犯罪者なら、あんたはもう死んでいるぞ」

「や、やめ」

「バイロン、そいつのせいで犯罪者になることはない」

「そうよ。あなたの剣が汚れてしまうわ」

お父様とお母様がこんな辛辣なことを言うのを初めて聞いたわ。

フィオナさんやユーインもいるというのに、失礼なことを喚くからよ。

「きさま、こんなことをしてただで済むと思っているのか! 貴族を殺したら死刑だぞ!」

アシュベリーは冷や汗をかきながら声を裏返して叫んでいる。

パニックになってガタガタ震えて、剣を凝視して顔色は真っ青だ。

あんな聞くに堪えない台詞を吐いておいて、怒りを買ったら慌てだすってなんなの?

そう言えばたったひとりで乗り込んできたわね。

自分は何をしても、お父様もバイロンさんも反撃しないって思っていたってこと?

「この男をこのままにしておくのは危険だ。金のためにアードモアに俺を売りかねない」

「普通はそうなんだけどね、そんな人脈も行動力もないと思うよ。だけどこのままにはしておけないね」

バイロンさんもお父様もアシュベリーを持て余しているのね。

また押しかけてこられるのは嫌だし、彼の動向を探るために調査員たちがずっと張り付いていないといけないのもかわいそう。

それにここで放置したら、つけあがって行動がエスカレートする危険があるわ。

……あ。いい事を思いついちゃった。

「はーい。質問があります!」

「姉上!」

ひょいと扉の陰から飛び出して、バイロンさんたちの近くまで駆け寄った私を、ギルバートが止めようとしたけど一歩遅かったらしい。

呼ばれたので振り返ったら、右手を私のほうに伸ばした体勢で恨めしそうに睨んでいた。

「質問が……」

「また変なことを思いついたんだろう」

「有益なことよ。アシュベリーはただでは済まないって言っていたけど、具体的にはどうするの?」

敬語もなしで呼び捨てにされて、アシュベリーとしてはぶん殴ってやりたいような生意気な子供に見えるんだろうけど、なにしろ喉元に剣があって動けなくて、はあはあと荒い呼吸を繰り返すばかりだ。

「バイロンさん、このおじさん、倒れそうだから剣はしまって、逃げ出せないように魔法か何かで固定できません?」

「それは出来るが……」

そうか。バイロンさんも私のことをよく知らないんだった。

眉を寄せて警戒した表情になっている。

「王宮で働くような子供なんで、このくらいは普通じゃないですかね」

「バイロンくん、うちの娘はちょっと変わっているんだ」

お父様もお母様も、いつもそれで説明がつくと思ってない?

私を紹介する時に、何回もそのセリフを言っているじゃない。

「なるほど」

でもバイロンさんはそれで納得したらしい。

どうするのかと思ったら、バイロンさんはすっと剣を引いてアシュベリーから一歩下がった。

逃げられると思ったのかアシュベリーは急いでバイロンさんから離れようとして、

「な……なんで……」

足が全く動かないようで、またパニックになっている。

目を細めてよく見たら、足元から太腿の高さまで半透明の蔓のような物が、アシュベリーに絡みついていた。

「無詠唱?」

「きみは魔法を使えるのか」

「……」

バイロンさんの質問にすぐに答えなかったのは、どう答えようか考えていたんじゃなくて、アシュベリーが魔法と聞いてはっとして自分の足元を見て、次にバイロンさんを見た時に目つきがあまりに変わっていたからよ。

今までの馬鹿にしたような顔が消えて、やばいって顔になっているの。

彼の中で魔法が使えるのはすごい人で、すごい人は目上の人と同じカテゴリーなのかも。

「防御系の魔法は少し。この国で魔法が強いと言われているフェネリー伯爵家も親戚ですし」

「ああ、フェネリー伯爵家の魔道具はアードモアでも有名だよ」

隣国まで名が轟いているなんてすごいわ。

最近はギルモアや中立派の貴族たちとの関係強化もあったおかげか、フェネリー伯爵家って大人気なのよ。

フェネリー伯爵家は男ばかりが生まれている家系ではないのに、女の子の親戚にほとんど会えないのは、成人した人ばかりなうえに魔力の強いお嫁さんがほしい家が多くて、すぐに縁談が決まってしまうせいでもあるの。

おかげでギルモアとフェネリーが揃っている時でも、親戚は男ばかりなのよ。

私もセリーナも女の子の従姉やはとこがほしいわ。

「これでこのおじさんは動けませんね」

「き、きさま……ただで済むとおもっているのか!」

「うん」

「は? ……な、なんなんだ」

声にも元気がなくなっちゃっている。

バイロンさんは自分より上の人になっちゃったから、今度は私を攻撃相手にしようってことかしら?

「だから、具体的にどうするの? あなたにはもう誰かを動かすお金も人脈もないでしょう? バイロンさんもお父様も話をするだけ無駄ですよ。こういう人は力でねじ伏せるしかありません」

「あ、姉上?」

「シェリル? 何を?」

そんな驚いた顔をしないでよ。

話は最後まで聞いてちょうだい。

ここでこの人は殺しちゃいましょ。ばれなきゃ平気なんて言わないから。

「アシュベリー子爵家はもう借金まみれなんですよね? 領地がどういう状況なのかも把握できていなくて、領地経営を任せた相手が好き勝手しているけど、あなたには経営のことがよくわからないから手を引かれると困るので、そのままにしているんでしょ?」

「……」

「まじかよ」

背後からユーインの声が聞こえてきた。

そんなところに婿入りしたら、大変なことになるところだったわよ。

「だから、ここは親戚として腐った性根を叩き直しましょう!」

「「「…………」」」

反応が鈍いわね。

「シェリル、彼のために何かをするのは嫌なんだが?」

「彼のためじゃないですよ。この人を野放しにしておくのは邪魔でしょう? バイロンさんたちの生活基盤が出来上がるまでは彼の領地の屋敷に監禁しておきましょう」

「犯罪だぞ!」

私相手だとまだ怒鳴る元気があるのね。

でもそんなのまったくこわくないので、にっこりと笑いかけてあげた。

「まずは借金を返すために、王都のタウンハウスは売り払い、調度品や宝石やドレスも処分しましょう。家から出ないのにそんな物は必要ありません。使用人はもうほとんど残っていないんですよね? 娘さんを侍女代わりにこき使っているんでしたっけ? ぜひ、贅沢三昧の奥様にも働いていただかなくては」

「姉上、まさかアシュベリーを立て直す気ですか?」

「監禁しただけでは犯罪だけど、部屋に閉じ込めて借金を返却し、好き勝手している行政官を追い出して罰金を支払わせ、アシュベリーに仕事をさせたら?」

「犯罪ではない?」

「外で彼の動向を探るより、閉じ込めておくほうが人員削減できるしね」

アードモアの動きも気になるし、S級冒険者欲しさに動く貴族も出てくる可能性があるのに、アシュベリーの相手までしていられないでしょう。

「の、乗っ取る気か……」

「ユーインを自分の娘と結婚させようとしていたんでしょう? それって乗っ取っていいよって言っているのと同じよ? それによく考えてみて?」

アシュベリーの手が届かないぎりぎりの場所に立って、子供らしく首を傾げた。

「あなたはどうやって借金を返そうと思っていたの? 相手が永遠に待ってくれるわけがないでしょう? 失うのがタウンハウスだけならむしろ幸運じゃない? まさか気付かない振りを続けていたら、なんとかなるなんて思っていないわよね」

バイロンさん一家が、ユーインも含めてドン引きしている雰囲気が伝わってくる。

もしかすると気持ち悪いって思われているのかもしれない。

でもこのくらいおかしくないと、王族や高位貴族に天才少女って言われないわよ。

ジョシュア様よりはずっと普通でしょ?

「夜逃げしても、もうお金のない生活なんて出来ないでしょう? そうしたら残っているのは首をくくる未来だけよ?」

「ば……化け物が」

「あなたはその化け物を本気で怒らせたのよ」

平民で、色っぽくて、でも手に入らない女性だからって、子供の前でフィオナさんを侮辱するなんて許さない。

そして両親がひどいせいで、使用人扱いされているアシュベリーの娘さんたちも、このままにはしておけないわ。