作品タイトル不明
オバサンは怒ると容赦しない 1
荷物が少ないことについて、私は必要になったら転移で取りに行けるからと納得したけど、お母様はそれではすませなかった。
「しかたないとはいえ、それでは化粧品ひとつ持ち出せていないのでは? 着ていらっしゃる服はとても素敵ですけれど、アシュベリーと会うためにドレスを用意していたのなら、その分、普段用の服が足りていないでしょう? まかせてちょうだい。必要な物は全てうちの商会で用意するわ」
「ありがとうございます。でも私は、普段着は別になんでも」
「それでもリラックスできる服かどうかで疲れが違うでしょう? ほら、ずっと神経が張り詰めていたから肩がすっかり凝ってしまっている。あなたたち、湯あみの準備を」
「ええ!? そんなにしてもらっては」
お母様は同じ女性としてフィオナさんをどうにかしてあげたいと思っているんでしょうけど、余計に緊張してしまわないかしら。
バイロンさんもユーインも、お母様が好意でしてくれているとわかっているから、止めていいのかどうか迷っているみたい。
「侍女がいるとリラックスできないのなら、ひとりでゆっくりと湯あみすればいいのよ? でもその後にマッサージは受けてもらうわ。今夜は美味しいものを食べてゆっくり休んで。明日の朝は、あなたたちの朝食は部屋に運ばせるわ。三人だけでゆっくり食事をしたいでしょ?」
さすがです、お母様。
それならフィオナさんもゆったりできるわ。
夫や息子に心配をかけないように無理をしていたかもしれないし、ドレスや化粧品を選ぶ間だけくらいは、お母様と女同士で過ごす時間も悪くはないんじゃない?
なつかしいな。アレクシアと初めて会った時とちょっと似ているわ。
自分のためだけに時間を使えるって、心の余裕に繋がるものよ。
「男性陣も採寸だけはしてもらいます」
「いや、俺たちはどうとでもなりますので」
「そうでしょう。ですからとりあえず必要な物だけを用意するわ。買い物に行くのにも服は必要よ」
明日からバイロンさんは王弟殿下をはじめとした貴族の方々何人かと、面談をしてもらわなくてはいけないのよ。
間違いなくアードモア国王は、S級冒険者を返せと言ってくる。
その前に事情を説明して、味方を増やしておかなくてはいけないわ。
「なるほど……」
乗り気ではなくても、お母様相手に断ることも出来なくて困っているバイロンさんの肩に、お父様がそっと手を置いた。
「こういう時は、男は口を出さないほうがいい」
「……確かに」
「きみとユーインくんは先に部屋に案内しよう。場所は階段から遠いほうがいいとか何階がいいとか希望があったら違う部屋に変更するよ」
「そんなに気を遣わないでくれ。滞在させてもらえるだけでもありがたい」
バイロンさんは、アシュベリー子爵家に行った時とうちとの温度差で、風邪をひきそうになっているかもしれないわ。
うちはお婆様を中心に、最高のおもてなしをするぞとはりきっているからね。
彼らに使ってもらう客間だって、扉をあけると広い居間になっていて、左右にそれぞれ寝室に続く扉があるの。
寝室には廊下から直接はいけない造りなのよ。
親戚とはいえ会ったばかりで、互いのことをまだよく知らないのに、四六時中顔を合わせていたら気が休まらないわよ。
使用人たちだってクロウリー子爵家に雇われている者達ばかりだし、そもそも使用人が家の中にいる生活に慣れていないんじゃない?
赤の他人が自分の傍にずっといる生活って、慣れていない人には気が休まらないものよ。
夕食までの時間、私も自室でのんびりと過ごして、着替えて食堂に顔を出した時には、バイロンさん一家は三人共、湯あみを済ませて真新しい洋服に着替えていた。
少しはゆっくりできたのか表情も柔らかくなっている気がするわ。
特にフィオナさんがお肌も髪もつやつやになって、もともと美人さんだったのが更に磨きがかかって眩しいほどよ。
これはバイロンさんの機嫌もよくなるってもんよ。
でももっとバイロンさんを安心させたのは、そんなフィオナさんを見てもお父様が全く関心を見せなかったことじゃないかしら。
私にしてみればお母様大好きなお父様が、他の女の人にまったく興味を示さないのはいつものことなんだけど、アシュベリーがやらかしているからね、バイロンさんにとってはそれが一番の心配だったんじゃない?
「女性を外見の美しさだけで比べるのは失礼だよ。アマンダは知性的で優しくて、妻としても母親としても最高なんだ」
って、真顔で話している姿を見ているから、私は全く心配していなかった。
それより、そういう台詞を恥ずかしがらずに言えるのがすごいわ。
でも心のどこかで、そう言っていても十年先にはどうなっているかわからないって、ちらっと考えちゃう自分もいるの。
世の中の男が全て前世の夫のような男ではないってわかっているのにね。
なんて暗いことを考えている場合ではないわね。
バイロンさん一家を交えて楽しく食事をしていたのに、予想通りではあるんだけど招待されてもいない客が来るみたいよ。
「アシュベリーがこちらに向かっているそうだ」
見張っていた調査員からの連絡を受け取って、せっかくいい雰囲気だった夕食の場が一瞬で緊張した雰囲気になってしまった。
「みんなは食事を続けていてくれ。対応は僕がする」
「私も行くわ。あの男にはガツンと言ってやらなくちゃ」
「ならば一緒に行こう」
お婆様がいくのならお爺様もじっと座ってはいられないでしょう。
「私も行くわよ。あの男が私に嫌味でも言ってくれたら、ギルモアに言いつけられるわ」
「あいつはきみにも気のあるそぶりをするじゃないか」
「そう? まったく相手にしていなかったから気付かなかったわ」
お母様も参戦するのか。
……だとしたら、私としては様子を見に行きたいわ。
アシュベリーがどんな男なのか確認したい。
「バイロンさん、いい見学席があるけど行きます?」
当事者のバイロンさんたちだって行きたいわよね。
敵がくる前に、席にいたほうがいいわ。
「行こう」
「俺も」
「私も行くわ」
バイロンさんが立ち上がると、すかさずフィオナさんもユーインも立ち上がった。
「おまえたちはここで食事をしていてくれ」
「嫌よ。あの男が何を言うのか確認したいわ」
「しかし……」
「大丈夫ですよ。こっちも、全員くるみたいですし」
もしかしたら一緒に行くと言うかもとは思っていたけど、ギルバートとセリーナは行くのは当然だという顔で、もう廊下に出ようとしていた。
「こんなに大人数でも大丈夫なのかい?」
「ドアが大きいので大丈夫でしょう」
「ドア?」
玄関ホールを覗ける見学席なんて、あたりまえだけどないわよ?
私が案内したのは、玄関ホール横にあるクローク、つまりお茶会や晩餐会のお客様たちがいらした時に、預かったコートや荷物を保管しておく部屋の扉の陰よ。
預かった荷物を整理する係の人が使う小さなデスクや調度品、観葉植物のおかげで扉の存在を気にする人は少ないし、天井まで届く両開きの大きなドアをしっかりドアストッパーで止めておけば、間違って開いちゃうなんてこともないわ。
「こうしておいて左右に分かれて隠れてみればいいんです」
「おお、この位置は見やすいな」
こんな場所かよって顔をせずに、すぐに扉の陰に隠れるバイロンさん一家の様子を見て、ああ親戚だなって初めて思ったわ。
そして振り返ったら、ギルバートとセリーナも当然のように反対側の扉の陰に移動していた。
「しゃがんだほうが見やすいわ」
「膝にクッションを置くか」
真面目な顔で話している弟と妹を見て、言い出したのは私だけど複雑な心境になったわ。
「クッションをお持ちしました」
止めもしないで、本当にクッションを持ってくる執事もすごいわ。
「ありがと」
「ああ、そっちもクッションを……一番下がユーインならいらないか」
「くれよ」
ギルバートとユーインも仲良くなりそうね。
なんだろう。とっても平和で呑気な空気なんですけど。
これから楽しいイベントが起きるんじゃないからね。
聞いて楽しい話じゃないのよ。
「姉上も早く。ほら、もう来るよ」
「はいはい」
まだ私のほうが背が高いのに、ギルバートは台の上に乗っているから私が真ん中になってしまった。
中腰は疲れるから、床に膝をつくほうがよかったかも。
「なんだこの家は! これ見よがしに派手にしやがって品がない。これだから成金野郎は」
喚きながら他人の家に入ってくるあなたのほうが品がないわよ。
それに派手だけど、品はあるから。
お母様がお父様の希望を取り入れつつ、下品にならないようにおしゃれにしてくれているの。
それなのに屋敷をけなされて、すでにお母様はご立腹よ。
正面にある階段の前に立ったお父様とお母様は、映画のワンシーンに登場した俳優みたい。
堂々として、洗練されていて、絵になるカップルよ。
それに比べてアシュベリーは、なんというか普通だった。
従兄弟が似ていないのなんて珍しくもないけど、お父様もバイロンさんも長身のイケメンなのにアシュベリーは中肉中背で、バルナモアにはこういう顔はよくいるよねっていう顔をしている。
悪くはないのよ。
でもね表情がよくない。
妬みや怒りやその他もろもろ、性格の悪さが顔に出てしまっていた。
文句を言いつつ調度品を物欲しげに見たり、お母様を舐めまわすように見たり、ともかく落ち着きなく視線が動いている。
貴族だってことに誇りを持っているみたいなのに、なんであんなに姿勢が悪いんだろう。
不摂生な生活をしているのかも。
「バイロンを出せ。クロウリーは関係ない」
「私とバイロンくんは従兄弟だ。関係あるさ」
「こんなに金があるくせにまだ欲しいのか! 強欲なやつめ!」
「金? 何を言っているんだ? 従兄弟が困っているから手を貸すのに、金なんて関係ないだろう」
「気取った顔をしても、どうせ中身は薄汚い商人が。金のことしか考えていないってわかってるぞ!」
「おまえがな」
今のツッコミは誰?
ギルバート?
「あ」
ユーインか。
バイロンさんに頭をはたかれているわ。
ちょっと笑わせないでよ。
「浅ましいな。自分がそうだからと周りも同じだと思ってるのか。そこまで落ちてもまだゴミのようなプライドに縋りついて喚いている姿は滑稽だ」
「やだ。お父様格好いい」
ギルバートに肩を叩かれた。
わかりましたよ。おとなしくしているわよ。