軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

オバサンは入学試験くらい平穏に受けたい  3

馬車の中にいた私は全く身の危険を感じなかったけど、それでも少しは動揺していたのかもしれない。

現れたタイミングが悪かったのもあって、ユーインに冷ややかな態度を取ってしまったわ。

私が平和に過ごしていた間に、彼は大変な状況に陥っていたのに。

冒険者をやめても、今のままでは父親が命を落とす危険はまだまだあって、追われるように祖国を捨てて異国にやってきたのに、当てにしていた親戚はくそ野郎だったなんて、だいぶ心細い思いをしているんじゃないかしら。

そういえば少し痩せたかもしれない。

「大変だったのね。徒歩で学園に行こうとするなんて……アシュベリーは何もしてくれなかったの?」

「いや、俺を自分の娘と結婚させて、次期子爵にしてくれると言っていたよ。断ったけどね」

「そういえばあそこは、三人の娘さんがいるだけで男の子はいないんだったわね」

ギルモアのように男ばかりが生まれる家もあれば、女の子しか生まれない家もある。

でも確かあそこの家のお嬢さんたちは、私より年上だったはずだわ。

ユーインは私と年が同じだから、彼から見ても全員が年上ってことね。

「子爵の狙いは親父の財産だよ。あそこの家は没落寸前だからさ、金を出すなら助けてやってもいいと言っていたんだ。だけど親父と俺はいいけど、おふくろは平民だから本館には住まわせないと言いやがった。別館なら貸してもいいって言っていたけどさ、あんなのただの倉庫だ」

愚か者はどこまでも愚かね。

ユーインの父親はS級の冒険者なのよ?

彼のお金が欲しいのなら、怒らせるようなことをするより優しくして油断させたほうがいいのに。

「おそらく俺と娘を結婚させたら、うちの両親を殺す気なんだ。そうしたら財産を全部奪えるって思っているんだよ」

「S級冒険者を?」

ユーインは黙って座っていれば、ジョシュア様に負けないくらいのイケメンなのよ?

アシュベリー子爵がその気でも、お嬢さんは本気で惚れちゃうんじゃないの?

そして父親よりユーインを取る未来が見えるようだわ。

「平民の血が混じっているのに助けてやるんだから感謝しろって親父に言ったんだ。あの状況で、どう助けるつもりだったんだか。だからアホらしくなって俺たちが出て行こうとしたら、両親を地下室に閉じ込めようとしたんだ」

「S級冒険者を?」

思わず同じ言葉を繰り返してしまったわ。

だって馬鹿でしょう。

「馬鹿だわ」

アレクシア、はっきり言い切ったわね。

私は心の中で思っただけで口には出さなかったのに。

「反撃をして面倒なことにならないように、親父は俺とお袋を連れて転移で逃げたんだ」

「賢明な判断だわ。じゃあ、アシュベリーは探し回っているんじゃないの?」

「かもな。だからお袋をひとりにするわけにはいかなくてさ、俺はひとりで学園まで行くことにしたんだ。自分の身ぐらい守れるさ」

「そして偶然、私が襲撃されている場に居合わせたってこと?」

「あー……うーん」

答えにくそうに天井を見上げて、でもここは正直に答えたほうがいいと思ったらしい。

申し訳なさそうに眉尻を下げ、しゅんとした顔で話し始めた。

「いや、あそこにいれば試験を受けに行くシェリルに会えるかもしれないと思って、早めに行ってきょろきょろ周りを見ていたんだ。だから魔道士に気付けた」

「なるほどね」

「ごめん。他に誰にどう接触すればいいかわからなかったんだ」

「そんなのはいいわよ」

私だってユーインの立場だったら転生者を頼ると思うわ。

ただし問題はたくさんあるわよ。

「追手があなたを探しているかもしれないのに、あそこで私を探していちゃ駄目でしょう。学園の敷地内なら安全なんだから、そこで待つべきよ。それに先代のアシュベリー子爵がくそ野郎だってことは知っていたんでしょ? その息子が善人の可能性に賭けるなんてチャレンジャーすぎるわ」

「そ……そうか」

叱られるとは思っていなかったユーインは、背筋を伸ばして座り直した。

それでも私が転生仲間として心配しているのは理解してくれているようで、表情がだいぶ明るくなってきた。

「頼るならお婆様を頼るべきだったのよ。S級冒険者なのに、まさかお婆様の情報を調べていないなんてことはないでしょうね」

「こっちに来てから親父が調べてたよ」

「親父じゃなくて父上と言いなさい。貴族だということにしたほうが安全よ。お金を持っている平民は狙われるわ」

「お、おう」

アシュベリーは先代が亡くなった時に、お婆様にいっさい連絡をしてこなかった。

それだけでもひどいのに、お母様の両親が駆け落ちして貧しい生活をしていたと知って、クロウリーはどこの馬の骨かもわからない平民と結婚したと、社交界でさんざん馬鹿にしていたの。

それなのに、お母様がギルモア侯爵家とフェネリー伯爵家という力のある貴族の血筋の人間だと知った途端に、親の代の諍いで我々まで仲違いする必要はないのではないかと、お父様に連絡してきたのよ。

調子が良すぎでしょ。

お母様とどうにか和解したくて機会をうかがっていたギルモアが、お母様の周辺調査をしないわけがない。

もちろんお父様だってお爺様だって、お婆様やお母様を悲しませるアシュベリーを許さない。

「この国の社交界に彼らの居場所はもうないわ」

「俺がきみに似ているから、もしかしたらクロウリーもギルモアも、俺になら援助するかもしれないと期待しているみたいなんだ」

お婆様は家を出て行った弟を心配していたから、ユーイン家族は助けるでしょう。

でもアシュベリーは駄目よ。

「アレクシア、私が試験を受けている間に働いてもらってもいいかしら」

「いいわよ。殿下とクロウリーとギルモアに行く?」

「ギルモアにはお父様から連絡してもらえばいいわ。お婆様にも」

「殿下って、レオンさんか!?」

なんで驚いているのよ。

アードモアの王族が関わっているんでしょ?

「こういう時に最強の手札を使わないで、いつ使うの。後ろ盾にするならクロウリーより王弟殿下よ」

「だけど親父……父上は貴族に雇われる気はないんだ。囲い込まれて命令を聞かなくてはいけなくなるなら、この国も出ていくと言うだろう」

「大丈夫でしょ。そのへんは殿下も国王陛下も柔軟な考えを持っている人たちよ。いざという時に助けてもらうこともあるかもだけど、普段は好きに暮らしていいって言うわよ。ああでも、大公領にも拠点を作ってくれって言うかも」

「それだけで守ってくれるのか?」

「私なんて王宮で雇ってもらえて、しかも守ってもらえているわよ」

「それはきみが仲間だからだ」

「あなただって転生者仲間でしょ」

困っている時はお互い様よ。

うちの家族だって、私だって親戚が困っているんだから助けるわよ。

「きっとお婆様が会いたいって言うわ。祖父母のいる領地はバリークレアと言ってアレクシアの領地の隣なの。田舎だけどいいところよ。そこで少しのんびりするのもいいかもしれないわ」

「醤油を作っているところか」

「マガリッジ風料理があるわよ」

ユーインは、馬車に乗った時とは別人のように目を輝かせた。

あなたはいいけど、あなたの両親はマガリッジ料理に興味ないんじゃないかしら。

「ありがとう。両親が無事でいられるのなら、俺は学園に通えなくてもいいんだ。大公領でもバリークレアでも拠点はどこでもいい」

「学園も通ってご両親も守ってもらえるように動きなさいよ。妥協するのはまだ早いわよ。ただし、試験に落ちたら入学は出来ないわ」

「……まだ今回は落ちても平気だって聞いた」

「それはまあそうね。……意外と弱気ね」

「きみは襲われそうになったのに落ち着いているんだな」

あんな失敗するのがわかりきっている襲撃をしてきたってことは、相手は私を殺そうとは思っていなかったのよ。

失敗しても私が動揺して試験に落ちれば、社交界での評判に傷がつく。

うまく拉致出来たら、あの娘は傷者になったとでも言いふらす気だったんでしょう。

「それに何度も危ない目に合う子を、自分の子供に近付けたくないと考える親も出てくるかもしれないわ。どんな形であれ、私にダメージを与えられれば良かったんでしょう」

「うわ、そんな恨みを買うような身に覚えがあるのか?」

「たぶん、いろんな人に妬まれてるんじゃない?」

おとなしいなと思っていたら、怒りがぶり返していたのかアレクシアが握りしめた拳から、小さな稲妻のような光が漏れていた。

「アレクシア、魔力が漏れているわ」

「どこのどいつか知らないけど、やることが陰湿なのよ。新品の制服まで用意して襲撃させるなんて馬鹿なんじゃないの」

つまり、犯人はお金をたくさん持っているってことよ。

ギルモアやクロウリーが力を持つことを嫌がる貴族か、お父様に商売の相談を出来なくて逆恨みしている貴族か……。

「シェリルに縁談を申し込んで断られた貴族ってこともあるんじゃないか?」

「国王陛下は、一年で学園を卒業して王宮で働くようにって私に命じているのよ? 縁談を持ち込んできた人たちには、国王陛下の考えを否定なさるのですかとお返事しているはずよ」

だから私を恨むのは間違っているわよ。

恨むなら陛下を恨んでよ。

「ねえ」

「うん?」

「もう馬車が停まってたわ。話していて気付かなかった」

「え? あ、まずい。余裕をもって家を出てよかったー」

アレクシアに言われるまで気付いていなかったわ。

そういえばこんなに話し込めるほどの距離はなかったわね。

ジェフも護衛の騎士も、誰もおりてこないのでやきもきして外で待っていたみたい。

ノックをしながら窓から中を覗いたら、難しい顔で三人が話し込んでいたので声をかけられなかったんですって。

「ユーイン、私は連絡のために行かなくちゃいけないから、あなたがシェリルを守ってよ」

「おう、まかせろ」

はあ? アレクシアもユーインもなにを言っているの?

王族も通う学園なのよ。警備だってしっかりしていて安全なんでしょう?

「あの門から中は通行証のある人しか入れないけど、学園は小さな町のようなものよ。教室に入るまで気を抜かないで」

確かに門を入ったすぐに広い馬車を停めるスペースがあって、そこから三方に石畳の道が伸びている。

前世の大学のような感じなのかも。

かなり広大な敷地のようだわ。

「試験会場までは歩いて三分くらいよ。ほら、あの時計がついている建物よ」

「なるほど」

「よし行こう」

アレクシアや護衛の騎士に挨拶して、鞄を持って石畳の道を進む。

ファンタジーの学園って夢が膨らむじゃない?

魔法学校みたいな感じなのかなとか、欧州の歴史ある学び舎みたいな感じかなとか。

建物は全体的に新しいものが多くて、奥まったところに古い建物が何棟か固まっている。

たぶん学園が始まった当初は、あのあたりの建物だけしかなかったんでしょうね。

騎士科や魔法科があるので、文房具を売っている店の隣に武器防具の店や魔法道具を売る店が並んでいる。

飲み物や軽食を売っている店やおしゃれなカフェ、銀行まであるのね。

試験会場の前で足を止めたら、後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえてきたので振り返った。

ローズマリー様、御令嬢が走ってはいけませんわ。

侍女が困っているじゃないですか。

「シェリル……その方はどなた?」

挨拶より先に、ローズマリー様はユーインを睨みつけた。