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作品タイトル不明

46 侍従ジェームズ

九月一日

「お父様、私、絵姿を描いて欲しいのです」

「スカーレット、いきなりなんだね。絵姿ならふた月ほど前に描かせたじゃないか」

スカーレットの父であるナサニエル・アークライト・パーシヴァル国王はそう言いつつも可愛い娘のお願いを受け入れるつもりである。

「宮廷の画家ではなくて、令嬢たちの間で人気の画家に描かせたいのです。令嬢たちだけではありませんわ。ダンフォード侯爵夫人も描かせたそうです。わたくし、その絵姿をゴードン殿下に贈りたいのです。とても自然な魅力を引き出す絵姿なんですもの」

「ほう。ダンフォード家が依頼したというのなら怪しげな人物ではないのだろうな。あそこは夫婦揃って用心深い。考えておこう。ジェームズ、頼んだよ」

「かしこまりました陛下」

この場合の「頼んだよ」には色々な意味が含まれている。「その画家のことを調べよ」「画家の周辺の人間を調べよ」「画家にこれまで仕事を依頼した人間を調べよ」などであるが、陛下が王太子の時代からおそばに控えて三十年以上のジェームズは正しく意味を理解して行動した。

信頼できる部下を使いクリスティアン・アンカーソンなる画家のことを調べ上げた結果、なかなか興味深いことがわかった。

その画家は元辺境伯家嫡男で最近廃嫡されて名前も変えている。特に政治的な思想の背景は無し。

ただ、彼は実家で十二年に渡り療養していたはずだが実際は療養していたわけではなく家を出ていて廃嫡される前にアンカーソン家と養子縁組をしてオルブライト女伯爵と婚約している。

それについては罰金を支払って解決済みだ。

オルブライト女伯爵と言えばしばらく前に陛下付きの侍女として声をかけられ、断ってきた女性だ。

「あれ?待てよ。たしか婚約者が経済的援助をしてくれるから、というのが陛下付き侍女の 招聘(しょうへい) を断った理由だったはず」

ジェームズはモヤモヤとした違和感を持った。その違和感を心の中でいじくりまわしていたが、すぐにハタと気付いた。

新進気鋭の画家は辺境伯家を出て修行中だった男だ。その男が経済的に困窮していた伯爵家を立て直せるほどの資金を持っているものだろうか。無名の画家はそんなに稼げるはずがない。療養中とされていたということは親の了承を得ずに家を飛び出たのだろう。それなら親の援助ではない。

「なんだこの収まりの悪さは」

ジェームズは「念には念を入れる」タイプの典型だったから、王女殿下の絵姿を描くという物理的に距離の近い仕事を与える前にもう少し調べようと思った。そして一連の情報を時系列順に並べ、違和感の出どころを炙り出した。

「これは誰かが、いや、もしかすると全員が嘘をついてるな」

理由を探るにしても前辺境伯はプライドが高く権力も強い厄介な男だ。ここはひとつ女伯爵から探ってみようと判断した。

そしてアンバー・オルブライト女伯爵を調べた結果、書類上の不自然な点が判明した。彼女がクリスティアンから贈られた数々の商売の名義がクリスティアンの物だった期間は数日から一週間とごくごく短いのだ。クリスティアンは名前を貸しただけと思われる。

「ふむ。では九店舗の本当の贈り主は誰なんだ?こんな面倒な手間をかけてまで正体を隠す理由が知りたいな。贈り主が反王室派の貴族だったら王女様と関わらせるわけにはいかないが」

九月八日

そしてまたジェームズは困惑している。

クリスティアンが名義人になる前の各店舗の経営者は全員が平民で、バー四店舗、ドレスショップ五店舗の経営者九人に横の繋がりはない。皆年配の真っ当な王国民だった。

しかも全員が「雇われて経営者をしていたが、依頼してきたのは年配の品の良い男性」「おそらく貴族かその使用人」「経営者を名乗る対価は一度の遅れもなく、契約を守ってくれた」「それ以上のことは何も知らない」と口を揃えて答えた。

どの店もちゃんと納税していたから調査は行き詰まった。

その頃オルブライト家にはクリスティアンが仕事をした貴族の家々から処分するドレスが大量に運び込まれていた。

「君の役に立ちたいから、それとなく不要なドレスを買い取ってリメイクして新たな人に渡す仕事の話をしておいたよ」

クリスティアンは営業の才能もあったらしい。

「アンバー様、高位貴族のご婦人のドレスというのはもう、私などの想像をはるかに超えて素晴らしいものですね」

「お金に糸目はつけないって、こういうことよね。しかも生地やレースだけじゃなくてここにたくさんの宝石が縫い付けられていた場合も多いしね」

金糸銀糸はそのままだが、宝石類は全て外されてるのを確認してから受け取っている。高級なドレスは布地の量が半端なく多い。デザインによっては二着にリメイクできそうだ。

「これらを今のお嬢さんたちが着てもおかしくない物に作り替えるのが楽しいのよ」

「私も楽しみです!」

コニーとアンバーが仲良く会話しているところにヘンリーが手紙を持ってきた。国王陛下の侍従であるジェームズ・ハルトリッツ卿からである。

「あら。先日の王女殿下のご訪問のお礼かしら。明日我が家にハルトリッツ卿が自らいらっしゃるそうよ」

「王女殿下の絵姿を依頼されるのかもしれませんね」

「んー。それなら私じゃなくてクリスティアンに手紙が来るんじゃない?……ヘンリー、まさか陛下付き侍女の件で何か不始末があったかしら。断り方が失礼だったとか?」

「一年前のことでお忙しい方が動くとは思えませんが」

アンバーとヘンリーは「王女殿下の絵姿の件だといいのだが」と不安な気持ちに無理やり蓋をした。