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作品タイトル不明

47 アンバーとジェームズ

九月九日

ジェームズ・ハルトリッツが訪れて十分もしない今、アンバーの背中に冷や汗が流れている。

「スカーレット王女殿下のご希望でクリスティアン・アンカーソン令息に絵姿を依頼したいのですが、アンカーソン令息の身元調査の結果、オルブライト女伯爵の事業に関して少々お尋ねしたいことがございます」

「なんでございましょう」

「陛下付き侍女としての招聘をご辞退なさった折、経済的に支援してくれたのは、本当はどなたですかな」

まさかそこを問いただされるとは。

クリスティアンの絵が王女殿下の絵姿に採用されれば途方もない栄誉なのに。

(一年も前の件をほじくり出されるとは。どうしよう、言い訳を用意しておかなかった)

「伯爵にはご理解いただけると思っておりますが、伯爵に経済的な援助をした人物が王家に対して反意を抱く人物であっては困るのです。アンカーソン令息が名義を貸しただけなのは承知しておりますよ」

(見破られますよね。王家の調査ですものね)

「……王家に反意など、誰も抱いておりません。クリスティアンや私にそのような疑いがかかるなんて、想像もしませんでした」

「ええ、そうでしょうとも。で、伯爵に経済的支援をした人物をお教え願えますかな」

アンバーは短い時間で答えを出さなければならなかった。クリスティアンの栄誉か、オルブライト家の保身か。

(正直に答えたら罰として領地替えはあるだろうか。それだけは避けたい。罰金ならいくらでもこれから稼いで支払うけれど、領地替えだけは。領民たちの不利益になる可能性は避けたい)

「大変に長い説明になりますが、答えを先に申し上げますと、私に資金援助したのは『私自身』でございます」

ジェームズ・ハルトリッツの顔に「はい?」という文字が浮かんでいるように見えた。

「家の恥を晒すことになりますが、どうぞ最後まで聞いてくださいますよう、お願いいたします」

オルブライト家を出た帰りの馬車の中で、ジェームズは感心していた。オルブライト家は資産運用に長ける血筋なのは知っていた。だが商売の経験がなかった彼女が、家の財政を立て直すために仕事を自ら生み出して金銭を稼いできた道のりを聞き、帳簿も見せてもらい、納得してオルブライト家を後にしてきた。

「まあ確かに申告漏れはあったが、ブランドンがあれほどの損失を出していた以上、情状酌量の余地はあるな。さて、陛下にはどこまで報告をすれば良いやら」

ジェームズの脳裏には床に身を投げ出さんばかりの勢いでオルブライト伯爵が

「どうか、どうか領地替えだけはお許し願いたいのです。領民たちは長い歳月に渡り我が家に尽くしてくれました。彼らを守りたいですし、彼らを手放したくないのです」

と訴える姿が思い出される。

誠実そうで聡明そうな彼女が必死で頭を下げる姿は胸を打つものがあった。

「元はと言えば使用人や領民たちを守るためのようだし、彼女自身が欲に目が眩んだわけじゃなさそうだしなぁ。できればアンカーソン画伯にも仕事をさせてやりたいものだが。ここは全て正直に報告して陛下のご判断に委ねるべきか」

王宮の執務室でジェームズの長い報告を受けたナサニエル国王は御年四十歳。在位してから十六年間、国を正しく導いてきた聡明な王である。

ナサニエル国王は報告を聞いて(ここは細かいところをつついてオルブライト伯爵を苦しめても誰も得をしないな。スカーレットにも恨まれそうだし)と判断した。

「税の件はお前が気づかなかったことにしておきなさい」

「かしこまりました」

その王がふといたずらな気配を瞳に宿した。

「それでジェームズ、オルブライト女伯爵とはどんな人物だった?」

「聡明そうな、情に厚そうな、というところでしょうか」

「そんなことを聞いてるのではないわ。美人だったか?」

長い付き合いのジェームズは最初から国王が聞きたかったことはわかっていたが、敢えて答えをはぐらかしていた。

「はあ、まさに陛下のお好みのタイプかと。しかし陛下、彼女はアンカーソン卿が王女殿下の絵を描くという栄誉のために、散々苦労して隠してきたことを正直に告白したのですからね。人の恋路を邪魔するのはいかがなものかと」

「わかってるさ。聞いただけだよ。相変わらず融通の利かない男だな」

「わかってらっしゃるならよろしいのですよ。王妃殿下に告げ口しなければならないような事態はわたくしの望むところではありませんからね」

子供の頃からの付き合いの二人は互いの顔を見ながら苦笑する。

「そうか、美人だったか。侍女の件はもちろん夜伽をさせるつもりはなかったが、そう聞くと少々惜しいことをしたと思わなくもないな。そうだ、スカーレットの絵姿が完成したら、王家主催の夜会に二人を招待しなさい。チラリとその 顔(かんばせ) を眺めるくらい、良いだろう」

「眺めるだけですよ。手は出さないでくださいよ」

「もちろんだ。王妃の機嫌を損ねると後が大変だからな」

九月十日

国王と侍従がそんな会話をしたとは知らないアンバーは、王宮から「正式に王女殿下の絵姿を依頼する」と手紙が来るまで生きた心地もしなかった。

王宮からの手紙にはジェームズ・ハルトリッツからの私信も添えられていて「例の件は不問となりました」と短い文章が記されていた。

手紙を読むなりアンバーはドサリ、とソファーに座り込んだ。

「はぁぁぁぁ。良かった……。ヘンリー!一番いいワインを持ってきて!マーサ、甘いお菓子をお願い!」

アンバーは今回の件をクリスティアンには言うつもりがなかった。そんなことで自分に恩義を感じてほしくなかったからだ。

だから帰宅したクリスティアンは珍しく深酔いしているアンバーを見て驚いた。

「アンバー、どうしたの?ずいぶんご機嫌だね」

「クリスティアン、いつか私がお婆さんになったら話してあげることがあるわ。それまでは秘密よ」

「そうなの?それなら君がお婆さんになるまでずっと楽しみにして待ってるよ」

アンバーはご機嫌な酔っ払いになって、何度も何度も「王女殿下の絵姿、おめでとう!やったわね!」と繰り返した挙句にソファーで眠り込んだ。

クリスティアンは眠り込んだアンバーを抱き抱えて寝室に運び、寝顔をしばらく眺めた後で

「王女殿下の絵姿を描き終えるまで待っててね」

とつぶやき、アンバーの頬に優しく口づけて彼女の寝室を後にした。