軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45 嵐のように

八月二十日 夕刻

「アンバー様っ!大変でございます!」

リメイクドレスのデザインを考えていたアンバーのところに駆け込んできた若い侍女の顔色が悪い。

「ミリー、何事?何があったの?」

「第一王女殿下がいらっしゃってます!」

そんな馬鹿なと思ったが、ここで言い合いしているのは時間の無駄、とアンバーは鏡を覗いて大急ぎで白粉を叩き、すぐに階下へと向かった。

応接室のドアの前でヘンリーが待っていた。そしてその周囲には体格の良い騎士が六人立っている。来る途中に見た玄関ホールにも四人の見知らぬ騎士が立っていた。

「ヘンリー、本当なの?」

「間違いございません」

その会話が聞こえたのか、中からたいそう見目の良い三十歳ほどの騎士がドアを開けてアンバーと目を合わせた。

肩に並んでいる金の飾り紐の数を見れば、この男性が隊長格らしいことがひと目でわかる。

「アンバー・オルブライトでございます」

「近衛騎士隊副隊長のバーナード・ハックマンです。この度は急な訪問、申し訳ございません。スカーレット第一王女殿下のご希望で、アンカーソン画伯の仕事ぶりを見学させていただいております」

「……さようでございましたか」

王女殿下はクリスティアンの客ということだが、アンバーは屋敷の主人として対応せねばならぬ。

自分の屋敷でありながら、近衛騎士の許可を得てアンバーは応接室に足を踏み入れた。

応接室でクリスティアンは自作の『画台』と呼ぶ折り畳み式のテーブルのような、絵を載せる部分が斜めになっている台の上でラフスケッチを描いていた。王女殿下はその隣に立って興味深そうに彼の手元を見つめている。

クリスティアンはアンバーに気づかなかったが、王女殿下はこちらに気づいて唇に人差し指を当てて『静かに』と合図を送ってきた。

邪魔をしないようアンバーはドア横の壁ぎわに立ち、クリスティアンの作業が途切れるのを待った。

二十分以上はそうして立っていただろうか。クリスティアンの手が止まり、「ふぅ」と息を吐いた。

「素晴らしいわ。あなたは本当に見た物を忠実に再現できるのね」

王女殿下は目を丸くして感心していた。クリスティアンは軽く頭を下げてファーナム侯爵令嬢のスケッチを王女殿下がじっくり見えるように手渡し、そこでやっとアンバーに気がついた。

「アンバー。いたんだね。気がつかなくてごめんね」

「いえ、それはいいの」

王女様の隣でどうしてそんなにいつも通りなのか、と問い正したい気持ちを抑えて、アンバーは改めて王女殿下に向かって頭を下げた。

「オルブライト女伯爵ね?突然お邪魔して悪かったわ。どうしてもアンカーソン画伯が絵を描くところを見たかったものだから」

「殿下のご訪問、まことに光栄でございます」

「そんなに堅苦しくしないでちょうだい。私はもう帰るから。今日はありがとう」

スカーレット王女はチラリと副隊長の方を見る。バーナード・ハックマン副隊長は予定外の事態に少々気を揉んでいるらしく、「すぐにお茶を」と申し出たアンバーに「お気持ちだけで」と即座に断った。

そしてたくさんの護衛騎士を引き連れてスカーレット王女は嵐のようにお帰りになった。

玄関の外まで見送りに立ち、使用人一同と共に整列して見送ったアンバーたちは、馬車が見えなくなると一斉に力を抜いて息を吐いた。侍女たちの中にはヘナヘナとしゃがみ込む者もいる。

「みんな、頑張ったわね。お疲れ様。さあ、みんなで甘いものでも食べましょうか」

「お嬢様、王族の方をあんなに近くで拝見したのは初めてで、私、まだ膝が震えておりますよ」

「マーサ、私だってそうよ。我が家は王族の方々に拝謁できるような家じゃないもの。ふうぅ。驚いたわね」

ヘンリーもハンカチで額の汗を上品に拭いている。そんな中でクリスティアンだけは 飄々(ひょうひょう) としていた。

「なんだか大ごとになっちゃって、ごめんねアンバー。ファーナム侯爵家に王女殿下がいらっしゃってるとは知らなくてさ。僕がその場で描かずに家で描くところを見たいとおっしゃってね」

「謝らないでよクリスティアン。光栄なことだったわね」

「まあ、そうだね。さ、アンバー、甘いお菓子を僕も食べたいな」

「ええ、そうしましょう」

居間のソファーに腰を下ろして甘い菓子を摘んでも、まだドキドキしている。もしかしてクリスティアンの絵は王族にも認められるのではないだろうか。そんな期待で落ち着かない。

八月二十三日

クリスティアンは『初めてのお茶会で披露したい』と頼まれたダンフォード侯爵令嬢の肖像画を描き終えたのに続き、昨日はその母であるドロレス・ダンフォード侯爵夫人の肖像画も描き終えたばかりだ。

アンバーも見せてもらったが、庭で育てたと思われる白い花の束を両腕で抱えてこちらに向かって笑顔で歩いて来る侯爵夫人の絵だ。生命力に溢れながらも上品で、良き母良き妻という言葉が似合う美しい女性だった。

「明日はダンフォード家に夫人の肖像画を届けに行ってくるよ。コナハン氏も一緒だ。そのあとはファーナム侯爵家に今日の分のラフスケッチを見せてくる」

クリスティアンが明るい表情でこちらを向いて明日の予定を告げてくれる。アンバーはどんどん世界を広げていくクリスティアンを、姉のような母のような優しい気持ち、そして婚約者としての誇らしい気持ちで見つめた。