軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44 王女スカーレット

八月二十日

十四歳の第一王女スカーレットは少々不機嫌である。城での茶会に集まった五人の令嬢たちが話題にしている絵姿のことを、自分だけが何も知らないからだ。

普通の絵姿なら何度も何度も描かれている。最近も絵姿を婚約者のゴードン王子殿下に送ったところだ。

王女が生まれた時に組まれた隣国の王子との縁組は順調で、再来年の婚姻に向けて準備が進められている。自分の絵姿も今までに五、六枚は送ってあるはずだ。

王子とはまだ顔を合わせたことがなく、来年には初顔合わせが設けられる予定だ。お相手からも絵姿が送られており、隣国の王子は少々神経質そうな人に見える。

自分の絵姿は宮廷画家が描いたもので、どれも王族らしく無表情な自分が豪奢なドレスを着て薄暗い背景の前で扇を持って立っているものだった。特別気に入っているわけではないが、まあ、絵姿はあんなものだろうと思っていた。

そんな時に「素晴らしい絵姿」の話があちこちから聞こえてくる。今日の茶会で呼んだ令嬢たちが口を揃えて無名の画家の絵姿を褒めちぎる。

最初は聞き流していたが、スカーレットは次第に興味が湧いてきた。スカーレット(緋色)という名に反して平凡な茶色の髪と茶色の瞳を、その画家なら何かしら上手く表現してくれるのではないだろうか、との期待もあった。

「ねえクリスティアン、今日はどちらのお屋敷に行くの?」

「ファーナム侯爵家だよ。ダンフォード侯爵夫人の紹介なんだ」

「そう、順調ね。行ってらっしゃい」

オルブライト家の玄関口でアンバーが優しくクリスティアンを送り出した。

「いらっしゃいませアンカーソン様。本日、エルローザお嬢様のご友人が見学したいといらっしゃっておりますが、よろしいでしょうか」

いいも悪いも既に来ているなら自分が断れる話ではないだろうとクリスティアンは笑顔で了承した。部屋に入るといかつい護衛が四人もいる。よほどの家の令嬢が見学するらしい、と判断してクリスティアンはエルローザに続けて椅子に座っている気の強そうな少女に丁寧に挨拶をした。少女はうなずくだけで名乗らなかった。

挨拶が終わり本日の絵姿の主人公に話しかけた。

「ではお嬢様、わたくしはいないものとして普段と同じように自由にお過ごしくださいませ」

エルローザは事前に友人から聞いていたので、戸惑うことなくもう一人の少女とお茶を楽しんだ。二人でお茶とお菓子を楽しみ、庭の花を眺め、得意のリュートの腕前を披露した。

クリスティアンは気配を消してその様子を眺めているだけだ。三時間ほどしてひと通り観察し終わった。

「では明日には大まかな絵を何枚か持って参りますので、お好きな構図をお選びいただければ絵姿に仕上げて参ります」

と帰ろうとした。すると。

「ちょっと待って。本当に眺めているだけで絵が描けるの?覚えていられるものなの?」

友人だという気の強そうな令嬢が声をかけてきた。

「ええ、私は見たものを細かいところまで覚えていられるのです」

「本当かしら」

なかなか失礼な言い方だが、クリスティアンはこういう場合はとっておきの笑顔でやり過ごすことにしている。

「!」

友人として名を隠して見学に来ていたのはスカーレット第一王女だった。王女はクリスティアンが笑顔で入ってきた時に(なんと美しい男だろう)と思ったが、今、更に完璧な笑顔を見せられて息を呑んだ。

自分の頬が熱くなるのに気づいて悔しくなる。こんな作り笑顔などに影響されるようでは王族として失格だ、と。その悔しさが王女を突き動かした。

「今からあなたが描くところを見たいのだけど、見学させてくれる?」

「わたくしは構いませんが、よろしいのですか?」

言葉の最後は護衛の者たちに視線を向けて(このお嬢さんの親御さんは了承するのか)と確認した。

「本日いきなりは無理でございます。許可なしでの日程の変更は……」

「あなたの家はどこなの?」

王女はリーダー格の護衛の意見は無視してクリスティアンに尋ねた。

「現在はオルブライト伯爵家にて絵を描いております。東区でございます」

「なら近いわね。少しだけお邪魔したいんだけど、いいかしら」

「はい。かしこまりました」

このやりとりの間、エルローザ・ファーナム侯爵令嬢は動揺しながらも口を挟まない。力関係で言えば友人ではなく主従関係に近いようだ、とクリスティアンは見てとった。

(侯爵家の令嬢が口を挟めない相手と言うと、より強大な侯爵家か公爵家だろうか。まさか王族ってことはないだろうし)

護衛のリーダーは仕方なく「東区のオルブライト家ならここから馬車で十分ほどですので少しの時間なら」と了承した。彼が了承しなくても少女はオルブライト家までついて来そうな雰囲気だったが。

屋敷を出ると護衛の一人が走って行き、予定変更を他の馬車の者たちに告げていて、なんと護衛の馬車は一台ではなく合計三台だった。

(まるで王族並みだな。いったいどの家だろう。アンバーならすぐにわかるんだろうけど)と思いながらクリスティアンはオルブライト家の馬車に乗り込んだ。

クリスティアンの乗ってきた馬車と少女の乗る馬車、護衛が乗る馬車三台の合計五台の馬車がオルブライト家に到着して、出迎えたヘンリーは何事かと思った。

来客の馬車は大層高級な造りだが、紋が付いておらず高位貴族のお忍び用らしい。しかしヘンリーは降りてきた少女をひと目見てすぐにそれが誰なのか気がついた。

「ヘンリー、急なことで申し訳ないんだけど、あちらのお嬢様が絵を描くところを見学したいとおっしゃってね」

姿勢を正したまま声をひそめてヘンリーがクリスティアンに早口で告げる。

「クリスティアン様、あのお方はスカーレット第一王女殿下です」

「えっ?」