軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43 ダンフォード侯爵令嬢のお茶会

七月十五日

ダンフォード侯爵家はここパーシヴァル王国でも歴史の古さでは五本の指に入る家柄である。歴史があるだけでなく、王家から王女殿下が降嫁されたことが何度もある格式の高さでも知られている。

そのダンフォード侯爵家の御令嬢イーディスの初のお茶会が開かれている。

「まあまあまあ!素敵ですわ、イーディス様!」

「まるで天使が舞い降りたかのよう」

「この柔らかな色使い、ふんわりしていて見ているだけで心が癒やされます」

参加した若い御令嬢たちが絶賛しているのは本人ではなく、クリスティアンが描いた絵の方だ。なかなかに失礼な事態ではあるが、当の本人のイーディスも絵と同じドレスで嬉しそうに皆と一緒に絵を眺めている。

その絵はソファーに浅く腰をかけて刺繍枠を左手に、糸を通された針を右手に持って、母親に教えを乞うている場面である。

細く白い腕は、子供でもなく大人でもない思春期の少女独特の生命力とか弱さを両立させていて、華奢な上半身は高級なドレスにピッタリと包まれている。

母を見つめているであろう目には幸せそうな輝きと楽しそうな色が同居している。お茶会に参加した令嬢たちは皆、肖像画を描いてもらったことはあるが、こんなふうに暮らしの中の一場面を描いてもらったことがない。

「これはどなたに描いてもらいましたの?わたくしもこんなふうに描いてもらいたいわ」

一人の少女が思わず、と言ったように口に出すと周りの少女たちも「私も私も」と一斉にイーディスに詰め寄った。

その日の夕方、大成功に終わったお茶会の様子を侍女から報告を受けながら、イーディスの母であるドロレス・ダンフォード侯爵夫人は少々考え込んだ。

おそらく近いうちに招待した少女たちの親から問い合わせが来るだろう。新進気鋭の画家とは聞いているが、人に紹介する以上、彼の身元を調べてから紹介する方がいいだろう。

オルブライト伯爵家は数代前から資産を増やした家で、伯爵家の中ではそれほど格式が高い家ではなかった。その婚約者だというあの若者を紹介するのであれば、念には念を入れておいた方がいいだろう、何しろあの顔だし。と考えた夫人は法務大臣である夫に相談をした。

「そうか。お茶会は大成功だったか。イーディスには良い経験だったな。で?調べて欲しいのはあの絵を描いたクリスティアン・アンカーソン伯爵令息という画家のことか。いいよ。調べておくよ。君はいつでも用心深いな。おかげで私も安心して仕事に専念できるよ」

七月十六日

ウィリアム・ダンフォードは家柄だけでなく実力もあるやり手の男で、翌日には信頼できる部下にクリスティアン・アンカーソンなる画家のことを調べさせた。

部下もまた仕事が速くて正確な男で、その日の午後には報告書が上がってきた。侯爵が意外に思ったのは、普通ならペラリと一、二枚の紙で報告される身上調査報告書が八枚もあったことである。

「ほう……ほうほう。これはまた興味深い。才能と生まれてくる家が全く合わなかったようだな。しかも父親があの男では、さぞや難儀な子供時代であったろうよ。アンバー・オルブライト伯爵は商売に関してやり手と噂だが、男を見る目もあったのだな。少なくとも父親よりは」

アンバー・オルブライトの元夫のブランドンは血筋をたどればダンフォード家とも遠いながらも血縁のある男で、親族の集まりで聞いた話では血筋の良さを手土産にオルブライト家に婿入りしたものの商才は皆無だった。

オルブライト家の経済に大打撃を与えただけでなく、最後は侍女と出奔したらしい。

ブランドンは身内の恥晒しとの悪評高く、今は実家で小さくなって暮らしているとのことだ。

渡された資料をじっくり読むとクリスティアンなる男は改名している。辺境伯家でのカーティス・エインズワース・ライトウェルからクリスティアン・アンカーソンになったのは廃嫡される前で、その件で罰金を支払っていることが記録されていた。

「よほど実家には良い思い出が無かったと見える。だが本人の過去にはこれといった問題はない。安心できそうだな」

その夜には妻のドロレスに「クリスティアン・アンカーソンという画家に関して調べたよ。問題なさそうだ。平民出身と言っていたようだが、彼は辺境伯家の長男だった」と告げた。

「まあ。辺境伯?それはまた意外ですわね。あの家は次男が跡を継いだはずですから、絵の才能ゆえに跡継ぎの座を譲って家を出たのかしら」

それを聞いて侯爵は記憶の片隅にあった情報を掘り返す。たしか辺境伯家の長男は十年以上病気療養中となっていなかったか?それゆえに次男が跡を継いだと報告があったはずだ。

「ふむ。なるほどな」

「あなた?どうなさいましたの?」

「我が子の気持ちや才能を無視して思い通りにしようとし過ぎれば、親といえども見放されるということだね。彼はどうやら実家に見切りをつけたようだ」

「まあ。私たちも気をつけなければなりませんね」

ドロレス夫人は娘のことを思いながらうなずいた。

夫人が予想した通り、翌日からお茶会に参加した少女たちの親から続々とイーディスの絵を描いた画家に関して問い合わせが来た。

どの家も高位貴族で歴史のある家柄だ。貴族特有の持って回った表現で茶会の礼と披露されたイーディスの絵のことを褒めてあり、ついでのようにクリスティアンの身元を遠回しに尋ねる内容だった。

ドロレス夫人はどの手紙にも「その人物に関しては調査済みです。彼に関しては自信を持って紹介できます」と返事を書いた。