軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

殿下、その確認済には責任者が要ります

十四日後。

王太子府(おうたいしふ) 内部改善研修(ないぶかいぜんけんしゅう) の、二度目の確認日。

日程室の 受付簿(うけつけぼ) には、 根拠分類(こんきょぶんるい) の欄が正式に組み込まれていた。

発生なし。

差戻済(さしもどしずみ) 。

処理中。

所管確認中(しょかんかくにんちゅう) 。

確認済。

ノエルは、最後の一つを見ながら、少しだけ眉を寄せていた。

「確認済、も危ない気がしてきました」

「よい勘です」

私は予定表を開く。

「確認したのが誰か。何を見たのか。どう確認したのか。それがなければ、確認済もただの幕です」

ノエルは、すぐに控えへ書き込んだ。

確認済。

確認者、確認対象、確認方法。

ベネット 卿(きょう) が 決裁印(けっさいいん) の箱を開けながら言った。

「確認済は、便利な言葉だ。便利な言葉は、だいたい人を隠す」

その一文で、朝の空気が少しだけ締まった。

午前八時四十分。

王妃陛下秘書官室(おうひへいかひしょかんしつ) から 封書(ふうしょ) が届いた。

ノエルが受付簿を開く。

「 差出部署(さしだしぶしょ) 、王妃陛下秘書官室。件名、王太子府内部改善研修後十四日確認について。受付印あり。 回議番号(かいぎばんごう) あり。 封緘(ふうかん) あり」

ベネット卿が開封し、私へ渡す。

文面は短かった。

本日、王太子府より 担当部署別運用記録(たんとうぶしょべつうんようきろく) の十四日確認分が提出される見込み。

日程室は、日程および手順上の確認に限り対応すること。

確認事項。

一、七日確認時に設定された補助分類が使用されていること。

二、発生件数、差戻件数、処理中件数、所管確認中件数が記載されていること。

三、確認済と記載する場合、確認者、確認対象、確認方法、確認時刻が明記されていること。

四、王族名または上位者名のみをもって実務確認者に代えていないこと。

私は、四つ目で手を止めた。

王族名または上位者名のみ。

「来ますね」

「来るな」

ベネット卿は淡々と言った。

「殿下確認済、というやつだ」

ノエルが小さく息を呑んだ。

「それでは駄目なのですか」

「駄目です」

私は答えた。

「殿下が見たことと、担当部署が確認したことは違います」

ベネット卿が頷く。

「王族の名は、便利な蓋になる。今日は、その蓋を外す」

午前九時五分。

王太子府から、担当部署別運用記録が届いた。

封書は前回より薄かった。

ノエルが受け取り、受付簿に記入する。

「差出部署、王太子府。件名、内部改善研修後十四日確認に関する担当部署別運用記録。受付印あり。回議番号あり。封緘あり。宛名は 王宮儀典日程室統括官(おうきゅうぎてんにっていしつとうかつかん) 」

ベネット卿が開封する。

束の一枚目を、私へ回した。

第一記録。

担当部署、王太子府式典調整係。

改善対象手順、口頭依頼の受付停止。

期間中発生件数、三件。

差戻件数、三件。

処理中件数、零。

所管確認中件数、零。

根拠分類、差戻済。

確認済。

確認者、王太子殿下。

私は、そこで指を止めた。

王太子殿下。

二枚目。

王太子府会計連絡係。

期間中発生件数、二件。

差戻件数、一件。

処理中件数、一件。

所管確認中件数、零。

根拠分類、差戻済および処理中。

確認済。

確認者、王太子殿下。

三枚目。

王太子府広報係。

期間中発生件数、零。

差戻件数、零。

処理中件数、零。

所管確認中件数、零。

根拠分類、発生なし。

確認済。

確認者、王太子殿下。

同じ名前が、すべての紙に置かれている。

重い名前なのに、妙に軽く見えた。

「分類しなさい」

ベネット卿が言う。

「王太子府内部改善研修後十四日確認に関する担当部署別運用記録です」

「問題は」

「確認者欄です。各担当部署の運用記録であるにもかかわらず、実務確認者が王太子殿下名のみになっています」

「なぜ不可か」

「王太子殿下の確認は上位確認であって、担当部署の実務確認ではありません。誰が件数を確認し、誰が差戻処理を見たのか、誰が処理中案件を保持しているのかが分かりません」

「続けて」

「王族名が置かれることで、実務上の責任者が消えます。後で逸脱が発生した場合、戻し先も確認先も曖昧になります」

ノエルが根拠分類欄の横に、新しい余白を作った。

確認責任者。

その字は、まだ少し細い。

「返案を起案しなさい」

「はい」

私は羽根ペンを取った。

王太子府宛て。

内部改善研修後十四日確認に関する担当部署別運用記録について。

提出された各記録について、発生件数、差戻件数、処理中件数、所管確認中件数、および根拠分類の記載あり。

ただし、確認者欄において、各担当部署の実務確認者が明記されていない。

王太子殿下による確認は、上位確認として扱うことは可能。

しかし、担当部署別運用記録における確認者欄は、実際に件数、差戻処理、処理中案件、所管確認中案件を確認した担当部署の責任者を記載すべき欄である。

よって、各記録について以下を追記されたし。

一、確認責任者の所属部署、職名、氏名または職務印。

二、確認対象。

三、確認方法。

四、確認時刻。

五、上位確認がある場合は、実務確認者欄とは別に上位確認欄を設けること。

王族名または上位者名のみをもって、実務確認者に代えることは不可。

以上。

王宮儀典日程室統括官。

ベネット。

起案、実務担当。

王宮儀典日程室。

主任調整官代理(しゅにんちょうせいかんだいり) 。

リディア・クラウゼン。

書き終えると、ベネット卿が文面を確認した。

「よい」

「はい」

「上位確認欄を別にしたのは」

「殿下の確認自体を否定するものではないためです。ただ、置く場所が違います」

ベネット卿の目が、少しだけ鋭くなる。

「そうだ。名を消すのではない。場所を間違えさせない」

「はい」

統括官決裁印が押された。

午前九時三十六分。

ノエルが封緘する。

王太子府へ正本。

王妃陛下秘書官室、法務官室、会計監査室へ写し。

搬送者、ノエル。

「走るな」

「はい。急ぎますが、走りません」

ノエルは早足で出ていった。

午前十時八分。

ノエルが戻ってきた。

「王太子府、王妃陛下秘書官室、法務官室、会計監査室、すべて受領印あり。王太子府から口頭伝言はありません」

「よろしい」

ベネット卿が頷く。

ノエルは、少しだけ言いにくそうに続けた。

「ただ、王太子府の書記官が、殿下が確認なさったのに、と言いかけました」

ベネット卿の視線が冷える。

「どう返した」

「上位確認と実務確認は別欄です、と」

「余計な説明は」

「していません」

「よろしい」

私は控えを見た。

上位確認と実務確認は別欄。

それだけで十分だった。

午前十時四十分。

会計監査室から通知が届いた。

担当部署別運用記録における確認者欄について、日程室返案の方針を妥当とする。

件数、差戻処理、処理中案件の確認者は、当該担当部署の実務責任者でなければならない。

王族名または上位者名のみの記載は、監査上不可。

私は、その一文に触れた。

乾いた黒いインクが、また一つ、曖昧な名の使い方を止めていた。

午前十一時十分。

法務官室からも通知が届いた。

担当部署別運用記録における確認者欄について。

日程室返案の分類を採用可。

今後の内部改善記録において、以下の区分を設けることを提案する。

実務確認者。

上位確認者。

最終承認者。

確認対象。

確認方法。

確認時刻。

ノエルが、その六項目をすぐに控えた。

「実務確認者、上位確認者、最終承認者」

彼が呟きながら、下書きに並行する三本の線を引く。

「それぞれ、別の線ですね」

「はい」

私は頷いた。

それだけで、十分だった。

午前十一時四十分。

王妃陛下秘書官室から、中間承認が届いた。

担当部署別運用記録について、日程室返案、会計監査室通知、法務官室通知を踏まえ、王太子府へ確認責任者欄の追記を求める。

本日午後一時半までに修正版を提出すること。

日程室は、修正版の手順確認のみ行うこと。

午後一時半。

また、期限が切られた。

私は予定表に赤線を引いた。

正午。

私は 文官携行食(ぶんかんけいこうしょく) を食べた。

無塩(むえん) の 硬餅(かたもち) 。

乾燥果実。

水。

ノエルは机上の公文書を避け、自分の席で硬餅を 齧(かじ) っていた。

「殿下の名前があると、通してしまいそうになります」

「そうですね」

「でも、名前が強いほど、欄が要るのですね」

「はい」

私は水を飲む。

「強い名前ほど、正しい場所に置かなければなりません」

ノエルは静かに頷いた。

食後、水場で指先と口元を洗い、 麻布(あさぬの) で拭き、机を 刷毛(はけ) で払う。

午後一時二十分。

王太子府から、修正版が届いた。

期限の十分前。

持ってきたのは、王妃陛下秘書官室の持参書記官だった。

直接持ち回り。

午後一時半の定期便へ承認控えを間に合わせるためだ。

ノエルが受付簿を開く。

「差出部署、王太子府。経由、王妃陛下秘書官室。件名、内部改善研修後十四日確認に関する担当部署別運用記録修正版。回議番号あり。 回議板(かいぎばん) あり。先行部署、法務官室および会計監査室確認印あり」

封緘ではない。

回議板の上に、すでにいくつもの印が並んでいた。

ベネット卿が読む。

私も横で確認する。

第一記録。

担当部署、王太子府式典調整係。

期間中発生件数、三件。

差戻件数、三件。

処理中件数、零。

所管確認中件数、零。

根拠分類、差戻済。

実務確認者、式典調整係主任。

確認対象、口頭依頼受付簿および差戻控え。

確認方法、受付簿照合。

確認時刻、本日午前十一時五十分。

上位確認者、王太子殿下。

第二記録。

担当部署、王太子府会計連絡係。

期間中発生件数、二件。

差戻件数、一件。

処理中件数、一件。

根拠分類、差戻済および処理中。

実務確認者、会計連絡係主任。

確認対象、変更依頼控えおよび会計監査室照会控え。

確認方法、控え照合。

確認時刻、本日午後零時五分。

上位確認者、王太子殿下。

第三記録。

担当部署、王太子府広報係。

期間中発生件数、零。

根拠分類、発生なし。

実務確認者、広報係主任。

確認対象、公報文案受付簿。

確認方法、期間内受付記録確認。

確認時刻、本日午後零時十分。

上位確認者、王太子殿下。

私は、そこまで読んで頷いた。

名前が、正しい場所に置かれている。

殿下の名前も。

係主任たちの名前も。

「問題は」

ベネット卿が尋ねる。

「ありません。実務確認者と上位確認者が分離されています。確認対象、確認方法、確認時刻も記載あり。手順上、異議なしです」

ベネット卿は確認票へ印を押した。

日程室異議なし。

持参書記官は一礼し、回議板を抱えて廊下へ戻っていった。

午後一時半。

王妃陛下秘書官室の午後定期便により、担当部署別運用記録修正版の承認控えが届いた。

王太子府内部改善研修後十四日確認。

担当部署別運用記録、受領。

実務確認者、上位確認者、最終承認者の区分を適用。

確認対象、確認方法、確認時刻、記載あり。

次回確認日、二十八日後。

完了扱い不可。

継続確認。

私は予定表へ記入した。

十四日確認。

確認責任者欄、適用。

上位確認欄、分離。

次回確認日、二十八日後。

完了扱い不可。

継続確認。

午後二時。

王太子府から、短い受領確認が届いた。

担当部署別運用記録修正版の承認控えを受領。

次回確認日まで、実務確認者、上位確認者、確認対象、確認方法、確認時刻を継続記録する。

日程室への追加照会なし。

リディア・クラウゼンへの所見要求なし。

私は最後の行を見た。

所見要求なし。

その行は、もう特別な慰めではなかった。

通常の確認事項として、紙の上に収まっていた。

午後二時四十分。

法務官室から、運用記録様式改訂案が届いた。

追加欄。

確認責任者。

実務確認者。

上位確認者。

最終承認者。

確認対象。

確認方法。

確認時刻。

根拠分類。

完了表現可否。

軽微扱い可否。

ノエルが、手元の下書きへ静かにペンを走らせた。

「根拠分類の隣に、確認責任者欄を置きます」

「広くなりますね」

「はい。でも、必要です」

「何のために」

ノエルは少し考えた。

「強い名前で、弱い記録を隠さないためです」

ベネット卿が横から言った。

「悪くない」

ノエルが真顔で姿勢を正した。

午後三時。

王妃陛下秘書官室から、引用区分欄仮運用継続通知が届いた。

以下の項目を追加する。

確認責任者。

実務確認者。

上位確認者。

最終承認者。

確認対象。

確認方法。

確認時刻。

王族名または上位者名を用いる場合、当該名は上位確認欄または最終承認欄に置き、実務確認者欄の代替としてはならない。

私は、その最後の一文を視線でなぞった。

最高中枢のインクによって刷られた文字が、王宮に存在する最も強い名前に、逃れられない定位置を与えていた。

午後三時半。

私は、仮運用五日目報告を起案した。

王妃陛下秘書官室宛て。

引用区分欄仮運用五日目報告。

本日、王太子府内部改善研修後十四日確認において、根拠分類欄および確認責任者欄を試用。

適用件数、四件。

効果。

一、担当部署別運用記録における「王太子殿下確認済」単独表記を差し戻し。

二、実務確認者、上位確認者、最終承認者の区分を明確化。

三、確認対象、確認方法、確認時刻を明記させた。

四、王族名または上位者名による実務責任者の代替を防止。

課題。

確認済、異議なし、承認済等の表現において、確認責任者の未記載が発生しやすい。

追加提案。

引用区分欄および運用記録様式に「確認責任者」項目を追加することを提案する。

確認責任者欄では、実務確認者、上位確認者、最終承認者、確認対象、確認方法、確認時刻を分離して記載する。

以上。

王宮儀典日程室統括官。

ベネット。

起案、実務担当。

王宮儀典日程室。

主任調整官代理。

リディア・クラウゼン。

ベネット卿が読み終える。

「よい」

統括官決裁印が押された。

午後三時五十分。

ノエルが封緘する。

王妃陛下秘書官室へ正本。

法務官室、会計監査室、王太子府へ写し。

搬送簿に記録。

午後四時。

報告書は午後連絡便に乗った。

夕刻。

予定表を閉じる前に、私は私的な覚え書きの欄へ書いた。

確認済は、誰の手が確認したかを記して初めて記録になる。

羽根ペンを置く。

窓の外では、夕暮れの光が王宮の壁を淡く染めていた。

昔の私は、殿下のお名前を前にすると、よく黙った。

殿下が望んでいる。

殿下がご確認された。

殿下がお急ぎだ。

その名前が出た瞬間、私の机の上では、たくさんの線が消えた。

誰が頼んだのか。

誰が確認したのか。

誰が戻すのか。

誰が責任を持つのか。

全部、殿下の名前の下に沈んだ。

もう、沈めない。

強い名前ほど、欄を分ける。

実務確認者。

上位確認者。

最終承認者。

名前を置く。

責任を置く。

人を隠さない。

ノエルが受付簿を棚へ戻す。

ベネット卿が決裁印をしまう。

日程室には、今日も紙の音だけが残った。

殿下。

その確認済には、責任者が要ります。

本当に確認したと言うのなら。

誰の手が、何を、どう見たのか。

その名前を、正しい欄に置いてください。