軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第404話:お布団の引力と、二人で作る甘いラスク

金曜日の朝。

外は昨日からさらに雪が降り積もり、今日も一日引きこもりが確定している。

俺はいつもより少しだけ遅めに起き出してキッチンに立ち、昨日の夜の『牛すじのビーフシチュー』の残りに火を入れて温め直していた。

しかし、時刻はもう九時を回っているというのに、リビングの布団からは一向に凛が起きてくる気配がない。

「……凛、そろそろ起きろー。朝飯できてるぞー」

布団の山に向かって声をかけると、毛布の中からモゾモゾと芋虫のように蠢く塊が顔を出した。

「んぅ〜……朝陽くん、おはよぉ……」

「おはよう。ほら、顔洗ってこい」

「う〜……むりぃ……おふとんがあったかすぎて、出られない……引力が、すごい……」

目を半分しか開けず、とろんとした顔のまま、再び毛布の中に潜り込もうとする凛。

普段の学校では『氷の令嬢』なんて呼ばれている彼女の、俺にしか見せないこの絶望的なだらしなさは、可愛くもあるのだが……放っておくとこのままお昼まで寝てしまいそうだ。

「こら、二度寝はダメだ。ほら、今日はシチューの残りで朝飯食べてから、二人で甘いラスク作って映画見るんだろ? 早く起きるぞ」

俺がそう言い聞かせるように言うと――。

「っ……!」

『シチュー』と『ラスク』、そして『映画』という単語を聞いた瞬間、凛の毛布の動きがピタッと止まった。

「……美味しいシチュー食べて、甘いサクサクのラスク、作る……」

「ああ、そうだ。だから早く――」

「起きるっ!!」

バサッと毛布を跳ね除け、寝癖をぴょこんと立たせたまま、凛が勢いよく立ち上がった。

「よーし! 私、今日はお仕事もないし、朝ご飯いっぱい食べて思いっきり遊ぶぞー!」

「ははっ、切り替え早すぎだろ。ほら、まずは手ェ洗ってこい」

美味しいものの気配ですっかり覚醒した凛を洗面所へと送り出し、俺たちは温かいシチューとコーヒーで遅めの朝食をとったのだった。

「それじゃあ早速、ラスク作るか」

「あ、私にも手伝わせて! 」

パタパタとキッチンへついてきた凛は、やる気満々でバターナイフを握りしめている。

「ははっ、助かるよ。じゃあ、俺がバゲットを薄く切っていくから、凛はそれにバターを塗って、グラニュー糖をまぶしてくれ」

「まかせて!」

俺が包丁でバゲットをサクサクと一口大にスライスしていくと、隣で凛が真剣な顔で作業を始めた。

「……ええっと、これくらいかな?」

「うん、上出来だ。端っこまでしっかり塗ると、焼いた時にサクサクになって美味しいぞ」

「わかった! 端っこまで、丁寧に……よしっ、できた!」

「さんきゅ。それじゃあ、フライパンでじっくり焼いていくか」

バターと砂糖がたっぷり乗ったバゲットを、熱したフライパンに並べていく。

弱火でじわじわと火を通していくと、やがて部屋の中に、溶けたバターの芳醇な香りと、砂糖がカラメル状に焦げていく極上の甘い匂いが充満し始めた。

「……はぁぁ〜、すっごくいい匂い……。甘くて香ばしくて、これ絶対美味しいやつだ……」

「焦げないように裏返して……よし、完成だ。火傷するなよ」

「あむっ……んん〜っ!!」

熱々のラスクを一つ味見した凛が、パァッと花が咲いたような笑顔を見せる。

「サクサクで、噛むとバターがジュワッて染み出してくる! お砂糖の甘さも最高!」

「ちょっとカロリーの暴力だけど、たまの休みくらいはいいよな」

「うんっ! 今日はカロリーのことなんて気にしない!」

山盛りのラスクを大きめのボウルに移し、温かいココアを二つのマグカップに注ぐ。

リビングの遮光カーテンをピシャリと閉めて部屋を薄暗くし、テレビの前に座椅子を二つ並べてこたつに潜り込めば、俺たちだけの映画館の完成だ。

「よーし、再生するぞ」

「わくわく……!」

凛のリクエスト通り、動画配信サービスで人気のド派手な洋画アクションを選択する。

画面の中で、開始早々から激しいカーチェイスと銃撃戦が繰り広げられた。

『伏せろ!!』

ドカーーーン!!

「わわっ!?」

テレビのスピーカーから重低音の爆発音が響いた瞬間、凛がビクッと肩を揺らし、無意識のうちに俺の腕にギュッと抱きついてきた。

「だ、大丈夫だ、凛。主人公だからあれくらいじゃ死なないって」

「う、うん……。でも、すっごくハラハラする……っ」

凛は俺の左腕に両手でしっかりと抱きついたまま、食い入るように画面を見つめている。

こたつの中で、俺たちの肩と太ももは完全に密着していた。

(……やばい。凛が近すぎる……)

アクションの展開に一喜一憂するたびに、凛の柔らかい体温とシャンプーの甘い香りがすぐ隣から伝わってくる。

俺の頭の中は、画面の中のド派手なアクションよりも、腕に絡みつく凛の感触のことで完全に支配されていた。

「あ、今の主人公かっこいい! ね、朝陽くん!」

「え? あ、ああ! そうだな」

「……朝陽くん、ラスク食べる?」

「お、おう、もらうわ」

画面から目を離さないまま、凛がラスクをつまんで俺の口元に差し出してくる。

俺は言われるがままに、少しだけ彼女の指先に唇を触れさせながら、甘いラスクを口に放り込んだ。

(……映画の内容、全然入ってこねぇ……)

心臓の音が映画の爆発音よりうるさく鳴っていないか心配しながら、俺はただただ甘いラスクと隣の温もりを堪能し続けた。

約二時間の映画が終わり、エンドロールと共に明るい主題歌が流れ始めた。

カーテンを開けると、少しだけ眩しい冬の光が部屋に差し込んでくる。

「はぁ〜、面白かった! 最後はスカッとしたね!」

「ああ、ド派手でいい映画だったな。……ってか、あの山盛りあったラスク、全部食ったのか俺たち」

「えへへ、美味しくて手が止まらなくなっちゃった」

空っぽになったボウルを見て、二人で顔を見合わせて笑い合う。

時計を見ると、時刻はちょうどお昼の十二時を回ったところだった。

「さてと。甘いものいっぱい食べたし、お昼ご飯はどうする?」

「えっとね、しょっぱいものが食べたい! ラーメンがいいな」

「お、ラーメンか、了解。出汁をしっかり効かせて作るから、ちょっと待っててくれ」

「うんっ! 午後からは、昨日約束したゲームしようね!」

昨日までの『仕事モード』はすっかり抜け落ちて、心から休日を楽しんでいる凛の無邪気な笑顔。

雪に閉ざされた俺たちの家は、午後からもまだまだ甘くて平和な時間が続いていくのだった。