作品タイトル不明
第399話:濡れた靴下と秘密の足湯
ホワイトモカで体を温めながらアパートへと帰り着いた俺たちだったが、玄関のドアを開けた瞬間、凛が「ふぇぇ……っ」と情けない声を漏らした。
「どうした、凛」
「あ、朝陽くん……靴の中に雪が入っちゃってて、足の先がすっごく冷たい……」
見れば、普段雪道を歩き慣れていない俺たちのローファーは、すっかり雪まみれになっていた。
当然、防水機能などないため、溶けた雪が靴下にまでじんわりと染み込んでいる。
「うわ、本当だ。俺も足先が冷たくなってる。風邪ひく前に早く靴下脱ごう」
玄関の土間にしゃがみ込み、冷え切ったローファーを脱ぐ。
隣では、凛が少し前かがみになりながら、濡れて色が変わった紺色のハイソックスに手をかけていた。
「つめたっ……」
するり、と靴下が脱がされ、凛の素足があらわになる。
普段はタイツや靴下に隠れて見えない、華奢な足首。
そして、雪の冷たさでほんのりと赤く染まった、真っ白で小さな足の指先。
その妙に無防備で生々しい様子に、俺は思わずドクンと心臓を跳ねさせた。
(……やば、なんか変にドキドキする……)
健全な男子高校生としての反応をごまかすように、俺は慌てて視線を逸らして立ち上がった。
「と、とりあえず、二人とも風邪ひくから! 凛は早く自分の部屋でスウェットとか暖かい部屋着に着替えてこい!」
「う、うんっ! 朝陽くんも早く着替えてね!」
少し急かすように言うと、凛はパタパタと自分の部屋へ駆け込んでいった。
自室で裏起毛の暖かいスウェットに着替えた俺は、洗面所へと向かった。
冷え切った足先を一番手っ取り早く温める方法の準備だ。
バスタブの栓を閉め、シャワーの温度を少し高めに設定して、ふくらはぎの高さくらいまでお湯を張っていく。
数分後。
「着替えたよー」と、ゆったりとしたグレーのパーカー姿になった凛が洗面所に顔を出した。
「……あれ? 朝陽くん、何してるの? 今からお風呂?」
「いや。足がすっかり冷え切っちゃっただろ。おいで、ちょっと並んで座ろう」
俺はバスタブの縁に腰掛け、自分から先にお湯の中に足を入れた。
ジンジンと冷えていた足先に、熱めのお湯がじんわりと染み渡っていく。
「あ、足湯……! わぁ、すっごく気持ちよさそう!」
凛も俺の隣にちょこんと腰を下ろし、パーカーの裾を少しだけ捲って、お湯の中に両足をそっと沈めた。
「〜〜〜っ! ……はぁぁ……」
お湯に入れた瞬間、凛の口からとろけるようなため息が漏れた。
「極楽だろ?」
「うんっ……。足の先から、体全体に温かいのがポカポカ巡っていくみたい……」
二人で並んで、バスタブの縁に腰掛ける。
湯気で少しだけ曇ったお風呂場に、ちゃぷん、ちゃぷんと足でお湯を揺らす音だけが響く。
「……んっ」
ふいに、お湯の中で凛の素足が俺の足に触れた。
お湯の熱さとは違う、柔らかくて滑らかな感触。
お互いにハッとして視線を合わせる。
「あ、ご、ごめん……」
「いや、狭いから仕方ないって」
足湯という密着した空間で、お互いの素足が触れ合う距離感。
学校では『氷の令嬢』なんて呼ばれている彼女と、平日の昼間からこうして並んで足湯をしているという状況に、俺の胸はまたしても高鳴り続けていた。
「はぁ〜、すっかり温まったな」
「うんっ、足の先までポカポカだよ。朝陽くん、足湯の準備してくれてありがとう」
しっかりとタオルで足を拭き、俺たちはリビングのこたつへと移動した。
時刻はちょうどお昼時。
俺は冷蔵庫に入れておいたタッパーを取り出し、こたつの上に並べた。
「さて、学校で食べるはずだった弁当のお出ましだ」
「わぁっ! 待ってました!」
蓋を開けると、彩り豊かなおかずがギュッと詰まっている。
冷めても美味しいように甘めの出汁をたっぷり含ませた厚焼き卵。
ニンニクと生姜の効いた醤油ダレに一晩漬け込んでから揚げた特製から揚げ。
それに、彩りの『ブロッコリーの胡麻和え』と『きんぴらごぼう』だ。
「いただきますっ!」
凛は早速、大きめのから揚げを箸でつまんでパクリと頬張った。
「……んんっ! お弁当のから揚げって、なんでこんなに美味しいんだろう! お肉にしっかり味が染みてて、ご飯が無限に進むやつだぁ……!」
「お弁当用は、冷めても味がぼやけないように少し濃いめに味付けしてるからな」
続いて凛は、黄色く輝く厚焼き卵を口に運ぶ。
「ん〜〜っ、甘くてお出汁がじゅわってする……。はぁ、幸せ……」
頬を緩ませて幸せそうに咀嚼する凛を見ていると、俺まで満たされた気分になってくる。
「お弁当ってさ」
「ん?」
「お外で食べるのも美味しいけど、こうやっておうちの中で、ぬくぬくしながら二人で食べるのも、なんだかすっごく特別感あるね」
凛が照れくさそうに笑って、から揚げをもう一つ頬張る。
外の雪景色を窓越しに眺めながら、暖かいこたつで食べるお弁当は、確かにいつもより何倍も美味しく感じられた。
お弁当を綺麗に完食し、温かいお茶を飲んで一息つく。
お腹も心もすっかり満たされた凛は、「よしっ!」と気合いを入れるように両手で頬をパンッと叩いた。
「美味しいお弁当でエネルギーも満タンになったし! 午後からはお仕事のイラスト制作、いっぱい頑張るね!」
「おう、頑張れ。じゃあ俺も、凛の隣で動画の編集作業でも進めるかな」
「うんっ!」
雪の日の静かな午後。
冷たい雪は俺たちを学校から早く帰らせてくれただけでなく、二人だけの甘くて温かい時間をたっぷりとプレゼントしてくれたのだった。