作品タイトル不明
第395話:手作りクッキーと、羊のルームウェア
「……ん……朝陽くん、おはよ」
「おはよう。よく眠れたか?」
「うん……毛布、すっごくフカフカで気持ちよかった……」
日曜日の朝。
目覚ましをかけずにゆっくりと起きた俺たちは、新しい毛布の中で、しばらくまったりと微睡んでいた。
冷え込んでいるはずの部屋の空気とは裏腹に、ダブルサイズの毛布の中は驚くほど暖かく、お互いの体温が心地よく馴染んでいる。
ゆっくりと布団から抜け出し、キッチンへ。
鍋の蓋を開けると、昨日あえて残しておいた『鶏肉と根菜の生姜あんかけスープ』が、旨味たっぷりの煮こごりになっていた。
そこに温かいご飯を入れて火にかけ、ふつふつとしてきたところで溶き卵を回し入れる。
最後にネギを散らせば、あっという間に特製卵雑炊の完成だ。
「いただきます」
こたつの上で手を合わせ、凛がレンゲで雑炊をすくう。
フーフーとしっかり息を吹きかけてから、小さく口に含んだ。
「はふ、はふ……ん〜っ! 昨日の美味しいお出汁が、ご飯に全部染み込んでる……!」
「卵もいい感じに半熟になっただろ。生姜も入ってるから、体あったまるぞ」
「うんっ。朝からすっごく贅沢してる気分……」
顔をほんのりとピンク色に染めながら、美味しそうに頬を緩める凛。
その無防備な笑顔を見ているだけで、俺までお腹がいっぱいになるような満たされた気分になった。
「今日は、日持ちするお菓子でも作らないか」
「お菓子! 作る作る!」
朝食後。二人でエプロンを身につけて、キッチンに並ぶ。
作るのは、保存が効いて少しずつ食べられる型抜きクッキーだ。
常温に戻したバターと砂糖をすり混ぜ、プレーンとココアの二種類の生地を用意する。
綿棒で薄く伸ばした生地を前に、凛は楽しそうに星や動物の型を抜いていった。
オーブンシートに並べて焼き始めると、やがて甘いバターとココアの香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がり始める。
『ピンポ〜ン』
ちょうどその頃、チャイムが鳴った。
「あ、私が出る!」
凛が小走りで向かい、小さな荷物を受け取って戻ってきた。
金曜日の夜に凛がネットで頼んでいた、羊の角がついたモコモコのルームウェアだ。
「朝陽くん、これ! ちょっと着てきてもいい?」
「ああ。クッキーが焼けるまでまだ少しかかるしな」
凛は袋を抱えて嬉しそうに寝室へ駆け込んでいった。
やがてオーブンのタイマーが鳴り、焼き上がったクッキーを網の上に乗せて粗熱を取っていると、背後からトテトテという足音が聞こえてきた。
「あ、朝陽くん……どう、かな?」
振り返った俺は、思わず言葉を失った。
足首まですっぽりと覆う、真っ白でモコモコの生地。
被った大きなフードの左右には、可愛らしい『羊の角』がちょこんとついている。
少し恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見上げてくるその姿は、想像していたよりもずっと――。
「…………」
「あ、朝陽くん……? もしかして、変だった……?」
「……いや、ごめん。あまりにも似合ってて、ちょっと見惚れてた」
「えっ」
俺の誤魔化しのない本音に、凛がポンッと顔を赤くする。
「すっごく可愛いよ。本物の小動物みたいで、ずっと撫でてたくなるな」
「〜〜〜っ! もう、朝陽くんたら……」
照れ隠しのように、凛が俺の腕にギュッと抱きついてきた。
モコモコの感触がたまらなく柔らかい。
「あ、クッキー焼けたんだ! すっごくいい匂い!」
「おっと、まだ熱いぞ」
「一個だけ! お味見!」
俺が止めるのも聞かず、凛は網の上から星型のクッキーを一つひょいとつまみ、パクリと口に入れた。
「あっつ! はふ、はふ……んんっ、サクホロで美味しい〜!」
「だから言ったのに。……まあ、焼き立ては格別だけどな」
幸せそうに熱々のクッキーを頬張る羊姿の凛を眺めながら、俺は苦笑した。
「よし、味見も済んだし、そのパジャマは一回脱いでくれ。洗うから」
「えっ、今日ずっと着てたいのに……」
「ダメ。新品は一度水通しした方がいい。モコモコだから、おしゃれ着洗いで優しく洗って部屋干しにしよう」
「むぅ……はーい」
少し名残惜しそうにしながらも、凛はいつもの部屋着に着替えてパジャマを洗濯機へ持っていってくれた。
完全に冷めたクッキーをジップロックに詰め、戸棚へ。
これで来週のちょっとしたおやつには困らないだろう。
お昼に簡単なパスタを作って食べ終え、午後一の時間帯。
二人でこたつに入り、のんびりとテレビを眺めていた時のことだった。
『ピンポ〜ン』
再び、玄関のチャイムが鳴り響いた。
「ん?」
こんな時間に訪ねてくるアテは特にない。
俺は不思議に思いながらこたつから這い出し、玄関のドアを開けた。
「はい――」
「こんにちは、朝陽くん。ご無沙汰しております」
「突然ごめんねぇ。邪魔するよ」
「…………えっ?」
俺は完全にフリーズした。
ドアの向こうに立っていたのは、分厚いダウンコートを着込んだ上品な女性と、大きな段ボール箱を抱えた白髪の男性。
凛のおじいちゃんとおばあちゃんだった。
しかも、凛の部屋ではなく、初めから当たり前のように俺の部屋にきている。
「あ、えっと……ご無沙汰しております!」
「大寒波が来るって言うからね、少しでも足しになるかと思って、色々と様子を見に来たんだよ」
おじいちゃんがニコニコと笑いながら段ボールを少し持ち上げて見せる。
俺は背中に変な汗をかきながら、こたつでくつろいでいる凛の方を慌てて振り返った。
のんびりとした日曜日の昼下がり。
俺と凛の甘い日常に、突然の来訪者が現れたのだった。