作品タイトル不明
第396話:嵐と、大寒波
一瞬フリーズしてしまった俺だが、すぐに気を取り直して二人を部屋へと招き入れた。
「あ、えっと……! ご無沙汰しております。外は寒いですから、どうぞ中へ入ってください」
日頃から掃除は徹底しているし、つい先ほども洗濯を済ませたばかりだ。
急な来客でも、部屋の綺麗さには自信がある。
「お邪魔しますよ」
二人が靴を脱いでリビングへと足を踏み入れた瞬間、こたつでテレビを見ていた凛がビクッと肩を揺らした。
「お、おじいちゃん!? おばあちゃん!? なんでここに!?」
目を丸くして固まる凛を見て、おばあちゃんがクスッと優しく微笑む。
「大寒波が来るって言うじゃない。二人で部屋にこもれるように、少し様子を見に来たのよ」
「そ、それは嬉しいけど……。どうして最初から、私の部屋じゃなくて朝陽くんの部屋に……」
凛が戸惑いながら尋ねると、おばあちゃんはニヤリといたずらっぽく笑った。
「休日の午後なんだから、どうせこっちの部屋にいるだろうと思ったからね。やっぱり正解だったわ」
「〜〜〜っ!」
完全に見透かされていたことに、凛は耳まで真っ赤にしてこたつ布団に顔を半分沈めた。
俺もなんだか照れくさくなって、誤魔化すように頬を掻く。
「……あの、すぐに温かいお茶を淹れますね」
俺がキッチンへ向かおうとすると、おじいちゃんが「いやいや、いいんだよ」と軽く手で制した。
「届け物をしただけだから、すぐ帰るよ。外にタクシーを待たせてるしね」
「えっ、もう帰っちゃうんですか?」
「ああ。二人の元気な顔を見れただけで安心したからね」
そう言うと、おじいちゃんは抱えていたずっしりと重い段ボール箱を、こたつの横にドサリと置いた。
「防寒具や毛布は、お金を送ったからもう買っているだろう。来週からとんでもなく寒くなるみたいだからね。二人で美味いものでも食え」
「ありがとうございます。お気遣いいただいて、本当にすみません」
「気にするな。寒いから、二人とも風邪をひかないようにな」
おじいちゃんが豪快に笑うと、今度はおばあちゃんがこたつの凛に向けて優しく声をかけた。
「凛、ちゃんと朝陽くんの言うことを聞くのよ。迷惑かけちゃダメよ」
「……もう、わかってるよ。子供じゃないんだから」
少し口を尖らせながらも、凛の顔は嬉しそうに綻んでいた。
「それじゃあ、私たちはこれで。お礼の連絡なんて気にしなくていいからね!」
嵐のように現れた二人は、最後に俺と凛の顔を満足そうに交互に見ると、本当にあっという間に風のように帰っていった。
「……嵐みたいだったな」
「うん……びっくりした」
バタン、と玄関のドアが閉まる音を聞いて、俺たちは顔を見合わせて小さく笑い合った。
突然の出来事だったが、こうして当たり前のように二人の関係を認めて、心配して見守ってくれている存在がいることは、すごく温かくてありがたいことだ。
「さて、おじいちゃんたちからの差し入れ、何が入ってるんだろうな」
「お金送ってくれたのに、わざわざ食材まで持ってきてくれるなんて……。私、開けてみる!」
凛がこたつから身を乗り出し、ガムテープを剥がして段ボール箱の蓋を開けた。
「わぁ……! すごい!」
中には、大寒波で引きこもるのに最適な、上質で日持ちする食材がたっぷりと詰まっていた。
少しお高そうな木箱に入った魚の干物セット、美味しそうな瓶詰めの甘酒、フリーズドライのお味噌汁などなど。
「さすがだね。どれもすっごく美味しそう」
「本当だな。これなら雪が降っても何日でも凌げそうだ……ん?」
俺は、段ボールの一番底に、銀色の保冷バッグがポツンと入っているのに気がついた。
「なんだこれ。要冷蔵のものか?」
「お肉かな? ちょっと開けてみて」
ジッパーを引いて保冷バッグを開け、中に入っていたものを取り出す。
そこにあったのは、見事なサシが入った、淡いピンク色のマグロの柵(生)だった。
「…………えっ?」
「…………マグロ?」
俺と凛は、手の中のマグロと、段ボールの中身を交互に見比べた。
「いや、日持ちする食材ばかりなのに、なんでここで一番足の早い生のマグロ!?」
「あははっ! おじいちゃんたちらしいね! きっと、スーパーですっごく美味しそうなのを見つけて、どうしても朝陽くんに食べさせたくなっちゃったんだよ!」
俺のツッコミに、凛がこたつでお腹を抱えて笑い出す。
俺も、おじいちゃんたちの少し抜けた、けれど真っ直ぐで温かい優しさが伝わってきて、思わず吹き出してしまった。
「……仕方ないな。このマグロ、悪くするわけにはいかない」
俺はマグロの柵を掲げ、凛の頭をポンと撫でた。
「よし。じゃあ今夜は、贅沢に特製鉄火丼にするか」
「賛成っ! すっごく楽しみ!」
大寒波に備えた日曜日。
俺たちの冷蔵庫と心の中は、おじいちゃんたちからの愛情でいっぱいに満たされていた。