作品タイトル不明
第394話:二つの冷蔵庫と、ふかふか毛布
ホームセンターで購入した大きなダブルサイズの毛布や、かさばる防寒グッズの数々。
俺たちは一旦アパートへと戻り、それらの荷物をリビングにドサリと置いた。
「ふぅ……結構な量になったな」
「うんっ。でもこれで、お部屋の寒さ対策はばっちりだね。……ねえ、朝陽くん。この新しい毛布、今日の夜から使えないかな?」
パッケージ越しにアイボリー色の毛布を撫でながら、凛が上目遣いで期待に目を輝かせてくる。
「そうだな。でも、こういう肌に直接触れるものは、一度洗ってから使った方がいいぞ。ただ、これだけ分厚くて大きいと、うちの洗濯乾燥機じゃ寝るまでに乾かないしな……」
「そっかぁ……。じゃあ、明日のお楽しみだね」
凛が少しだけ残念そうに肩を落とした、その時。
「いや、待てよ。スーパーに行く途中に、大型のコインランドリーがあったよな。あそこの洗濯乾燥機に放り込んでおけば、スーパーで買い物している間に洗いから乾燥まで一気に終わるんじゃないか?」
「あっ……! ほんとだね! それなら今日の夜からフカフカの毛布で寝られるね!」
凛がパァッと顔を輝かせる。
俺たちはすぐに、大きな毛布を抱えて再びアパートの外へと出た。
道中にあるコインランドリーに立ち寄り、大型のドラム式洗濯乾燥機に毛布を押し込む。
洗剤と持参したお気に入りの柔軟剤をセットしてスタートボタンを押すと、ゴウンゴウンと力強い音を立ててドラムが回り始めた。
「よし、これで一時間後にはフカフカになってるはずだ。終わるまでの間に、スーパーで食材の買い出しを済ませてこよう」
「うんっ!」
コインランドリーを出ると、外は相変わらず冷たい北風が吹いている。
「ほら」
「えっ?」
俺は自然な動作で凛の左手を取り、そのまま俺のダウンジャケットの大きな右ポケットへと引き入れた。
ポケットの中で指を絡めると、凛も嬉しそうに俺の手をギュッと握り返してくる。
二人で身を寄せ合うようにして、隣の大型スーパーへと歩き出した。
週末の大型スーパーは、俺たちと同じように大寒波に備えて買い出しに来た客でごった返していた。
入り口でカートを引き出し、食材のコーナーへと向かう。
「来週の半ばから雪が降るかもしれないし、数日間は外に出なくても平気なように買い込んでおこう。まずは冷凍食品からだな」
俺が冷凍うどんや水餃子、それに冷凍のほうれん草やブロッコリーを次々とカゴに入れていくと、凛が少し心配そうに覗き込んできた。
「朝陽くん、こんなにいっぱい買って、冷凍庫に入るかな……?」
「ん? ああ、心配ないぞ」
俺はニヤリと笑って、さらに冷凍の唐揚げの袋をカゴに放り込んだ。
「よく考えてみろ。うちには俺の部屋の冷蔵庫と凛の部屋の冷蔵庫があるだろ。二部屋分の収納力を使えば、これくらい余裕で入る」
「あ……っ! そっか、私のお部屋の冷蔵庫、いつも飲み物くらいしか入ってないからスッカラカンだもんね」
「そういうこと。隣同士だからこその特権だな」
俺の言葉に、凛は「なんだか、秘密の貯蔵庫みたいでかっこいい……」と嬉しそうに微笑んだ。
その後も、日持ちする根菜類を中心にカゴを満たしていく。
大根、人参、ごぼう、それに長ネギを数本。
さらにカゴの隙間に、大きな生姜を二つ入れた。
「生姜は体を中から温めてくれるし、ネギも風邪予防にいいからな。あとは……ビタミンCの補給に、みかんも買っておくか」
「朝陽くん……」
カートを押しながら的確に食材を選んでいく俺を見て、凛がポツリと呟いた。
「朝陽くんが旦那さんなら、家族はずっと健康でいられそう……」
「っ……」
不意打ちの『旦那さん』という響きに、俺は思わず立ち止まりそうになった。
マフラーに顔を埋めている凛も、自分で言っておいて恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤にして目を逸らしている。
「……そ、そうなるように、これからも凛の健康管理はしっかりやっていくからな」
「……うんっ、よろしくお願いします」
周囲の買い物客に紛れながら、俺たちは少しだけ照れくさそうに笑い合った。
スーパーでの買い物を終え、再びコインランドリーに立ち寄る。
ちょうど乾燥まで終わっていたドラムから毛布を取り出すと、乾燥機上がり特有のホカホカとした熱気と共に、ホワイトサボンの香りが優しく広がった。
「わぁ……! すっごくいい匂い! しかも、空気を含んでフカフカになってる!」
「よし、帰って晩ご飯にしよう」
両手いっぱいのエコバッグと、ホカホカの毛布を抱えてアパートに帰還すると、俺はすぐにエプロンを身につけてキッチンに立った。
今日の夕食は、買ってきたばかりの食材をふんだんに使った『鶏肉と根菜の生姜あんかけうどん』だ。
鍋に和風出汁を沸かし、ひと口大に切った鶏もも肉、ささがきにしたごぼう、いちょう切りの大根と人参を入れて柔らかくなるまで煮込む。
野菜の甘みと鶏肉の旨味がスープに溶け出したところで、たっぷりのすりおろし生姜を加え、醤油とみりんで味を調える。
水溶き片栗粉でとろみをつけ、茹でたうどんにたっぷりと餡をかければ完成だ。
「凛、できたぞ。熱いから気をつけて運んでくれ」
「わぁっ……! お出汁と生姜のすっごくいい匂い!」
こたつの上にどんぶりを並べ、手を合わせる。
とろみのついた餡は湯気を閉じ込めており、最後まで熱々のまま食べられるのが特徴だ。
凛は箸でうどんを持ち上げると、フーフーと念入りに息を吹きかけてからチュルリと啜った。
「……んん〜〜っ! あ、熱っ、でも美味しいっ!」
「とろみがついてるから、スープがうどんによく絡むだろ」
「うんっ! 鶏肉と根菜の甘みが出てるし、生姜が効いてて……食べてるそばから、体の中がどんどん熱くなってくるよ」
顔をほんのりと上気させながら、嬉しそうにうどんを頬張る凛。
ごぼうのシャキシャキとした食感と、ホクホクの大根。
それらを包み込む優しい和風の餡が、冷え切った体を芯から解きほぐしていく。
「ふぁ〜……お腹いっぱい。足の先までポカポカだよ」
「明日はこのスープの残りにご飯を入れて、卵雑炊にしても美味いぞ」
「絶対美味しいやつだ……! 明日の朝ご飯も楽しみっ」
やがて、就寝の時間。
俺の部屋のベッドの上に、今日買ってきたばかりのアイボリー色のダブルサイズ毛布を広げる。
コインランドリーの強力な乾燥機にかけられた毛布は、驚くほど軽くてフカフカに膨らんでいた。
部屋の電気を消し、二人でその下へと潜り込む。
「わぁっ……! すっごく広くて、フワフワ……!」
凛が嬉しそうに声を上げた。
ダブルサイズだけあって、二人がすっぽりとくるまっても全く隙間ができず、外の冷たい空気が入り込んでこない。
「しかも、朝陽くんと同じ匂いがする……」
暗闇の中、凛がごく自然な動作で俺の胸元にすり寄り、ギュッと抱きついてきた。
俺も彼女の背中に腕を回し、お互いの体温を逃がさないように密着する。
「……あったかいな」
「うん。毛布もあったかいけど……こうして朝陽くんとくっついてるのが、一番あったかい。……幸せ」
外では冷たい北風が窓を揺らしているが、この新しい毛布の中だけは別世界のように温かかった。
スーパーで買い込んだたっぷりの食料と、肌触りの良い毛布。
そして腕の中にある確かな温もり。大寒波への備えは、これ以上ないほど完璧だった。
俺たちは満たされた気持ちで、静かに深い眠りへと落ちていった。