作品タイトル不明
第393話:冬コーデと、ホームセンター
土曜日の朝。
カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ますと、俺の腕の中には、すやすやと心地よさそうな寝息を立てる凛がいた。
暖房の切れた部屋は、吐く息が白くなるほど冷え切っている。
だが、昨夜から二人で抱き合って眠っていたため、一つの布団の中は俺たちの体温が混ざり合い、信じられないくらいポカポカだった。
「……ん」
俺がそっと腕を動かすと、凛がモゾモゾと身を捩り、さらに俺の胸へと顔を埋めてくる。
「凛、朝だぞ。そろそろ起きるか」
「……やだ。外、さむい……」
寝ぼけ眼をこすりながら、凛は布団の縁をギュッと握りしめて冬眠モードに入ろうとする。
「ちょっと待ってろ」
「あっ……やだ。行かないで。お布団、冷たくなっちゃう……」
俺が起き上がろうとすると、凛が慌てて俺のパジャマの袖を掴んで引き留めてきた。
「すぐそこにある靴下を取ってくるだけだって。すぐ戻るから」
俺は苦笑いしながら布団から抜け出し、冷たい空気に身震いしながら、ベッドの脇に置いてあったモコモコのルームソックスを手に取った。
そして、再びベッドの横に座ると、布団の裾からズボッと手を突っ込む。
「えっと、足はどこだ……お、あった」
「ひゃっ……! 朝陽くん、手が冷たいっ」
「我慢しろ。……ほら、これでよし」
布団の中で手探りしながら、凛の足先に分厚い靴下をすっぽりと履かせてやる。
「……んっ、あったかい……」
「だろ? 足先が温まれば、外に出るのもそんなに苦じゃないはずだ。ほら、起きるぞ」
俺が布団をめくって手を引くと、足元が温かくなったおかげか、凛はようやく「……えへへ」と笑って素直にベッドから這い出してきた。
キッチンに立ち、冷え切った体を芯から温める朝食を用意する。
今朝のメニューは、あさりの旨味がギュッと詰まった濃厚なクラムチャウダーだ。
角切りにしたじゃがいも、ベーコン、玉ねぎをバターでじっくりと炒め、小麦粉と牛乳でとろみをつける。
そこにたっぷりのあさりを加えれば、キッチン中に食欲をそそる磯とバターの香りが広がっていく。
少し時間がかかってしまった。
「お待たせ。熱いから気をつけてな」
ゴロゴロと具材が入った熱々のスープに、カリッと香ばしく焼き上げたバゲットのガーリックトーストを添えてテーブルに出した。
「わぁ……っ! クラムチャウダーだ!」
凛はスプーンでスープをすくい、フーフーと息を吹きかけてから口に運んだ。
「……ん〜〜っ! あさりの味がすっごく濃い! じゃがいももホクホクで、体中がポカポカしてくる〜!」
「ガーリックトーストをスープに浸して食べるのもおすすめだぞ」
「やってみる!」
凛はバゲットの端をスープに浸し、サクッ、ジュワッという音を立てて頬張る。
「んんんっ!」と目を輝かせて喜ぶその姿を見ているだけで、俺まで心が温まっていく気がした。
朝食を済ませ、お出かけの準備。
俺がリビングでアウターを着て待っていると、自分の部屋で着替えを終えた凛が出てきた。
「朝陽くん、お待たせ!」
「お……お?」
彼女の姿を見て、俺は思わず眉をひそめた。
凛が着ているのは、少し薄手の可愛らしいベージュのショートコートに、短いチェック柄のスカート。
足元はタイツを履いているとはいえ、どう見ても秋の終わりくらいの装いだ。
「……凛。お前、その格好で外に出るつもりか?」
「えっ? うん。今日はお買い物デートだから、ちょっと可愛くしてみたんだけど……変かな?」
くるりとその場で回って見せる凛。
確かに、めちゃくちゃ可愛い。街を歩けばすれ違う男が全員振り返るレベル。
だが、今日は違う。
「ダメだ。却下。今日は大寒波の前触れで、外は凄く寒いんだぞ。そんな格好じゃ絶対風邪ひく」
「えーっ……! せっかく朝陽くんの前だから、おしゃれしたのに……」
凛は不満そうに唇を尖らせたが、俺は一切の妥協を許さなかった。
「おしゃれしてくれるのは嬉しいけど、凛が風邪ひいて寝込む方が俺は嫌だ。今日は機能性重視! 暖かさ第一で行こう!」
「うぅ……」
俺のオカンモードに気圧されたのか、凛は渋々と自分の部屋へ戻っていった。
数分後。再びリビングに現れた凛は、足首まで隠れるロング丈のウールスカートに、厚手のダウンジャケット、そして大判のマフラーをぐるぐると巻いた完全防寒スタイルになっていた。
「……うぅ、なんかモコモコして動きにくいし、全然可愛くない……」
鏡を見て落ち込む凛。
だが、俺から見れば、そんなことは全くなかった。
普段は地味にしているが、こうしてしっかり見ると彼女の整った顔立ちがマフラーからちょこんと覗いていて、破壊力がすごい。
「何言ってるんだ。着膨れしてモコモコになってる凛も、小動物みたいでめっちゃ可愛いぞ」
「……えっ?」
「俺は好きだぞ、そういうのも」
俺がサラリと本音を伝えると、マフラーに埋もれていた凛の顔が、ポンッと音を立てるように真っ赤に染まった。
「……っ! もう……ばか……」
「ははっ、なんだよそれ。さ、完全防寒もできたし、行くぞ」
「……うんっ。なら、これでいい」
俺に褒められたことで機嫌を直したらしい凛は、モコモコのまま嬉しそうに俺の隣に並んだ。
アパートから少し歩き、目的の大型ホームセンターへ到着する。
週末ということもあり、店内は寒さ対策のグッズを求める家族連れで賑わっていた。
入り口で大きなカートを引き出し、俺が押す。
凛はその隣をトコトコと歩きながら、キョロキョロと店内を見渡した。
「まずは一番の目的、毛布のコーナーだな」
寝具売り場には、色とりどりの毛布や冬用のシーツがズラリと並んでいる。
「いろんな種類があるね! 朝陽くん、これすっごくフワフワだよ!」
「お、ほんとだ。こっちの吸湿発熱素材ってやつも暖かそうだな」
二人であーでもない、こーでもないと様々な毛布を触り比べる。
完全に同棲しているカップル、あるいは新婚夫婦のお買い物風景だ。
「サイズはどうする? 今俺が使ってるのはシングルだけど」
「うーん……せっかくだから、二人でくるまっても余裕があるサイズがいいな。ダブルサイズとか!」
「そうだな。昨日の夜みたいに、一緒に寝ても肩が出ないやつがいいしな」
その言葉に凛が少しだけ照れたように笑う。
最終的に俺たちが選んだのは、肌触りが極上で、あのリビングの特等席と同じアイボリー色のダブルサイズの毛布だった。
これなら、ベッドでもソファでも、二人でぬくぬくとくるまることができる。
「よし、毛布はこれで決まり。あとは……」
カートに大きな毛布を乗せ、日用品のコーナーを回る。
箱買いのホッカイロ、窓の隙間風を防ぐ断熱シート、そしてネットで注文できなかったお揃いのあったかインナーなどを次々とカートに入れていく。
「ふふっ。なんだか、これで大寒波が来ても、二人でずっとお部屋に引きこもれそうだね」
「むしろ、早くこたつや新しい毛布でぬくぬくしたくなってきたな」
ホームセンターでの買い物を終え、会計を済ませる。
大きな荷物は後で配送してもらうことにして、俺たちは手荷物だけを持ち、次は食材を買いに隣の大型スーパーへ向かうために外へ出た。
「ひゃっ……! やっぱり外、すっごく寒いね!」
自動ドアを抜けた瞬間、冷たい北風が吹きつけてくる。
着膨れしている凛でも、手袋をしていない手先は冷たそうだった。
「ほら」
「えっ?」
俺は凛の小さな手をスッと取り、そのまま俺のダウンジャケットの大きなポケットの中へと引き入れた。
「ポケットの中なら、風も当たらないし暖かいだろ」
「……うんっ。朝陽くんの手、あったかい」
冷たい風が吹く冬の空の下。
俺たちは一つのポケットの中でしっかりと手を繋ぎながら、ぽかぽかと温かい気持ちで次のスーパーへと向かって歩き出したのだった。