軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第391話:幸せなルーティンと、ニュース

あのアイボリー色のローソファが部屋に届いてからというもの、俺たちの放課後の過ごし方は完全に決まっていた。

夕食を済ませ、お風呂から上がると、どちらからともなくあのふかふかのシートへと向かう。

俺が背もたれに寄りかかって足を投げ出すように座ると、凛がトコトコとやってきて、その間にすっぽりと背中を預けて収まる。

凛は膝の上に液晶ペンタブレットを置いてイラストの作業。

俺は彼女の肩越しに腕を伸ばして、スマホで動画のチェックをしたり、読書をしたり。

最初はさすがに少し緊張したけれど、今ではこの形が驚くほどしっくりときている。

背中とお腹越しに伝わってくる、お互いの心地よい体温。

作業に集中している凛が、時折「……ん」と小さく吐息を漏らしながら俺の胸にさらに深く体重を預けてくる瞬間が、たまらなく愛おしかった。

そんな甘くて穏やかなルーティンを繰り返しているうちに、季節は一年のうちで最も冷え込む一月の中旬を迎えていた。

金曜日の朝。

空が白み始めたばかりの、明け方のことだった。

「……ん……」

床に敷いた布団で寝ていた俺は、ふと冷たい空気を顔に感じて目を覚ました。

暖房を切って寝ているため、部屋の中はシンと冷え切っている。

(……やけに冷えるな。今日、かなり気温下がってるのか?)

布団を首元まで引き上げようとしたその時。

すぐ横のベッドの上から、モゾモゾとシーツが擦れる音が聞こえた。

「……朝陽くん」

「……凛? どうした、目が覚めたのか?」

薄暗い部屋の中。ベッドからひょっこりと顔を出した凛が、少しだけ身を縮こまらせながら俺の布団を見下ろしていた。

「……ううん。寒くて、起きちゃった」

「寒い? 毛布、ちゃんと被ってるか?」

「被ってるけど……でも、足先とかすごく冷たくて。……朝陽くん」

凛はベッドからするりと降りると、俺の布団のすぐ横にペタンと座り込んだ。

そして、上目遣いで俺の顔を覗き込みながら、小さく、甘えるような声で呟く。

「……一緒に、寝ていい……?」

「っ……」

そんなの、断れるはずがない。

俺が黙って掛け布団をめくってスペースを空けると、凛は「失礼しまーす」と嬉しそうに潜り込んできた。

「……んーっ、あったかい……」

俺の隣にすっぽりと収まった凛は、冷えた手足を俺の体にピタッとくっつけてくる。

外の冷気とは裏腹に、布団の中は一気に二人の体温で満たされ、お互いの『ホワイトサボン』の香りが混ざり合った。

抱き枕のように俺の腕に抱きつき、満足そうに寝息を立て始める凛。俺は高鳴る心臓の音を必死に落ち着かせながら、再びゆっくりと眠りについた。

数時間後。

窓の隙間から差し込む朝日で、俺たちは同時に目を覚ました。

「……おはよう、凛」

「ん……おはよう、朝陽くん……」

凛はまだ眠たいのか、俺の胸にすりすりと額を押し付けてくる。

「今朝は急激に寒くなったな。昨日の夜と全然違う」

「うん……。朝陽くんのお布団に入ってなかったら、凍えてたかも」

「大袈裟だな。……さて、そろそろ起きて朝ご飯作るか。温かいスープでも――」

俺が布団から出ようと体を動かした、その瞬間。

「……やだ」

凛が俺のパジャマの裾をギュッと掴み、さらに強くしがみついてきた。

「凛?」

「……やだ。寒いもん。朝陽くんが行っちゃったら、お布団の中冷たくなっちゃう。まだこのままがいい……」

俺の胸に顔を埋めたまま、絶対に離さないと言わんばかりにホールドしてくる凛。

普段の学校で見せる『氷の令嬢』からは想像もつかない、子供のような可愛いワガママに、俺は思わず口元を緩めてしまった。

「そう言われてもな。ご飯食べないと学校で倒れるぞ」

「むぅ……じゃあ、今日はずっとこのままで冬眠します……」

「ダメに決まってるだろ」

俺は苦笑しながら、布団の中で凛の少し冷えた手をギュッと握り込んだ。

「ほら、手、あっためてやるから。……起きる時、お前のモコモコの靴下も俺が履かせてやる。だから一緒に起きようぜ」

「……靴下、履かせてくれるの?」

「ああ。足が冷たいと起きるの嫌だろ」

「……うん。じゃあ、起きる」

俺が手を引いてやると、凛はようやく渋々と布団から這い出した。

約束通り、ベッドの横に置いてあった分厚いルームソックスを凛の足に履かせてやると、彼女は「えへへ……」と嬉しそうに笑った。

「今すぐ温かいもの出すから、ちょっと待ってろ」

俺はフライパンの上で、いい焼き色のついてきたホットサンドをひっくり返した。

じゅわ、とバターの香ばしい匂いが弾け、キッチンの冷たい空気を一気に幸せな香りで満たしていく。

お皿に盛り付け、カップに注いだ熱々のコーンポタージュを添えてテーブルに並べた。

「お待たせ。今朝はとろけるチーズとハムのホットサンドだ。ポタージュも冷めないうちに飲んでくれ」

「わぁ……っ、美味しそう!」

凛は嬉しそうに席に着くと、まずはマグカップを両手で包み込んだ。じんわりと手のひらを温めてから、ふーふーと息を吹きかけてスープを口にする。

「んんっ……、あったまる……。コーンがすっごく甘くて、体の中に染み渡るみたい」

「よしよし。ホットサンドも熱いから気をつけてな」

凛はコクりと頷き、半分にカットされたホットサンドを手に取った。

サクッ、と小気味いい音が響き、中からとろりと溶け出したチェダーチーズが、ピンク色のハムに絡みつきながら糸を引く。

「……ん〜〜っ! お、美味しいっ! パンがサクサクで、チーズがすっごく濃厚!」

「バターを少し多めに塗って焼いたからな。ハムの塩気とチーズのコクが一番引き立つ焼き加減にしたんだ」

「はふ、はふ……っ。本当、朝陽くんの作る朝ご飯って世界一。寒いの吹き飛んじゃうな」

美味しそうに頬を落とし、幸せそうに「……ふふっ」と微笑む凛。

学校では誰も見たことがない、俺の前だけで見せるだらしないほどの笑顔。

それを特等席で眺められるだけで、早く起きて朝食を作った苦労なんて一瞬で吹き飛んでしまう。

俺もホットサンドを口に運びながら、何気なく壁にかけたテレビのスイッチを入れた。

画面の向こうでは、お天気キャスターの女性が神妙な面持ちで日本地図を指差している。

『――続いて、気象庁から発表された臨時の気象情報です。来週の半ば、二十日から二十四日頃にかけて、日本列島を記録的な大寒波が襲う見込みです。太平洋側の平野部でも、まとまった積雪となる恐れがあり、数十年に一度の寒さとなる可能性があります』

「えっ……、来週、雪が降るの?」

凛がスープのカップを持ったまま、驚いたように画面を見つめた。

「大寒波、か……。積雪の恐れがあるって言ってるな。これはかなり寒くなりそうだ」

天気予報の画面には、真っ青な寒気の渦が日本列島をすっぽりと覆うシミュレーションが映し出されている。最低気温は氷点下を下回る予報だ。

「数十年に一度って、なんだか大変そうだね。学校、お休みになったりするのかな?」

「どうだろうな。でも、それより前に色々と準備しておかないと。もし雪が積もったら、何日か買い物に出られなくなるかもしれないし、部屋の寒さ対策もちゃんとしておかないと凍えるぞ」

アパートの窓際の冷気や、万が一の停電や路面凍結を頭の中でシミュレーションする。

俺が少し真剣な顔で考えていると、凛が不安そうに俺の袖の端をツンツンと引っ張った。

「寒さ対策……。私、何を準備したらいいか分かんないや……」

「大丈夫だよ。俺がついてる。……なんなら、明日からの土日を使って、二人で買い出しに行かないか?」

「お買い物?」

「ああ。もっと厚手の毛布とか、部屋の中で着るもこもこの防寒着とか、あとは雪で外に出られなくなっても大丈夫なように、日持ちする食料を少し多めに買い込んでおきたいんだ。近くのホームセンターと大型スーパーをハシゴしよう」

俺の提案に、凛は一瞬で不安そうな顔を引っ込め、パァッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「うんっ! 一緒に行く! 寒さ対策のお買い物デートだね!」

「デートっていうか、生き残るための備えなんだけどな」

「ううん、朝陽くんと一緒なら何でもデートですっ」

大寒波というちょっとしたピンチさえも、二人にとっては楽しいイベントに変わってしまう。

俺たちは残りのホットサンドとお互いのポタージュを綺麗に平らげると、週末の計画を立てながら、ぽかぽかと温まった気持ちのまま学校へと向かう準備を始めるのだった。