作品タイトル不明
第386話:はじめての朝ごはんと、寝顔の見張り番
カーテンの隙間から差し込む柔らかな朝の光で、私はゆっくりと目を覚ました。
「……んん……」
心地よい温もりに包まれているのは、私が大好きな人の腕の中にいるから。
そっと顔を上げると、すぐ目の前に朝陽くんの寝顔があった。
スースーと規則正しい寝息を立てる、穏やかな顔。
学校では地味で目立たないようにしているけれど、私だけが知っている、すごく優しくて、かっこよくて、頼りになるハイスペックな私の彼氏。
「……ふふっ。何度見ても、全然飽きないな」
私は朝陽くんの寝顔を見つめながら、一人で小さくニヤニヤしてしまう。
ふと、昨日二人で作った生チョコトリュフの動画撮影のことを思い出した。
(そういえば……来月は、バレンタインなんだよね)
今まで、男子にバレンタインのチョコレートや手作りのお菓子を作ったことなんて一度もなかった。
そもそも、私の家事スキルは壊滅的だ。
最近、朝陽くんのおかげでなんとか野菜のカットくらいはできるようになったけれど、お料理と呼べるレベルにはまだまだ程遠い。
(でも……大好きな朝陽くんに、すっごく喜んでもらいたい)
バレンタインに向けて、こっそりお料理の練習をしよう。
私は心の中で固く決意した。
そういえば、昨日の夜、朝陽くんは朝ご飯の仕込みをしていなかったはずだ。
(朝陽くんが起きる前に、私が朝ご飯を作って驚かせちゃおうかな……!)
思い立ったが吉日。
私は、朝陽くんを起こしてしまわないように、彼の腕の中からそーっと、そーっと抜け出した。
そして、足音を忍ばせて抜き足差し足でリビングを抜け、キッチンへと向かった。
エプロンを身につけ、スマホをスタンドに立ててYouTubeのレシピ動画を開く。
今の気分的に無性に食べたかった『フレンチトースト』の作り方を検索する。
「ええっと、まずは卵液を作るんだよね」
ボウルに卵を割り入れ、牛乳とお砂糖を加えてシャカシャカと混ぜ合わせる。
よし、ここまでは完璧だ。
本当は、朝陽くんがいつも作ってくれるみたいに、前の日の夜からじっくり漬け込んでおくのが一番美味しいらしい。
でも、今からそんな時間は取れない。
「うーんと……あ、この動画の人、いいこと言ってる!」
スマホの画面の中で、料理系のYouTuberさんが裏技を紹介していた。
『時間がない時は、食パンにフォークでたくさん穴を開けておくと、卵液が染み込みやすくなりますよ!』
私は早速フォークを手に取り、買っておいた6枚切りの食パンの表面に、プスプスと無数の穴を開けていった。
そして、作った卵液をバットに流し込み、そこに食パンを浸す。
「よし。あとは……しっかり染み込むまで、30分くらい待つ、と」
私はバットをそのままにし、パタパタと寝室のドアの前まで戻った。
ドアをほんの少しだけ開け、その隙間からベッドで眠る朝陽くんを覗き込む。
(……じーっ…………)
途中で起きてきてしまっては、サプライズにならない。
私はドアの隙間から、彼が目を覚まさないか、ひたすら真剣な顔で寝顔の見張り番をすることにした。
大好きな人の寝顔を見ているだけの30分間は、全く退屈しなかった。
30分後。
朝陽くんがまだぐっすり眠っていることを確認し、私は再びキッチンへと戻ってきた。
「よしっ、ここからが本番……!」
フライパンを火にかけ、バターをひとかけら落とす。
じゅわぁっ、という食欲をそそる音と共に、バターの甘くて濃厚な香りがキッチンいっぱいに広がった。
そこに、卵液に浸しておいた食パンをそっと乗せる。
「焦がさないように、弱火でじっくり……」
ここで、さっきのYouTube動画のもう一つの裏技を思い出す。
『短い漬け込み時間だと、どうしてもパンの芯まで卵液が染み込んでいないことがあります。そんな時は、焼いている途中に 刷毛(ハケ) を使って、残った卵液をパンの表面に塗りながら焼いてみてください!』
私は引き出しからシリコン製の刷毛を取り出し、バットに残っていた卵液をたっぷりと含ませた。
そして、フライパンの上で焼かれている食パンの表面に、ペタペタと卵液を塗っていく。
ひっくり返して、裏面にもペタペタ。これを繰り返すことで、中までしっとりとした仕上がりになるらしい。
バターが焦げる香ばしい匂いと、卵とお砂糖が焼ける甘い匂いが混ざり合い、キッチンは幸せな香りで満たされていく。
「……うん! すっごくいい色!」
お皿に移したフレンチトーストは、見事なきつね色に焼き上がっていた。
初めてにしては、見た目は良い方だと思う。
ただ、朝陽くんがいつも作ってくれる、極厚のパンを一晩漬け込んだ中までとろとろのプリンみたいなフレンチトーストに比べると、6枚切りで作った私のフレンチトーストは、まだまだ食べ応えや完成度で勝てない気がする。
「……でも、初めて作ったフレンチトーストだもん。一番に食べてほしいな」
仕上げに、朝陽くんがいつもやってくれるように、メープルシロップをとろりと垂らし、粉砂糖を雪のように振りかけた。
完成だ。
私はお皿をダイニングテーブルに並べ、エプロンを外した。
キッチンからリビング、そして寝室まで、フレンチトーストとバターの甘い匂いが漂っている。
私は寝室のドアを開け、ベッドのふちに腰を下ろした。
そして、愛おしい寝顔に向けて、とびきりの笑顔で声をかけた。
「朝陽くんっ、起きてー! 朝ご飯、できたよ!」
さあ、私の大好きな彼氏は、どんな顔をして喜んでくれるだろうか。