作品タイトル不明
第382話:新学期と、絶品角煮
冷蔵庫でしっかりと冷やした生チョコトリュフは、極上の仕上がりだった。
午後のお茶の時間。
口に入れた瞬間に広がる純ココアのほろ苦さと、体温でとろける濃厚で甘いチョコレートのコントラストに、凛は「……んん〜っ、美味しい……」とこの上なく幸せそうな笑顔を浮かべていた。
そして、晩ご飯、お風呂、寝る前のマッサージを終え、連休最終日の夜。
部屋の電気を消し、静かな暗闇の中で肩を寄せ合いながら、俺たちはぽつりぽつりと話し合っていた。
「……明日から、いよいよ学校だな」
「うん。なんだか、すごく久しぶりな気がする」
「クリスマス前から、二人で本当に色んなことがあったからな」
クリスマスに始まり、お正月のお泊まり、そしてこの連休。
非日常と甘い日常がぎゅっと詰まった冬休みを振り返りながら、俺たちは温かい布団の中で静かに眠りについた。
翌朝。
冬休み明けの新学期初日。俺たちはいつも通り、二人並んで学校へと登校した。
「おはようございます、二人とも」
「相変わらず、新年早々見せつけてくれるなぁ」
「お前らもう、とっとと結婚しろよな」
教室に入るなり、クラスメイトたちからはすっかり呆れ返ったような、けれど温かいイジりの言葉が飛んでくる。
そんな中、友人の大輝と寺田さんが俺の席にやってきた。
「よお朝陽! 正月はどっか行ったのか?」
「ん? ああ、色んなところに行ったけど……凛の実家にも、新年の挨拶に行ってきたよ」
俺がサラリとそう答えると、大輝と寺田は目を丸くして顔を見合わせた。
「はあっ!? お前、冬月さんの実家行ったの!?」
「すごいね! もう親公認ってやつじゃん!」
「親御さんが応援してくれてるなら、心強いな!」
男子たちの賑やかな冷やかしの声に、俺は「まあな」と少し照れくさく頭を掻いた。
俺たちの関係がこうして友人たちに認められ、温かく見守られていることが、純粋にありがたかった。
放課後。
特に寄り道もせず、二人で一緒にアパートへと帰宅した。
私服に着替え、キッチンに立つ。
「さて、今日の晩ご飯はどうしようか」
冷蔵庫を開けて中身を確認していると、奥の方鎮座している大きめのタッパーと目が合った。
お正月、俺の実家から帰る際におばあ様が持たせてくれたものだ。
「おっ、これがあったか」
「朝陽くん、それなに?」
「おばあ様特製の『豚の角煮』だよ。結構たくさんあるから、今日はこれをご飯のおかずにしよう」
「わぁっ、角煮!」
凛が嬉しそうに小走りで寄ってくる。
俺はタッパーから角煮と煮汁を小鍋に移して温め直し、その間に炊きたてのご飯と、豆腐のお味噌汁、そしてさっぱりとしたトマトとレタスのサラダを用意した。
おばあ様のおかげで、今夜も楽をさせてもらえる。
本当にありがたい限りだ。
「いただきます!」
食卓の真ん中には、ツヤツヤと輝く飴色の豚の角煮。
お箸をそっと入れると、力を入れていないのに、お肉の繊維がホロリとほどけるように崩れた。
「……んっ! なにこれ、すっごく柔らかい……!」
一口食べた凛が、驚きで目を丸くする。
俺も角煮を口に運ぶと、とろけるような脂身の甘さと、お肉の旨味がギュッと詰まった甘辛いタレが口いっぱいに広がった。
すぐに白いご飯をかき込む。……うまい。これは完全なるご飯泥棒だ。
「それにこれ、全然脂っこくないね。角煮って、もっと胃にズシンとくるイメージだったけど」
「ああ。普通は下茹でして脂を抜くんだが、おばあ様の場合はちょっと独特なんだよ。たしか、大根おろしを入れたお湯で下茹でするって言ってた気がする」
「大根おろしで?」
「大根の酵素がお肉を柔らかくして、臭みや余分な脂をスッキリ落としてくれるらしいんだ。今度電話した時、詳しいレシピをちゃんと教えてもらおうぜ」
「うんっ! 私も知りたい!」
絶品の角煮と白いご飯を頬張りながら、俺たちの平和な食卓は笑顔で満たされた。
お風呂上がり。
時刻は夜の10時を回った頃。
「……朝陽くん」
「ん?」
「寝る前に1時間だけお仕事したいんだけど……一人じゃ寂しいから、一緒にいて?」
お風呂上がりの少し火照った顔で、凛が俺の服の裾をキュッと引っ張った。
断る理由などない。
俺は自分のノートパソコンを抱え、凛の部屋へと移動した。
凛はイラストの作業を進め、俺はその隣に座り、昨日撮影した『生チョコ作り』の動画編集を進める。
カツカツというペン先の音と、カタカタというキーボードのタイピング音だけが静かに響く、心地よい1時間だった。
「ふぅ、キリがいいから今日は終わりっ」
「お疲れ。俺もいいところまで進んだよ。……じゃあ、そろそろ寝るか」
俺がパソコンを閉じると、凛は当然のように自分のベッドへと潜り込んだ。
今日は平日だ。
実家での連日のお泊まりや、連休中のわがままは特別として、一応俺たちの間には『一緒に寝るのは休みだけ』というルールがある。
「じゃあ、俺は自分の部屋に戻るから。おやすみ、凛」
「えっ」
俺が立ち上がろうとすると、凛がガバッと布団から身を乗り出し、俺の腕を両手でガッチリとホールドした。
「……待って。無理」
「無理って、お前なぁ。平日は別々に寝る約束だろ?」
「だって、お正月ずっと一緒に寝てたのに……急に一人で寝るなんて、寂しくて眠れるわけないもん。絶対無理」
琥珀色の瞳を潤ませ、頑として腕を離そうとしない。
こうなった時の『氷の令嬢』は、テコでも動かないほど頑固なのだ。
「……はぁ。わかったよ」
結局、俺が折れるしかない。
俺は一度自分の部屋に戻り、敷布団と掛け布団一式を持って凛の部屋へと戻ってきた。
凛がベッドの上で満足そうに微笑む中、俺はそのすぐ横の床に布団を敷き、そこに潜り込んだ。
「これなら文句ないだろ?」
「うんっ。同じ部屋なら、寂しくない」
「ほんと、甘えん坊すぎるだろ……おやすみ」
「えへへ、おやすみなさい」
同じ部屋での別々就寝というスタイルで妥協し、俺たちは穏やかな眠りについた。
それから、金曜日も同じように平和な日常として過ぎていき。
いよいよ迎えた、土曜日の朝。
「朝陽くん、準備できたよ!」
「おう、こっちもいいぞ」
待ちに待った週末。
今日は、連休中に約束した『春服の買い物』と、『2人用ソファ探し』のデートの日だ。
少しだけおめかしをした凛と一緒に、俺たちは期待に胸を膨らませてアパートのドアを開けた。