軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第375話:アップデートと、帰還

「……んん……」

翌朝。

窓から差し込む冬の柔らかな日差しと、一階から漂ってくるお味噌汁のいい匂いで、俺はゆっくりと目を覚ました。

「……あ」

視界がクリアになって最初に目に入ったのは、俺の腕の中でスヤスヤと規則正しい寝息を立てている凛の顔だった。

昨晩、結局一つの布団でぴったりと抱き合ったまま眠りについた俺たち。

俺の腕はしっかりと彼女の背中に回され、彼女の顔は俺の胸元に埋もれている。

(……見つかる前に起きられて、本当によかった)

もしこの状態をおじさんたちに見られていたらと思うと、少しだけ背筋が冷たくなる。

俺はそっと腕を抜き、「凛、朝だぞ」と優しく声をかけて彼女を起こした。

「おはよう、二人とも。よく眠れた?」

「おはようございます。……はい、とてもよく眠れました」

少し照れくさそうにはにかむ凛と一緒に、リビングへと顔を出す。

どうやら、一つの布団で寝ていたことはバレていないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。

テーブルには、湯気を立てるお味噌汁と、ふっくらと焼かれた鮭、そして綺麗に巻かれた卵焼きが並べられていた。

四人で食卓を囲み、「美味しいね」と笑い合いながら、温かい朝食の時間を過ごした。

食後のお茶を飲んでいると、キッチンで洗い物をしていたおばさんが振り返って尋ねてきた。

「朝陽、今日の午前中はどこか出かけたりしないの? せっかくだし……」

「あー……いや、いいよ」

俺は少しだけ言葉を濁して首を横に振った。

内心を言えば、こんなに可愛くて自慢の彼女を昔の同級生たちに見せびらかしてやりたい気持ちも、ほんの少しだけある。

だが、あの頃の同級生になんて心底どうでもいいし、わざわざ会うのは面倒くささが勝る。

「特に会う予定もないし。出発まで、家でゆっくりさせてもらうよ」

「そう? まあ、二人がそれでいいならゆっくりしていきなさいな」

おばさんが微笑んで頷いてくれた後、俺は隣に座る凛に小声で話しかけた。

「ごめんな。せっかく俺の地元まで来てくれたのに、観光とか全然できなくて」

「ううん」

凛は、透き通るような琥珀色の瞳を細めて、ふるふると首を横に振った。

「私は、朝陽くんと一緒にいられるだけで幸せだから。観光なんてしなくても、全然大丈夫だよ」

そう言って見せてくれた極上の笑顔に、俺の胸の奥がじんわりと温かくなる。

午前中は、彼女の言葉に甘えて、二人でテレビや動画を見ながら、ソファでとことんまったりとした時間を過ごした。

お昼ご飯をご馳走になった後、おじさんの運転する車で駅まで送ってもらった。

「二人とも、またいつでも帰っておいで」

「はい。二日間ありがとう」

「ありがとうございました。……すごく、楽しかったです」

改札の前で、俺たちは深く頭を下げた。

笑顔で手を振ってくれる二人に見送られながら、俺と凛は帰りの電車へと乗り込んだ。

ガタン、ゴトンと揺れる車内。

行きとは逆方向へと進む電車の中から、遠ざかっていく町の景色を眺める。

「……楽しかったね、朝陽くん」

隣に座る凛が、俺の肩にそっと寄りかかりながら呟いた。

「ああ。……本当に、楽しかった」

俺は、窓の外の景色を見つめたまま頷いた。

親を亡くし、あんなにひどいいじめに遭ったこの町。

正直に言えば、これまでは帰ってくるのが少し憂鬱になる場所だった。

息苦しくて、暗い記憶ばかりがへばりついている町。

けれど、今は違う。

隣で笑ってくれる凛のおかげで、お風呂場での冷たくて暗い記憶も、この町に対する重たい感情も、すべてが『温かくて楽しい思い出』へと上書きされたのだ。

「凛」

「ん?」

「凛のおかげだよ。……一緒に来てくれて、本当にありがとう」

俺が真っ直ぐに見つめて感謝を伝えると、凛は少しだけ頬を赤らめて、「えへへ、どういたしまして」と嬉しそうに俺の腕に抱きついてきた。

午後3時。

見慣れた景色を抜け、俺たちは無事に自分たちのアパートへと帰還した。

「ふぅーっ、着いたぁ!」

「お疲れ様。やっぱり、自分の部屋が一番落ち着くかもな」

この四日間、お互いの実家を行き来して、色々とバタバタしていた。

楽しいことばかりだったけれど、気疲れもそれなりにあったはずだ。

荷物を片付け、お互いにリラックスできる部屋着に着替えると、俺たちは吸い寄せられるようにソファへと倒れ込んだ。

「あー……もう今日は、一歩も動きたくない……」

「ははっ、いいよ。今日の晩ご飯は、適当に簡単なものにしよう」

俺の肩に頭を乗せて目を閉じる凛の黒髪を、優しく撫でる。

静かな部屋に、エアコンの音だけが微かに響く。

やっぱり、この『日常』の空間が一番ホッとする。

「そういえば、凛。仕事の方はいつから再開するつもりなんだ?」

俺がふと尋ねると、凛は目を閉じたまま「んー……」と少し考え込んだ。

「明日、5日からは少しずつペンを持とうかなって思ってる」

「明日からか。あんまり無理するなよ?」

「うん。冬休み丸々お休みもらってたから、初っ端からガーンって飛ばしちゃうと、体調崩しちゃうかもしれないし。少しずつ、感覚を慣らしていくつもり」

自分のペースと体調をしっかりと管理して仕事に向き合うその姿勢は、普段の甘えん坊な彼女からは想像できないほど、プロの顔だった。

そういうところも、俺が彼女を尊敬してやまない部分の一つだ。

「そっか。俺も明日から、またしっかりサポートするからな」

「えへへ、頼りにしてるね」

俺はスマホを取り出し、カレンダーのアプリを開いた。

「えっと……学校が始まるのが7日からで。そのあと、9、10、11日が連休になってるな」

「あ、本当だ。お休みいっぱい」

「じゃあさ、その連休のどこかで……二人で、春物の服でも買いに行かないか?」

俺が提案すると、凛はパッと顔を上げて、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせた。

「行く! 行きたい!」

「よし、じゃあ予定空けとくからな」

非日常だった特別なお正月イベントが終わり、またここから、俺たちの甘くて温かい『日常』が始まっていく。

隣で嬉しそうに笑う彼女を見つめながら、俺はこれからの毎日に、これ以上ないほどの期待と幸せを感じていた。