作品タイトル不明
第369話:思い出のアルバムと、おせちリメイク
朝食を終え、リビングで温かいお茶を飲みながらまったりとくつろいでいた午前10時。
「朝陽くん、ちょっと面白いものがあるのよ」
おばあ様が、棚の奥から分厚いアルバムを何冊も抱えて持ってきた。
それを見た瞬間、隣に座っていた凛が弾かれたように立ち上がった。
「お、おばあちゃん!? なんでそれ持ってくるの!?」
「いいじゃないの。朝陽くんに、凛の可愛い頃を見てもらおうと思って」
「ダメーッ! 朝陽くん見ちゃダメ!」
顔を真っ赤にしてアルバムを隠そうとする凛。
しかし、学校では『氷の令嬢』と呼ばれている彼女の、俺の知らない過去の姿。
そんなもの、興味が湧かないわけがない。
「凛、減るもんじゃないし、少しだけ見せてくれよ」
「減るの!!うぅ……朝陽くんのいじわる……」
俺が優しく諭すと、凛は涙目で抗議しながらも、渋々といった様子で俺の隣にちょこんと座り直した。
おばあ様がアルバムのページをめくる。
そこには、保育園の発表会で少し不機嫌そうに木の役をやっている凛や、小学校の運動会で泥だらけになりながら走っている凛の姿があった。
「凛って、昔は結構おてんばだったんだな」
「そうなのよ。この頃は男の子に混ざって木登りしたり、虫を捕まえたりして、毎日服を泥だらけにして帰ってきてたわ」
「おばあちゃん! それ以上は言わないで……!」
両手で顔を覆って悶える凛。
今の大人びてクールな姿や、俺の部屋でスウェットを着てだらけている姿からは想像もつかないくらい、活発でわんぱくな幼少期。
そのギャップがたまらなく可愛くて、俺は自然と頬が緩んでしまう。
ページを進めると、ふと、おばあ様の手が止まった。
「昨日の初詣の着物姿も綺麗だったけれど……次は、この子の成人式ね」
おばあ様は、少しだけ目を細めて愛おしそうにアルバムを撫でた。
「孫娘の成人式には、とびきり綺麗な振袖を一緒に選びに行こうって、おじいちゃんとずっと話してるのよ。朝陽くん、その時はぜひ晴れ姿を見に来てやってちょうだいね」
「はい、もちろんです。……絶対に、見に行きます」
凛の振袖姿。
昨日の着物姿でも破壊力抜群だったのに、数年後、さらに大人になった彼女の成人式の晴れ姿を想像するだけで、俺の心臓は密かに高鳴った。
お昼前になり、おばあ様がキッチンへと向かった。
俺も立ち上がり、「お昼ご飯、俺も手伝いますよ」と声をかけた。
古い日本家屋の台所は、長年おばあ様が守ってきた城だ。
他の人が勝手に使うのを嫌がる人もいるため、俺はあくまで「お手伝い」というスタンスで申し出た。
「ありがとう、朝陽くん。でも大丈夫よ、今日はおせちの残りを使った簡単なものだから。朝陽くんは勉強がてら、見ててちょうだい」
そう言って、おばあ様は手際よく調理を始めた。
昨日の残りのカニの身を丁寧にほぐし、おせちで余っていた紅白のかまぼこや椎茸の煮物を細かく刻んでいく。
鍋にカニの殻から取った濃厚な出汁を沸かし、そこにご飯と刻んだ具材を投入する。グツグツと煮立ったところで、溶き卵をふわりと回し入れた。
フワァッ……と、カニと鰹出汁の極上の香りがキッチンいっぱいに広がる。
「すごくいい匂いですね。おせちの具材を雑炊にするなんて、思いつきませんでした」
「ふふっ、かまぼこや椎茸からもいいお出汁が出るのよ。それに、これならお腹にも優しいでしょ?」
完成したのは、『特製カニとおせちの極上雑炊』。
さらに、余っていた栗きんとんをクリームチーズと和えた小鉢なども添えられ、あっという間に豪華なお昼ご飯が完成した。
「いただきます!」
熱々の雑炊をフーフーと冷まし、一口食べる。
カニの強烈な旨味と、おせちの具材から染み出した甘み、そしてふわふわの卵が一体となって、口の中で爆発した。
「……っ! すっごく美味しいです。本当に料理上手ですね。俺、すごく勉強になります」
家事スキルには自信がある俺だが、やはり長年の経験に裏打ちされたおばあ様の味には敵わない。
隣では、凛も「おばあちゃんの雑炊好き!」と、ハフハフ言いながら夢中で頬張っていた。
昼食を終え、いよいよアパートへ帰る時間。
玄関先には、大きな紙袋がいくつも並べられていた。
「これ、カニの残りとお餅。あと、このタッパーにはお煮しめが入ってるから。朝陽くん、持って帰りなさい」
「こんなにたくさん……! ありがとうございます」
「いいのよ。これで、凛に美味しいものをたくさん食べさせてやってね」
おばあ様がニコニコと笑いながら、ずっしりと重い紙袋を俺に手渡してくれた。
すると、横からおじいちゃんが凛の肩をポンと叩いた。
「いいか、凛。 仕事(イラストレーター) を頑張るのも大事じゃが、まずは体に気をつけること! それから、ちゃんと朝陽くんの言うことを聞くんじゃぞ!」
「もう、わかってるよおじいちゃん」
「朝陽くん」
おじいちゃんは俺の方を向き、真剣な、けれどとても温かい目をして俺の肩を強く握った。
「凛のこと、よろしく頼むな。……たまには、わしらもアパートの方に遊びに行くからな!」
「はい! いつでもお待ちしています。二日間、本当にお世話になりました」
俺たちは深く頭を下げ、おじいちゃんとおばあ様に見送られながら、実家を後にした。
帰りの電車の中。
行きと同じようにガラガラの車内で、俺たちは両手にたくさんの荷物を抱えながら並んで座っていた。
ガタン、ゴトンという一定のリズムに揺られながら、凛がそっと俺の肩に頭を預けてくる。
「……色々あったけど、すごく楽しかったね」
凛が、目を細めて幸せそうに呟いた。
「ああ。美味しいものもいっぱい食べられたし、凛の昔の可愛い写真も見られたしな」
「もう、写真は忘れてよぉ……」
照れ隠しで俺の腕にすりすりと額を押し付けてくる凛。
その温もりと、少しだけ大人びた石鹸の香りに包まれながら、俺はこれから始まる彼女との『日常』が、さらに愛おしく感じられていた。