作品タイトル不明
第370話:贈り物と、限界突破の充電タイム
ガタン、ゴトン……。
凛の実家からの帰り道。
少し空席が目立つ午後の電車内で、俺と凛は並んで座り、流れる車窓の景色をのんびりと眺めていた。
「おじいちゃんもおばあ様も、本当に元気そうでよかったな」
「うん。朝陽くんが来てくれて、二人ともすごく喜んでたよ。美味しいものもいっぱい食べさせてもらったし」
「帰ったら、お礼の電話入れておかないとな」
そんなふうに穏やかに談笑していると、俺のポケットの中でスマホが短く震えた。
「ん? 誰かからLINEだ」
画面を開くと、そこに表示されていた送り主の名前に少し驚く。
「……おばあ様からだ」
「えっ、おばあちゃんから?」
凛も気になったのか、俺の肩に寄りかかるようにしてスマホの画面を覗き込んできた。
トーク画面を開くと、短いメッセージと共に、数枚の写真が送られてきていた。
『朝陽くん、二日間ありがとうね。これ撮っておいた写真よ』
添付された一枚目の写真をタップして拡大する。
そこには、初詣へ行く前に着付けを終えたばかりの、息を呑むほど美しい凛の着物姿が収められていた。少し照れくさそうにはにかむ表情が、高画質でバッチリと捉えられている。
さらに二枚目の写真は、神社の境内。
出店の前で、俺と凛が『10円パン』を分け合って、楽しそうに笑い合っている自然な姿だった。
「うわ……、いつの間にこんな写真撮ってたんだ?」
「ああっ!? ちょっと、恥ずかしい……っ!」
自分の写真を見た凛が、パッと顔を赤らめて俺のスマホを手で隠そうとする。
俺はヒョイッとスマホをかわし、嬉しくて自然と頬を緩めた。
「いや、俺としてはすっごくありがたいよ。本当は昨日、凛の着物姿を写真に撮りたかったんだけど、見惚れちゃってそれどころじゃなかったからさ」
「み、見惚れ……っ!?」
「こんなに綺麗なんだから、最高の思い出に決まってるだろ。宝物にするよ」
「〜〜〜〜っ!」
俺が真っ直ぐに伝えると、凛は耳の先まで真っ赤にして、両手で顔を覆ってしまった。
と、その時。
『ピコン』
おばあ様から、追撃のメッセージが届いた。
『これもあげるわね』
その言葉と共に送られてきたのは――今日の午前中に実家で見た、あの『泥だらけで虫取り網を振り回しているおてんばな幼少期の凛』の写真だった。
「あっ」
「――――ッ!!」
画像が表示された瞬間、凛の動きがピタッと止まった。
そして、車内だから大声を出せないと理性が働いたのか、両手で口を強く塞ぎ、
「(ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!)」
声にならない、無音の絶叫を上げた。
「ぷっ……あははっ!」
「(あさひくんっ! わらわないで! けして! いますぐけしてぇぇ!)」
声には出さないものの、目を見開いて必死に抗議してくる凛。
俺はその可愛すぎる反応に笑いを堪えきれず、すかさず画像を端末に保存してから、おばあ様に『ありがとうございます。大切にします』と返信を送った。
「(……うぅぅ)」
それを見た凛は、涙目になりながら、俺の腕をぽかぽかと恨めしそうに叩き続けるのだった。
最寄り駅に到着し、二人で歩き慣れた道を抜けて、俺たちのアパートへと帰還した。
しかし。
電車を降りたあたりから、凛はなぜかずっと無言のままだった。
怒っているわけではなさそうだが、どこかソワソワとして、何かに必死に耐えているような雰囲気を醸し出している。
「ふぅ、着いたな。やっぱり自分の部屋が一番落ち着くかも」
それぞれの部屋の鍵を開けつつ、俺は背負っていたリュックを下ろした。
「おばあ様にもらったカニとおせちの残りは、とりあえず俺の部屋の冷蔵庫に入れておくからな。今日の夜も、また豪華なご飯にしよう」
「……うん」
「どうかしたか? 電車の中からずっと静かだけど」
「ううん、なんでもない。……私、ちょっと自分の部屋で着替えてくるね」
凛はそれだけ言うと、少し急ぎ足で自分の部屋へと入っていってしまった。
(……疲れが出たのかな)
俺も部屋に入り、暖房をつける。
持ち帰ったタッパーや紙袋を冷蔵庫に丁寧にしまい終えると、俺も私服から、先日二人でお揃いで買った『もこもこの 部屋着(ネイビー) 』へと着替えた。
それから数分後。
コンコン、と玄関のドアが控えめにノックされた。
「開いてるぞー」
ガチャリとドアが開き、俺と同じもこもこの部屋着に着替えた凛が、パタパタと足音を立てて部屋に入ってきた。
そして、リビングの中央に立っていた俺の姿を真っ直ぐに見据えると。
一切の言葉を発することなく、一直線に歩み寄ってきて――。
「えっ、ちょっ――」
ドスンッ!
「……っ」
「おわっ!?」
凛は俺の胸に顔を埋めるようにして、両腕でギュウゥゥッと力強く抱きついてきた。
「り、凛……?」
「…………」
「どうしたんだ、急に」
尋ねても、凛は無言のまま、俺の背中に回した腕の力をさらに強めるだけだった。
俺の胸元にすりすりと額を押し付け、深呼吸をするように俺の匂いを胸いっぱいに吸い込んでいる。
その様子を見て、俺はようやく彼女が無言だった理由に気がついた。
(……ああ、なるほど)
実家では、おじいちゃんやおばあ様の目があった。
いくら公認の仲とはいえ、さすがに人前でベタベタとくっつくわけにはいかず、夜もそれぞれの部屋で別々に寝ていた。
つまり凛は、この二日間、圧倒的に『俺と触れ合う時間』が足りていなかったのだ。
「……充電中、か?」
俺が優しく背中を撫でながら小さく問いかけると、凛は胸に顔を埋めたまま、コクンと頷いた。
「……実家だと、全然くっつけなかったから。……朝陽くん成分が、足りない」
「あはは、そっか。我慢してたんだな。お疲れ様」
限界突破して甘えてくる彼女が愛おしくて、俺もゆっくりと両腕を彼女の背中に回し、その小柄な体をしっかりと抱きしめ返した。
もこもこの部屋着越しに伝わってくる、温かい体温。
シャンプーの甘い香りが、俺の心までじんわりと解きほぐしていく。
「……あったかい。やっぱり、朝陽くんが一番落ち着く……」
「俺もだよ」
しばらく立ちっぱなしで抱き合った後、俺たちはそのままの体勢でソファへと移動した。
午後3時。
テレビをつけ、バラエティ番組の賑やかな音をBGMにしながら、俺たちは一つの毛布を被ってぴったりとくっついていた。
俺の肩に頭を預け、安心しきったようにトロンと目を細めている凛。
(色々あったけど……やっぱり、この日常が一番幸せだな)
腕の中の確かな温もりを感じながら、俺はふと、明日の予定を頭に浮かべた。
(明日は……俺のおばさんの家への、新年の挨拶か)
両親がいない俺を、親代わりとして面倒を見てくれた親戚への挨拶。
正直、少しだけ心が重くなるような、複雑な感情を抱いてしまう相手だ。
でも。
(今の俺には、凛がいるからな)
隣で穏やかな寝息を立て始めた彼女の頭を優しく撫でながら、俺は『きっと大丈夫だろう』と、前を向いて静かに目を閉じた。