作品タイトル不明
第368話:おばあちゃんの事情聴取と、公開お目覚め
静まり返った客間。
俺が先ほどまで寝ていた布団の中にすっぽりと潜り込み、幸せそうに二度寝を満喫している凛の姿を前に、俺とおばあ様はしばらく言葉を失って立ち尽くしていた。
「…………」
「…………」
やがて、おばあ様がゆっくりと俺の方へ振り返った。
その目は、昨日までの優しげなそれとは違い、長年連れ添った家族を見守ってきた『保護者』としての、鋭く静かな光を帯びていた。
「……朝陽くん」
「っ、はい!」
俺は思わず、部活の顧問に呼ばれた新入生のようにピシッと背筋を伸ばした。
「一つだけ、聞かせてちょうだいね。……昨日の夜、一緒に寝てはいないわよね?」
静かな声色だったが、そこには誤魔化しを許さない絶対的な圧があった。
俺は冷や汗をかきながら、両手を体の横で揃え、全力で誠意を込めて釈明を始めた。
「ね、寝てません! 誓って一人で寝ました! 昨日の夜、凛が……その、少し寂しいとは言って俺の部屋にきたんですが、さすがにおじいちゃんたちのいる実家でそんなことはできないと、ちゃんと止めました。節度を持ったお付き合いをさせていただいています!」
「……ふむ」
「どうしても眠れないと言うので、俺が昨日着ていた服を座布団に着せて、抱き枕代わりに渡して部屋に戻したんです! 俺が朝起きた時も、間違いなく一人で目覚めました! 本当です!」
一気にまくしたてる俺の目を、おばあ様はじっと覗き込んだ。
長く生きてきた人の目は誤魔化せない。
俺の後ろめたいことなど一切ない真っ直ぐな視線を受け止めたおばあ様は、やがてフッと口元を緩めた。
「……ええ、嘘はついてなさそうね。朝陽くんが誠実な子だってことは、昨日から見ていればよく分かるわ」
「お、おばあ様……」
「ということは……」
おばあ様は再び、俺の残り香が染み付いた布団でスヤスヤと眠る孫娘に視線を戻した。
「この子は昨日の夜、一人で自分の部屋に戻ったけれど……朝陽くんが起きて部屋を出たのを見計らって、この温かい布団に潜り込んだってことね。……もう、どんだけ甘えてるのよ、この子は」
呆れたようにため息をつくおばあちゃん。俺も全く同感だった。
「……あの、おばあ様。今僕がここで凛を起こすと、俺が凛の部屋がもぬけの殻だったのを見たと気づかれて、お互いにすごく気まずいと思うんです。なので、俺はちょっと席を外していてもいいでしょうか……?」
これ以上彼女の恥の上塗りを避けるための、俺なりの気遣いだった。
しかし。
「あら? 何を言ってるの朝陽くん。席なんて外さなくていいのよ」
「えっ?」
おばあちゃんの瞳の奥が、キラリと悪戯っぽく光った。
「むしろ面白そうだから、今ここで、朝陽くんが優しく起こしてあげてちょうだい。後のフォローは私がしてあげるから」
「そ、そんな殺生な……!」
退路を断たれた俺は、覚悟を決めて布団の横に膝をついた。
そして、無防備な寝顔を晒す『氷の令嬢』の肩を、そっと揺する。
「……おい、凛。朝だぞ。起きろ」
「んぅ……」
俺の声に反応して、凛は眉を寄せ、布団に顔をすりすりと擦り付けた。
「……あさひくんの匂いするぅ……あったかい……えへへ……」
「〜〜〜〜ッ!!」
破壊力抜群の甘い寝言に、俺の顔が一気に熱を持つ。
後ろで見ているおばあちゃんも「あらあら」と口元を押さえて笑いを堪えている気配がした。
「……ん? あれ、朝陽くん……?」
ぱちり、と凛が目を覚ました。
見下ろす俺の顔を見て、とろんとした目で嬉しそうに微笑む。
「おはよぉ……えへへ、朝陽くんのお布団、すごく落ち着く……」
「…………凛。後ろ」
俺が引きつった顔で指差すと、凛はコテンと首を傾げながら、ゆっくりと背後を振り返った。
そこには、腕を組んで満面の笑みを浮かべるおばあちゃんが立っていた。
「おはよう、凛。ずいぶんと気持ちよさそうねえ」
「――――ッ!!?」
その瞬間、凛の顔から一気に血の気が引き、真っ青になった。
状況を完全に理解したのだろう。
自分が今いる場所、そしてそれを彼氏と祖母にバッチリ見られていたという事実。
「や、やらかした……っ」
凛はガクガクと震えながら、小さな声で呟いた。
「もう……。朝陽くんのことが大好きな気持ちはよく分かるけど、時と場合を考えなさい。おじいちゃんが見たら卒倒しちゃうわよ。これは絶対、おじいちゃんには内緒ね」
「は、はいぃ……ごめんなさい……」
おばあちゃんからの優しいけれど的確なお説教に、凛はシュンと肩を落として反省した。
だが、数秒後。
凛の表情がハッとしたように変わり、恐る恐る俺とおばあちゃんを交互に見つめた。
「……ちょっと待って。朝陽くんとおばあちゃん、私を起こしに来たんだよね……?」
「そうね」
「もしかして……私の部屋、開けた……?」
「開けたわよ。もぬけの殻だったから、こっちを探しに来たのよ」
おばあちゃんがあっさりと肯定する。
その言葉を聞いた凛は、青ざめていた顔を一瞬で沸騰したように真っ赤に染め上げた。
「〜〜〜〜ッ!!!」
無言のまま、バサッ! と布団を頭から被り、ダンゴムシのように丸まってしまった。
「ああもう、見られたぁぁ……最悪だぁぁ……」
布団の中から、くぐもった絶望の声が聞こえてくる。
(……見られたって、あれのことか)
実は、もぬけの殻だった凛の部屋を覗き込んだ時、俺は部屋の隅に置かれていた『あるもの』をバッチリ見てしまっていたのだ。
それが何かは……今は言わないでおこう。決してやましいものではないが、学校で『氷の令嬢』と呼ばれている彼女の威厳に関わる、可愛らしいものだったとだけ言っておく。
(凛の尊厳のために、あの記憶は俺の心の奥底に封印しておこう……)
「ほらほら、いつまで潜ってるの。朝ご飯冷めちゃうわよ。着替えたらリビングにいらっしゃい」
おばあちゃんがそう言って立ち去った後も、凛はしばらく布団から出てこようとはしなかった。
数十分後。
リビングのダイニングテーブルには、ようやく4人が揃い、平和な朝食タイムが始まっていた。
「おう、二人ともよく眠れたか?」
庭の手入れを終えて戻ってきたおじいちゃんが、熱い緑茶をすすりながら上機嫌に尋ねてきた。
「ビクッ!!?」
その瞬間、凛の肩が大きく跳ねた。
顔を真っ赤にしてうつむきながら、震える手でお味噌汁のお椀を持ち上げる。
「な、ななな、なにも、おかしなことはしてないよっ! ぐっすり、一人で、ね、寝ましたっ!」
「お、おう? そ、そうか……?」
何も知らないおじいちゃんが不思議そうに首を傾げる中、俺とおばあちゃんは視線を合わせ、こっそりと苦笑いを交わすのだった。