作品タイトル不明
第360話:ケーキとコーヒー、そして二人のお着替え会議
アパートに帰り、買ってきた荷物を冷蔵庫やパントリーへと綺麗に片付け終える。
暖房の効いたリビングには、じんわりとした心地よい温かさが満ちていた。
「ふぅ。じゃあ、ちょっと休憩にするか」
「うんっ! ケーキ、ケーキ!」
俺はキッチンに立ち、お湯を沸かしてコーヒーの準備を始めた。
ペーパーフィルターに挽きたての粉をセットし、細いお湯をゆっくりと注いでいく。
ポタポタと琥珀色の液体がサーバーに落ちる心地よい音と共に、部屋いっぱいにコーヒーの芳醇な香りが広がった。
駅前のケーキ屋さんで買ってきたショートケーキと、温かいコーヒーをテーブルに並べる。
「はい、お待たせ」
「わぁ……美味しそう! いただきます!」
凛はフォークで小さくケーキを切り分け、パクリと口に運んだ。
途端に、その端正な顔立ちがふにゃりとだらしなく緩む。
「ん〜っ! 生クリームが甘すぎなくて、すっごく美味しい!」
「ブラックコーヒーにもよく合うな。買って正解だった」
二人で並んでソファに座り、テレビで流れている年末の特番をぼんやりと眺めながら、甘いケーキとほろ苦いコーヒーを味わう。
外の寒さを忘れるような、本当に平和で満たされた時間だった。
ふと、凛がコーヒーカップを持ったまま、横目でじーっと俺の姿を見つめてきた。
「……ん? どうした? 俺の顔にクリームでもついてるか?」
「ううん、そうじゃないんだけど」
凛はコテンと首を傾げ、俺が着ているシンプルな無地のパーカーを指差した。
「朝陽くんって、部屋着や普段着は、いつもそういう無地のシンプルな服ばっかりだよね」
「あー……まあな。着やすさ重視というか、なんというか」
「付き合う前に、二人で一緒に買いに行ったお出かけ用のおしゃれな服はちゃんと持ってるけど……絶対的なバリエーションが少ないっていうか」
痛いところを突かれ、俺は思わず苦笑いした。
「確かに、服の種類は少ないかもしれないな。休日のちょっとした買い物とか、家にいる時はどうしても着慣れたパーカーとかスウェットに手が伸びちゃうんだよな」
俺の言葉を聞いた凛は、「もったいない!」とばかりに少しだけ身を乗り出してきた。
「朝陽くんは背も高いし、スタイルもいいんだから、もっと色んな服が似合うはずだよ!」
そう言うと、凛は自分のスマホを取り出し、ササッと手慣れた様子でメンズファッションのサイトを開いた。
そして、俺の肩とピッタリくっつくくらいに距離を詰め、画面を見せてくる。
凛から漂うシャンプーと甘い香水が混ざったような香りに、少しだけドキッとさせられる。
「ほら、見て! この冬物のチェスターコートとか、絶対に朝陽くんに似合うと思う! 大人っぽくてかっこいい!」
「お、おお……確かにかっこいいけど、俺が着こなせるかな……」
「着こなせるよ! あと、この春物のニット! 爽やかなブルーとか着てみてほしいな。いつもモノトーンが多いから、絶対に新鮮でかっこいいよ」
画面をスクロールしながら、次々と俺に似合いそうな服をピックアップしていく凛。
自分のために、一生懸命「これが似合う」「あれも着てほしい」と楽しそうに選んでくれる彼女の姿がたまらなく可愛くて、俺は少し照れくさくなりながらも、自然と口元が綻んでいた。
「……じゃあ、俺も」
俺は凛のスマホをそっと覗き込み、画面のタブを『レディース』のページへと切り替えた。
「えっ?」
「俺も、凛に似合いそうな服、選んでいいか?」
そう言って画面をスクロールし、見つけた一枚の写真を指差した。
「これ。こういう、ふわふわした白いニットとか、絶対に凛に似合うと思う」
「し、白いニット……」
「うん。凛はいつも可愛いけど、こういう柔らかい素材の服を着たら……もっと、可愛くなりそうだから」
俺が真っ直ぐに目を見てそう伝えると、凛の動きがピタッと止まった。
そして、数秒の沈黙の後――ボフッ、と音がしそうな勢いで、耳の先まで真っ赤に染まった。
「もっ、もっと可愛くなる……っ!?」
両手でパシッと自分の頬を覆い、ソファのクッションに顔を埋める凛。
ストレートに褒めすぎただろうかと思ったが、クッションの隙間からこちらを見上げてくる彼女の瞳は、嬉しさと照れくささで潤んでいた。
「……朝陽くんの、ばか」
「ごめんごめん。でも、本音だから」
「……ずるい」
凛はクッションを抱きしめたまま、もじもじと身をよじり、やがて消え入るような小さな声で呟いた。
「……じゃあ、年が明けたら」
「うん?」
「今度は、お洋服を買いに……二人でデートに行こっか。お互いに、似合う服……選び合いっこしよ?」
上目遣いでおねだりをしてくる氷の令嬢に、俺はもう完全にノックアウト寸前だった。
「ああ。……すっごく楽しみにしてる」
優しく微笑んでそう答えると、凛も嬉しそうにはにかんだ。
年末の静かな昼下がり。
コーヒーの香りと、甘いケーキの余韻。そして、来年の新しい約束。
二人きりの温かいリビングで、俺たちの幸せな時間はゆっくりと流れていった。