作品タイトル不明
第359話:お正月準備と、二人きりのランチタイム
「うわぁ、すっかり年末って感じだね」
午前10時。
アパートから少し歩いた先にある地元の大きめのスーパーは、お正月準備の買い物客でごった返していた。
店内には『お正月』の琴のBGMが軽快に流れ、入り口付近にはしめ縄や鏡餅がずらりと並べられている。
隣を歩く凛は、少しだけ俺のコートの袖を摘みながら、目をキラキラと輝かせていた。
今朝の『お目覚めのキス』の余韻のせいか、お互いに少しだけ顔を見ると照れくさいような、むず痒い空気が漂っている。
「はぐれないように気をつけてな。とりあえず、お正月用の食材から見ていくか」
「うんっ」
俺たちはカートを引きながら、特設コーナーへと向かった。
年が明けたら凛の実家に挨拶へ行く予定なので、アパートでフルセットのお節料理を作る必要はない。
今回は、お雑煮の材料と、お正月気分を味わえるちょっとしたものだけを的確にピックアップしていく。
「えっと、紅白のかまぼこに、伊達巻。あとは栗きんとんと、少し良いお肉屋さんの厚切りハムだな」
「お餅も買わなきゃだね! 朝陽くんのお雑煮、すっごく楽しみ」
「ああ、任せとけ。出汁からしっかり取るからな」
カートの中に次々と食材を入れていく。
「あ、明日の大晦日の夜はどうする? やっぱり年越し蕎麦かな」
「だな。ちょっと豪華に、天ぷらでも揚げようかと思ってるんだけど」
「天ぷら! 食べる!」
凛がパァッと花が咲いたように顔を輝かせた。
「朝陽くんの揚げたて天ぷら、大好きなの。海老もいいし、さつまいもとか、舞茸も食べたいな」
「オッケー、じゃあその辺りの具材も買っていこう」
鮮魚コーナーで大ぶりの海老をカゴに入れ、野菜コーナーを回る。
「これ、美味しそう」「こっちの野菜の方が新鮮だよ」と、二人で頭を寄せ合いながら食材を選んでいく時間は、ただのスーパーでの買い物なのに信じられないくらい楽しい。
買い出しを終えた俺たちは、スーパーの近くにあるこぢんまりとした洋食屋さんでランチにすることにした。
カランコロン、とドアベルを鳴らして店内に入ると、デミグラスソースとバターの濃厚な香りが鼻をくすぐる。
「外、けっこう寒かったね」
「ああ。温かいもの食べよう」
窓際のテーブル席に向かい合って座り、俺は熱々の鉄板に乗った『粗挽きハンバーグ』を、凛はチーズがたっぷり乗った『シーフードドリア』を注文した。
ジュゥゥゥッ……!
しばらくして運ばれてきたハンバーグは、ナイフを入れた瞬間に透明な肉汁が滝のように溢れ出した。
濃厚なデミグラスソースと絡めて口に運ぶと、肉のガツンとした旨味と玉ねぎの甘みが一気に広がる。
「んっ……美味い」
「ふふっ、朝陽くん、すごく美味しそうに食べるね」
「凛のドリアも美味そうだな。チーズがグツグツ言ってるぞ」
こんがりと焼き目のついたチーズの海の中から、凛がスプーンで熱々のホワイトソースと海老をすくい上げる。
ふーふーと息を吹きかけてから、小さく口を開けてパクリ。
「ん〜っ……! エビがぷりぷりで、ソースもすごく濃厚!」
美味しそうに頬を緩める凛を見ているだけで、俺の胃袋まで満たされていくような気がする。
と、凛がふいにスプーンでドリアをすくい直し、俺の方へと差し出してきた。
「朝陽くんも、ひとくち食べる?」
「おっ、いいのか? じゃあ……」
少しだけ身を乗り出して、凛の差し出したスプーンからドリアをパクリと口に含む。
クリーミーなホワイトソースと、バターライスの相性が抜群だ。
「美味い。……じゃあ、俺のハンバーグも」
俺もフォークでハンバーグを一口大に切り分け、凛の口元へと運ぶ。
凛は一瞬だけパッと顔を赤くしたが、すぐに嬉しそうに目を細めて「あーん」と口を開けた。
「……んっ。お肉がすっごくジューシーで美味しい!」
周りのお客さんから見れば、完全にバカップルに見えているかもしれない。
でも、そんなことが気にならないくらい、俺たちは二人きりの温かいランチタイムを満喫していた。
帰り道。
駅前のケーキ屋さんのショーケースに並んだショートケーキがあまりにも美味しそうで、おやつ用にふたつ、ちゃっかりと買って帰路についた。
午後2時。
両手に荷物を抱えて、アパートへと帰還する。
「ふぅー、着いた着いた」
「朝陽くん、荷物重かったでしょ。冷蔵庫に入れるの、手伝うね」
二人で手分けして、買ってきた食材を冷蔵庫やパントリーへとしまっていく。
最後に、スーパーで買ってきた小さな『鏡餅』のお飾りを、玄関の下駄箱の上にちょこんと乗せた。
「うん、いい感じだね。一気にお正月っぽくなったよ」
満足そうにお飾りを眺めていた凛が、ふと、俺の顔を見上げて柔らかく微笑んだ。
「……なんだか、本当の夫婦で年末の準備をしてるみたいだね」
ポツリとこぼれ落ちたその言葉に、俺の心臓がドクンと大きく跳ねる。
凛自身も、自分で言った言葉の意味に遅れて気づいたのか、みるみるうちに耳の先まで真っ赤に染まっていった。
「あっ、えっと! 今のはそういう意味じゃなくて……! ただ、お買い物して、一緒にご飯食べて、冷蔵庫にしまって……っていうのが……!」
「あ、ああ、分かってる。分かってるって」
慌てて両手を振って弁解する凛に、俺も顔を熱くしながら必死に頷く。
本当の夫婦みたい。
その響きが、たまらなくむず痒くて、けれど胸の奥がじんわりと温かくなるくらいに嬉しかった。