軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第355話:上達した包丁捌きと、揚げたて定食

帰宅してすぐ、俺たちは手を洗ってキッチンに並んで立った。

すでに炊飯器からは、炊きあがりを知らせる湯気と甘い匂いが漂っている。

俺は手早く小鍋に昆布と鰹節で出汁を取り、お味噌汁の準備に取り掛かった。

トントン、トントン……。

すぐ隣からは、小気味よいリズムの音が響いてくる。

凛が、明日の焼肉パーティーで使う野菜のカットをしてくれているのだ。

「玉ねぎは……えっと、輪切りでいいんだよね」

「うん。バラバラにならないように、少し厚めに切って爪楊枝を刺しておくと焼きやすいよ」

「なるほど……!」

真剣な横顔で玉ねぎを切り、続いて少し硬いかぼちゃにも慎重に包丁を入れていく凛。

出会った当初、包丁を持たせるだけでヒヤヒヤしていた『氷の令嬢』の姿はもうない。

この半年間、忙しいイラストレーターの仕事の合間を縫って、ずっと俺の隣でお手伝いをしてくれたのだ。

彼女の包丁捌きは、見違えるほど安定していた。

「……うん。凛、すごく上手くなったな」

「えっ」

「野菜の厚みも均等だし、安心して見てられる。成長したな」

俺が素直に褒めて頭をポンと撫でると、凛は包丁を置いて「えへへ」と照れくさそうに笑った。

少しだけ得意げに目を細めるその表情を見ているだけで、なんだか胸の奥がじんわりと温かくなる。

野菜のカットを終え、熱々のお味噌汁をお椀によそえば、あっという間に今日の晩ご飯の完成だ。

「「いただきます」」

テーブルに並んだのは、お肉屋さんで買ってきた揚げたてのお惣菜たち。

千切りキャベツを山盛りにしたお皿には、きつね色に揚がった大きな牛肉コロッケと、分厚いハムカツが鎮座している。

小鉢には、ごま油が香る中華クラゲ。

そこに炊きたての白米と、豆腐とわかめのお味噌汁。

気取らないけれど絶対に美味しい、完璧な『揚げ物定食』だ。

サクッ。

まずはハムカツをひとくち噛みちぎる。

粗めのパン粉が心地よい音を立て、中から分厚いハムの旨味と、ラードの香ばしい風味が口いっぱいに広がった。

すかさず白米を掻き込むと、もう箸が止まらない。

「んんっ……美味しいっ!」

向かいの席で牛肉コロッケを頬張っていた凛も、パッと花が咲いたように顔を輝かせた。

「お肉屋さんのコロッケ、すっごくホクホク! お芋が甘くて、お肉もしっかり入ってるよ」

「ほんとだ、これはご飯が進むな。合間に食べる中華クラゲも、コリコリしててさっぱりするし」

お互いのおかずをシェアしたり、熱々のお味噌汁でホッと一息ついたり。

豪華な海鮮や焼肉も最高に美味しいけれど、こういう素朴なお惣菜定食を「美味しいね」と笑い合いながら食べる時間こそが、一番の贅沢なのかもしれない。

夕食の片付けを終え、二人で順番に俺の部屋のお風呂に入る。

時計の針は、19時を回ったところだった。

「ふぅ……さっぱりしたぁ」

お風呂上がり。ゆったりとした部屋着に着替えた凛が、俺の隣でソファに腰を下ろす。彼女の髪からは、俺と同じシャンプーの甘い香りがふわりと漂っていた。

「今日は市場もスーパーも、けっこう歩き回ったからな。凛、足疲れてないか?」

「うーん……少しだけ、ふくらはぎが張ってるかも」

「じゃあ、ちょっとこっち向いて。足伸ばしていいよ」

俺が自分の太ももをポンポンと叩くと、凛は「いいの?」と少しだけ上目遣いになり、遠慮がちに俺の膝の上に両足を乗せた。

厚手のルームソックス越しに、冷えないように優しくふくらはぎを揉みほぐしていく。

「んっ……朝陽くんの手、あったかい……」

俺の手のひらの熱と、リズミカルなマッサージの刺激に、凛は気持ちよさそうに目を細めた。

次第にコクリ、コクリと頭を揺らし、完全に無防備な顔でとろけそうになっている。

学校で誰もが憧れる『氷の令嬢』のこんな姿を見られるのは、世界で俺だけだ。

「……よし、こんなもんかな。少しは楽になった?」

マッサージを終えて俺が一息ついた、その時だった。

「うん、ありがとう」

さっきまでウトウトしていたはずの凛が、すっとソファから立ち上がった。

そして、俺の目の前に立ち、腕を組んで上から見下ろしてきた。

「……凛?」

なんだか、急にリビングの空気が変わった気がする。

見上げると、凛はジト目で俺をじっと見つめていた。

どこか、旦那の帰りを待ち構えていた奥さんのような、そんな妙な凄みがある。

「さて。朝陽くん、お昼のこと……覚えてる?」

「え? お昼? ……あー、おじいちゃんが爆買いしたこととか?」

「違う」

凛はピシャリと言い放ち、さらに一歩、俺に近づいた。

「家に帰ったら、後でお話があります。……って、私、あのカフェの話題の時に言ったよね?」

「あっ……」

背筋に、ツーッと嫌な汗が流れた。

そうだ。カフェで家族会議を聞いていたことがバレた時、凛は顔を真っ赤にして確かにそう宣告していた。

「お話、聞かせてもらおうか。……どうしてあんなところにいたのか、ね?」

有無を言わさぬその圧力に、俺は無意識のうちにソファから滑り降り、スッと床で正座の姿勢をとっていた。