作品タイトル不明
第353話:出会いと、おじいちゃんムーブ
極上の特上海鮮丼を平らげた後、俺たちは源蔵さんが追加で頼んでくれた大粒のカキフライを堪能していた。
サクッとした軽快な音を立ててきつね色の衣を噛み破ると、中から熱々で濃厚な「海のミルク」がとろりと溢れ出す。
酸味の効いた自家製タルタルソースとの相性は抜群で、ご飯が無限に進んでしまいそうな美味しさだった。
「んんっ……美味しいっ」
隣では、凛が両手で頬を押さえながら幸せそうにカキフライを頬張っている。
その無防備な笑顔を見ているだけで、俺までお腹がいっぱいになりそうだった。
そんな和やかな食事の時間が続く中、温かいお茶を飲んで一息ついた源蔵さんが、ふと疑問を口にした。
「そういえば、朝陽くん。君と凛は同じ高校だと言っていたが……そもそも、どういうキッカケでそこまで親密な交際に発展したんだ?」
「あっ」
源蔵さんの真っ当な質問に、俺と凛は少しだけ顔を見合わせた。
(……どこまで正直に話すべきか)
とはいえ、ここで誤魔化すのも不誠実だ。
俺は凛がコクリと頷いたのを確認してから、出会いのキッカケを正直に話すことにした。
「実は、出会った当初……凛さんが栄養失調と寝不足で、玄関の前でうずくまって動けなくなっていたんです」
「……なっ!?」
俺の言葉に、源蔵さんがガタッと音を立てて身を乗り出した。
「げ、玄関の前でうずくまって…? 栄養失調で……?」
「はい。それを見つけて、放っておけなくて……俺の家で温かいご飯を食べてもらったのがキッカケです。それから、毎日一緒にご飯を食べるようになりました」
驚愕で顔面を蒼白にする源蔵さんに、凛が恥ずかしそうに身を縮めながら口を開く。
「あの時は、お仕事に夢中になりすぎて、お腹が空きすぎて倒れちゃって……本当に、朝陽くんに拾ってもらえなかったらどうなっていたか……」
凛はそう言いながら、俺を信頼しきった、甘く柔らかい視線で見つめてきた。
「……そうか」
源蔵さんは深く息を吐き出し、胸を撫で下ろした。
「本当に……朝陽くんが見つけてくれなかったら、凛はどうなっていたか。朝陽くん、改めて礼を言う。凛を助けてくれて、本当にありがとう」
頭を下げる源蔵さんに、俺は「いえ、俺の方こそ凛さんに毎日救われてますから」と慌てて手を振った。
少しだけしんみりとした、けれど温かい空気が個室を包み込む。
「…………ん?」
頭を上げた源蔵さんが、ふと何か引っかかったように眉間にシワを寄せた。
「……待てよ。朝陽くん。君はどうして、凛の部屋の玄関前にいたんだ……?」
「えっ」
「ん?」
俺と凛の声が重なる。
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「……いや、だって、凛の部屋の玄関前で倒れていたのを君が見つけたんだろう? なぜ、君がそこに……」
「あー……」
俺は冷や汗をかきながら、正直に答えるしかなかった。
「……俺の部屋、凛さんのお部屋の、すぐお隣なので」
「…………」
「……」
「お、お隣ぃっ!?」
本日最大級の絶叫が、高級海鮮店の個室に響き渡った。
「は、半同棲!? いつの間にそんなことに!」と白目を剥いて天を仰ぐ源蔵さん。どうやら、彼氏ができたこと以上の特大ショックを受けてしまったらしい。
魂が抜けかけたおじいちゃんをよそに、おばあ様がパンッと軽く手を叩いて空気を変えた。
「ところで凛。今日は二人でどうして市場に? お魚を買いに来たの?」
「う、うん。明日ね、お友達が3人来て、みんなで焼肉パーティーの忘年会をするの」
おばあ様のナイスアシストに乗り、凛が嬉しそうに答える。
「俺の家で、ホットプレートで海鮮も焼こうかって話になりまして。あと、年末年始に二人で食べる食材も買いに来たんです。ホタテとイカはもう買ったんですが」
「なんだと!?」
俺が足元の発泡スチロールの箱を見た瞬間――白目を剥いていたはずの源蔵さんが、カッ! と目を見開いて完全復活を果たした。
「明日パーティーをするのか! 若者が5人も集まって!」
「はい!」
「それなら、もっといいものを食わせてやらんとな! 若者5人なら、ホタテとイカだけじゃ全然足りんぞだろ」
「ええ、年末年始の分もね。瀬戸さんには本当にお世話になっているんだから、私たちからのお礼よ」
おばあ様もニコニコと笑いながら、すでに財布を取り出している。
どうやら、孫が友達とパーティーをする、年末年始を彼氏と過ごすと聞いて、おじいちゃんおばあちゃんの『甘やかしスイッチ』が完全にオンになってしまったらしい。
「さあ行くぞ朝陽くん! じいちゃんの甲斐性を見せてやる!!」
食後、俺たちは再び市場の活気ある喧騒の中にいた。
「おう! 大将! ここにある一番デカいタラバガニを頼む!」
「まいどありっ!」
「こっちの大トロのサクもだ! あと、年末用に数の子もいるな! エビも追加だ!」
源蔵さんが行きつけの店を練り歩き、次々と高級食材を爆買いしていく。
「ちょ、源蔵さん! そ、そんなにたくさん悪いですよ! 第一、もう発泡スチロールの箱に入りきりません!」
「気にするな! 箱ならもう一つ買えばいい!」
俺が慌てて止めるのも聞かず、源蔵さんは豪快に笑って次々と諭吉を召喚していく。
完全なるおじいちゃんの爆買いムーブだ。
「わぁ……おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう!」
「ふふっ、朝陽くんに美味しいご飯を作ってもらいなさいね」
凛は素直に甘えて大喜びしており、俺はただただ、増えていく巨大な発泡スチロールの箱を抱えるしかなかった。
「それじゃあ、気をつけて帰るんだぞ」
市場の入り口。
両手に持ちきれないほどの箱を抱えた俺たちを前に、源蔵さんが少しだけ名残惜しそうに目を細めた。
「凛、お正月はこっちに顔を出せそうか?」
「うん。1日の午後から帰って、2日の夕方にはこっちに戻ってくる予定だよ」
凛がそう答えると、源蔵さんはパッと顔を輝かせ、俺の肩をポンと力強く叩いた。
「おお、そうか! なら……朝陽くん! 君も一緒に来なさい!」
「えっ!? お、僕もですか!?」
「ええ。今度はぜひ、二人で遊びにいらっしゃいな。瀬戸さん、これからも凛をよろしくね」
おばあ様も、慈愛に満ちた優しい笑顔でそう言ってくれた。
完全に俺を「凛の隣に立つ人間」として受け入れてくれたその温かい言葉と、まさかのお正月実家訪問イベントの発生に、俺は驚きつつも深く頭を下げた。
「は、はい……! こちらこそ、今日は本当にありがとうございました!」
「最高の忘年会と、年末年始になりそうだな」
帰り道。
ずっしりと重い極上の海の幸を抱えながら、俺たちは駅への道を歩いていた。
おじいちゃんたちに認めてもらえた安堵感もあってか、足取りは驚くほど軽い。
「……ねえ、朝陽くん」
ふと、隣を歩いていた凛が、俺のコートの袖をきゅっと軽く引っ張った。
振り返ると、冬の冷たい空気の中でほんのりと頬を赤らめた彼女が、俺を見上げていた。
「早く……朝陽くんのご飯、食べたいな」
学校で見せる姿からは想像もつかない、甘えるような響き。
「……ああ。楽しみにしてて」
俺は、彼女のその無防備な笑顔を守るためなら、なんだってできるような気がした。