軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第352話:点と点が繋がる日と、おじいちゃんの奢り

「……おいしいっ」

運ばれてきた特上海鮮丼を一口食べた瞬間、凛の口からとろけるような感嘆の声が漏れた。

どんぶりには、ルビーのように艶やかに光るイクラ、黄金色の濃厚なウニ、そして口に入れた瞬間に脂が甘く溶けていく大トロや分厚いブリが、これでもかと盛り付けられている。

(……確かに、これは美味いな)

俺も一口食べて、その新鮮さと旨味の強さに驚いた。

普段スーパーで買うお刺身も美味しいが、やはり市場の高級店で食べる海鮮は格別だ。

そんな極上の海鮮丼を味わいながらも……俺は、正面から突き刺さるジト目をひしひしと感じていた。

「……それで?」

頬にお刺身を頬張ってリスのように口をモゴモゴと動かしながら、凛が目を細めて俺を睨んでくる。

顔はまだほんのりと赤い。

「朝陽くんはどうしてあの時、あのカフェにいたの?」

「あー……それはだな。クリスマスに、凛にプレゼントしたオルゴールがあっただろ?」

「うん」

「あれを作っている工房が、あの駅の近くにあったんだよ。それで、プレゼントを買った帰りにお腹が空いて歩いてたら、すごく美味しそうなパスタの看板が見えてさ。ふらっと入って、パスタを食べてたんだ」

俺がそう説明すると、凛はピタリと箸を止め、わなわなと肩を震わせた。

「な、なるほど……。じゃあ朝陽くんは、美味しいパスタを食べながら、私のあんな……あんな恥ずかしいセリフを聞いてたってこと……?」

「……はい。バッチリ聞いておりました」

俺が素直に白状すると、凛は「うぅ……」と顔を覆ってしまった。

親の前で『優しくてかっこよくて大好き』と惚気を全開にしていた時、当の彼氏はすぐ近くでパスタを啜っていたのだ。

彼女からすれば、穴があったら入りたいほどの羞恥だろう。

「……帰ったら、お話があります」

「承知いたしました」

耳まで真っ赤に染めながら宣告してくる凛に、俺は苦笑いしながら深く頷いた。

お説教という名の、可愛い照れ隠しが待っているに違いない。

そんな俺たちのやり取りを見て、おばあ様がフフッと上品に笑い、ふと疑問を口にした。

「そういえば瀬戸さん。さっきからおじいさんとお知り合いみたいだったけれど、いったいいつから知り合っていたの?」

「あっ」

おばあ様の質問に、源蔵さんがハッとしたように顔を上げた。

「……ほら、凛の両親が帰ってきていた日だ」

「ええ。あなたが市場でいろいろ買ってきた日よね」

「あぁ。あの時、わしが腰を痛めて、クーラーボックスを家まで運んでくれた若者がいたって話しただろ? ……あれが、朝陽くんだったんだよ」

源蔵さんの言葉に、おばあ様は驚いたようにパチリと目を瞬かせた。

「えっ、あの時言っていた、電車で席を譲ってくれて、クーラーボックスまで運んでくれた人って……瀬戸さんのことだったの!?」

「あぁ。あの時運んでくれたのが、朝陽くんだったんだ」

源蔵さんは、どこか誇らしげにガハハと豪快に笑った。

「あの時、わしが『凛もこういう相手を選べばいいのに』なんて言ってたら……本当に選んでいたとはな! 世間ってのは本当に狭いもんだ!」

源蔵さんが嬉しそうに笑うのを見て、凛はさっきまでの恥ずかしさをすっかり忘れたように、パァッと顔を輝かせた。

「えへんっ」

そして、わざとらしくコホンと咳払いをすると、おじいちゃんとおばあ様に向かって、えっへんと胸を張った。

「私の彼氏、すごいでしょ?」

「こら、凛。自分で言うな」

親戚の集まりで自慢の彼氏を見せびらかすようなドヤ顔に、俺はたまらずツッコミを入れる。

しかし、おばあ様はそんな凛を微笑ましく見つめた後、ふと不思議そうに首を傾げた。

「でも瀬戸さん。我が家まで荷物を運んでくれたってことは、うちの表札を見たわよね? その時に凛の家だって気がつかなかったの?」

「あ……『冬月』という表札は見たんですけど、まさかと思って」

俺は少し照れくさそうに頭を掻いた。

「同じ苗字の方もいらっしゃいますし、まさか凛さんのご実家だとは思いもしなくて……。ただの偶然だと思っていました」

「ふふっ、同じ苗字だからって、点と点が繋がらなかったわけね。本当に面白いご縁だわ」

おばあ様がクスクスと笑い、源蔵さんも「まさかあの時の兄ちゃんがな!」と何度も頷いている。

そんな和やかな空気の中、特上海鮮丼を食べ進めていると、源蔵さんがふと俺のどんぶりを見て声をかけてきた。

「朝陽くん。若いんだから、海鮮丼一つじゃ足りないだろ。遠慮せずに、好きなものをもう一品頼みなさい。カキフライでも、天ぷらでもいいぞ」

メニュー表を差し出してくる源蔵さんに、俺は慌てて手を振った。

「いえ! こんなに高価な海鮮丼をいただいているのに、これ以上は申し訳ないです。俺はこれで十分お腹いっぱいですから」

ただでさえ高校生には手が出ないような高級店だ。これ以上甘えるわけにはいかない。

しかし、源蔵さんは優しく目を細めて、俺の言葉を遮るように笑った。

「気にするな。こういう時は、お金を出したいもんだ。じいちゃんばあちゃんっていうのはな」

「……」

「凛を支えてくれたお礼だ。さあ、遠慮せずに食え!」

その大きく、温かく、愛情に満ちた言葉に。

俺は少しだけ胸が熱くなるのを感じながら、「……ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」と深く頭を下げた。

休日の市場の隅っこ。

高級な個室の中には、美味しいご飯の匂いと、四人の穏やかな笑い声がいつまでも響いていた。