作品タイトル不明
第343話:太陽の匂いのお布団と、くるまる氷の令嬢
お昼の絶品チャーハンでしっかりとエネルギーを補給した俺たちは、少しの休憩を挟んでから、大掃除の『午後の部』へと突入した。
午後は、両方の部屋の掃除機がけと床の拭き掃除、そして窓拭きだ。
まずは俺の部屋から取り掛かり、二人で協力して一気に仕上げていく。
「凛、そっちの窓ガラス、外側から拭いてくれるか? 俺が内側から拭くから」
「はーい! 任せて!」
窓ガラスを挟んで、内側と外側から同時にガラスクリーナーと雑巾を滑らせる。
キュッ、キュッという小気味良い音が響く中、ガラス越しに凛と視線がぶつかった。
彼女は「ここ、まだちょっと汚れてるよ」と指を差し、俺がそこを拭き取ると、パァッと花が咲いたような笑顔を見せる。
ただの窓拭きなのに、大好きな彼女と一緒だと、なぜか一つの遊びをしているような楽しい気分になってくるから不思議だ。
俺の部屋が終わると、次は隣の凛の部屋へ移動し、同じように隅々までピカピカに磨き上げた。
普段から俺が定期的に掃除に入っているとはいえ、家具の裏側やサッシの隙間など、年末だからこそできる細かい部分のホコリを徹底的に排除していく。
そして、時刻は午後16時を少し回った頃。
「……ふぅっ! 終わったぁー!」
「ああ。お疲れ様、凛。見違えるくらい綺麗になったな」
西日が差し込むリビングの真ん中で、俺たちは大きく伸びをした。
ホコリ一つ落ちていないフローリングが、夕暮れの光を反射してツヤツヤと輝いている。
空気が澄んでいて、深呼吸をするだけで胸の奥までスッキリとするような達成感があった。
「日が落ちてくると一気に冷え込むな。布団、今のうちに取り込んじゃおうぜ」
「うんっ、そうだね」
俺は窓を開け、まずは自分の部屋のベランダに干してあった羽毛布団を取り込んだ。
冬の乾燥した空気と、たっぷりの太陽の光を吸い込んだ布団は、朝のぺちゃんこだった状態が嘘のように、パンパンに膨れ上がっている。
「よいしょっと……」
とりあえず俺のベッドの上に、バサッとそのふかふかな塊を置く。
「凛の部屋の布団も、俺が取り込んでくるよ。お前はちょっと休んでていいぞ」
「ほんと? ありがとう、朝陽くん……私、もう腕がパンパンかも……」
慣れない肉体労働で限界が近付いているらしい凛は、へにゃりと肩を落として力なく手を振った。
それから数分後。
隣の部屋で凛の布団を取り込み、綺麗に畳んで戻ってきた俺は、自分の部屋のドアを開けて――思わず、足を踏み止まった。
「……ん?」
部屋の中に、凛の姿がない。
いや、正確には『姿は見えない』が、そこにいることは一目でわかった。
俺のベッドの上にバサッと置いたままにしていた、取り込んだばかりの羽毛布団。
そのふかふかの塊が、なぜかモゾモゾと蠢き、中央部分がこんもりと不自然に隆起していたのだ。
音を立てないようにそっと近づき、布団の端をめくってみる。
「……っ」
そこには、巨大な羽毛布団にぐるぐると全身を包み込み、まるで『ミノムシ』のような状態になった凛が、丸くなってスヤスヤと眠っていた。
布団の隙間から、ほんのりと上気した顔だけがちょこんと覗いている。
「……すぅ、すぅ……」
規則正しい寝息を立てながら、俺の布団に頬をすりすりと擦り付ける凛。
どうやら、大掃除の疲労感と、太陽の匂いをたっぷり吸い込んだふかふか布団の誘惑に、あっさりと敗北してしまったらしい。
(……なんだこれ。可愛すぎるだろ……っ)
学校では『氷の令嬢』なんて呼ばれて、誰も寄せ付けないようなオーラを放っているのに。
俺の部屋で、俺の干した布団にくるまって、こんなに無防備でだらしない顔で眠っている。
その圧倒的なギャップと愛おしさに、俺は胸を強く締め付けられ、思わず口元を片手で覆って天を仰いだ。
無理に起こすのは可哀想で、俺はベッドの端に静かに腰掛けた。
そして、布団から少しだけはみ出している彼女のサラサラな前髪を、指先で優しく梳くように撫でてやる。
「……んん……」
数分ほどそうしていると、心地よい刺激に反応したのか、凛の長いまつ毛がゆっくりと震え、潤んだ瞳が開かれた。
「……あれ。……私、いつの間に……」
「おはよう、ミノムシさん。大掃除、お疲れ様」
俺がくすっと笑いながら声をかけると、凛は寝ぼけた頭で現状を把握しようと周囲を見回し――自分が俺のベッドで、俺の布団にすっぽりとくるまっている事実に気づき、ボンッと音を立てて顔を真っ赤にした。
「あ、あわわっ! ご、ごめんなさい! 違うの、ただちょっと布団の端っこに座ろうと思ったら、すごくあったかかったから、つい寝転がっちゃった……」
布団の中から慌てて這い出そうとするが、ぐるぐる巻きになっているせいでうまく動けず、芋虫のようにモゾモゾと暴れている。
その姿がまた可笑しくて、俺は声を上げて笑ってしまった。
「ははっ、いいよ。よく頑張ったご褒美。そのままくるまってろ、今ココア淹れるから」
俺がキッチンで淹れた熱いココアと、買っておいたクッキーの箱をテーブルに並べると、凛もようやく布団から抜け出して向かいの席に座った。
「いただきます……はぁ、甘くて美味しい……」
「体、冷えてなかったか?」
「うんっ。布団のおかげでポカポカだよ」
マグカップを両手で包み込むようにして持ち、ココアをちびちびと啜る凛。
窓の外はすっかり暗くなり、ピカピカになった部屋を、温かみのある間接照明の光が優しく照らしている。
「大掃除も終わったし、これであさって、遠慮なく大輝たち呼べるな」
クッキーを齧りながらそう言うと、凛も嬉しそうに頷いた。
「うんっ。明日はお買い物だね。……市場って、カニとかもあるのかなー?」
ココアの湯気の向こう側で、期待に満ちたキラキラとした瞳がこちらを向く。俺は思わず苦笑いを浮かべた。
「カニはあると思うけど……さすがに予算的に厳しいな」
「あはは、だよね。残念」
「まあ、カニはまた今度の楽しみにしとこうぜ。明日は市場の食堂で美味い海鮮丼食べて、そこでホタテとかエビの海鮮買ってさ。そのあと、スーパーで焼肉用のお肉買って帰ってこよう」
「うんっ! 海鮮丼もお肉も、すっごく楽しみ!」
28日は、市場での海鮮丼デートとお肉の買い出し。
そして29日は、友人たちを呼んでの盛大な焼肉&海鮮パーティーだ。
ホッと息をつきながら、俺たちは顔を見合わせて微笑み合った。
綺麗になった部屋の安心感と、明日からの楽しい予定への期待感。
冷たい冬の夜風が窓を揺らす音を聞きながら、俺たちの間には、どこまでも平和で甘い時間がゆったりと流れていた。