軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第340話:唇と、おでこ

冬の澄んだ朝日が、カーテンの隙間から差し込んでくる。

温かい羽毛布団の中でゆっくりと目を開けると、すぐ目の前に、スヤスヤと規則正しい寝息を立てる凛の顔があった。

「……んぅ……」

俺の僅かな身動きに反応したのか、凛がモゾモゾと身をよじり、ゆっくりとその潤んだ瞳を開く。

「……あ」

「……おはよ、凛」

寝起きでまだ少しぼんやりとしている彼女に声をかける。

凛はパチクリと数回瞬きをしてから、ふにゃりと口元を綻ばせた。

「……おはよぉ、朝陽くん……」

付き合い始めてから同じベッドで目覚めること自体は、初めてではない。

けれど、今朝は今までとは決定的に違うことが一つだけあった。

俺は凛の顔を見つめ――そして無意識のうちに、すっと視線が下へと落ちてしまった。

凛の、ほんのり桜色をした柔らかそうな唇。

昨日の夜、イルミネーションの光の中で重ね合わせた、あの熱い感触。

それが鮮明に脳裏に蘇ってきて、心臓がドクンと大きな音を立てる。

ハッとして視線を上げると、凛もまた、同じように俺の唇のあたりを見つめていたらしい。

バチリ、と空中で視線が交錯する。

「あ……」

「…………っ」

お互いに昨晩の記憶をフラッシュバックさせたのか。

俺たちは示し合わせたように口を噤み、ボンッと音が鳴りそうな勢いで、顔を真っ赤にしてしまった。

「あ、あのさ……朝飯、作るな」

「う、うんっ……お願い、します……」

これ以上見つめ合っていると心臓が爆発しそうだったので、俺は誤魔化すように布団から抜け出し、逃げるようにキッチンへと向かった。

クリスマスディナーで洋食が続いたので、今朝のメニューは胃に優しい和食にした。

ほかほかに炊き上がった白いご飯の真ん中に窪みを作り、そこへ濃厚なオレンジ色をした卵黄をそっと落とす。

少し甘みのある、出汁の効いた卵かけご飯専用の醤油をひと回し半。

おかずは、皮目をパリッと香ばしく焼き上げた塩鮭。

箸を入れると、ジュワッと上質な脂が滲み出してくる。

それに、お豆腐とネギの熱々のお味噌汁を添えれば、最強の和朝食の完成だ。

「お待たせ。卵かけご飯でよかったか?」

「うんっ、すっごく美味しそう……!」

パジャマ姿のままダイニングテーブルについた凛は、湯気を立てる朝食を見て目を輝かせた。

「いただきます」と手を合わせ、早速お箸で卵黄を崩し、白いご飯とよく絡めてからパクリと一口。

「……ん〜っ! 卵がすっごく濃厚なのにサラサラいける!美味しい……」

口元を手で覆いながら、幸せそうにふにゃぁっと頬を緩める凛。

これを見るだけで、俺の胸の奥はじんわりとした多幸感で満たされる。

「鮭も脂乗ってて美味いぞ」

「ほんとだ、皮までパリパリ……お味噌汁も体に染みるぅ……」

ホッと息をつきながら、俺たちは向かい合って朝食を進める。

朝の気恥ずかしさは、美味しいご飯を共有しているうちに、いつの間にか穏やかで心地よい空気へと変わっていた。

「そういえば凛、今日の予定は?」

温かいほうじ茶を啜りながら尋ねると、凛は少しだけ表情を引き締め、コクリと頷いた。

「うん。今日一日かけて、今年最後のお仕事を終わらせる予定。なんとか今日中に納品したくて」

「そっか。仕事納めだな」

「朝陽くんは?」

「俺は、明日は一日大掃除にしたいから、今日の午後からその洗剤とか、いろいろ買い出しに行ってこようかなって」

「そっか。……じゃあ、今日はお互いやること頑張らないとね」

俺の言葉に、凛は嬉しそうに微笑んだ。

同じ空間で、それぞれのやるべきことに向き合う。そんな当たり前の日常のやり取りが、今はたまらなく愛おしかった。

午後13時。

俺はコートを羽織り、買い出しに出かける準備を整えて玄関に立っていた。

「じゃあ、行ってくるな。遅くとも夕方には帰るから」

「うんっ。気をつけてね」

部屋着のまま見送りに来てくれた凛が、玄関先で小さく手を振る。

その姿が妙に可愛らしくて、俺はドアノブに手をかける前に、ふと足を止めた。

「凛」

「ん……?」

首を傾げる凛に一歩近づき、俺は彼女の前髪をそっとかき分けた。

そして、少しだけ前傾姿勢になり、彼女の白いおでこに――チュッ、と優しく唇を落とした。

「っ……!」

「今年最後の仕事、根詰めすぎないようにな。頑張れよ」

おでこに落ちた突然の感触に、凛は目を丸くして固まり、やがてみるみるうちに顔を真っ赤に染め上げた。

「あ、朝陽くんの……ばか。いきなり、そういうことする……っ」

「ははっ。いってきます」

両手でおでこを押さえながら照れる彼女の姿に、俺は思わず小さく笑みをこぼす。

「……うんっ。いってらっしゃい!」

背中越しに聞こえた、少し弾んだ甘い声。

冬の冷たい風が吹く外に出ても、俺の顔の熱は、スーパーに着くまでずっと冷めることがなかった。