軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第337話:始まりの場所と、ずっとしたかったこと

「……ああ。絶対に来よう。俺たちの家から、一緒に」

俺のその言葉に、凛は嬉しそうに、けれど少しだけ泣きそうな顔をして、こくりと小さく頷いた。

眼下には、何万球ものイルミネーションが作り出す黄金色の光の海が広がっている。

遠くの方からは、メイン広場ではしゃぐ人々の微かなざわめきや、クリスマスソングのメロディが風に乗って微かに聞こえてきていた。

けれど、この薄暗い展望スペースだけは、まるで喧騒から切り離されたように静かだった。

冬の冷たい夜風が、二人の間をサッと吹き抜けていく。

吐く息は真っ白に染まり、外気に触れている肌はピリピリとするほど冷たい。それなのに、俺のコートの右ポケットの中で繋いでいる凛の手だけが、じんわりと、不思議なくらい熱を持っていた。

ふと、沈黙が落ちた。

気まずい沈黙ではない。お互いの言葉の余韻を、そしてお互いの存在そのものを確かめ合うような、甘くて優しい空白の時間。

俺は、イルミネーションの光に照らされた凛の横顔を見つめた。

寒さのせいか、それとも別の理由か。彼女の白い頬が、ほんのりと淡い桜色に染まっている。

「……凛」

無意識のうちに、口から名前がこぼれていた。

凛がゆっくりとこちらを向く。瞳が、真っ直ぐに俺を捉えた。

俺はポケットに入れていない方の左手をそっと伸ばし、冷たい風に晒されていた凛の頬に、優しく触れた。

「あっ……」

俺の手のひらの温もりに驚いたのか、凛の肩がビクッと小さく跳ねる。

だが、彼女は逃げなかった。それどころか、俺の手のひらに自分の頬をすり寄せるようにして、気持ちよさそうに目を細めた。

「朝陽くんの手……あったかい」

すり、すりと、子猫のように甘えてくる。

その無防備すぎる姿に、俺の胸の奥で、今まで抑え込んできた何かが静かに、けれど確実に溢れ出しそうになっていた。

この半年間。隣に住むただの同級生から始まり、一緒にご飯を食べ、笑い合い、たくさんの時間を共有してきた。

俺の作るご飯を美味しそうに食べてくれる彼女の笑顔が、いつの間にか俺の日常の中心になっていた。

(……この先もずっと、凜の隣にいたい)

そんな想いが、確かな熱となって全身を駆け巡る。

頬に添えていた俺の指先が、ゆっくりと彼女の耳元、そしてサラサラの髪へと滑っていく。

その気配を感じ取ったのか、凛は空いている左手をそっと持ち上げ、俺のコートの胸元を、ぎゅっと掴んだ。

そして——少しだけ背伸びをして。

長いまつ毛を伏せ、ゆっくりと、待つように目を閉じた。

それは、彼女からの無言の合図だった。

俺はゆっくりと息を吸い込み、覚悟を決めて、少しだけ前傾姿勢になる。

シャンプーの甘い匂いが、冬の冷たい空気と混ざり合って鼻腔をくすぐる。

近づくにつれて、お互いの白い吐息が重なり合い、溶けていった。

そして。

「……っ」

俺の唇が、凛の柔らかい唇に、そっと重なった。

触れるだけの、本当に僅かな時間のキス。

冬の張り詰めた空気の中で、そこだけが嘘みたいに熱かった。

頭の奥が真っ白になり、心臓の音だけが、耳元でやけにうるさく鳴り響いている。コートの胸元を掴む凛の手にも、ぎゅっと力がこもるのが分かった。

世界からすべての音が消え去り、ただ重なった唇の温もりだけが、今の俺たちにとっての『すべて』だった。

ゆっくりと、唇を離す。

目を開けると、至近距離に凛の顔があった。

凛はパチクリと一度瞬きをした後。

みるみるうちに耳の先から首すじまで、真っ赤に染め上げていった。

けれど、彼女は慌てて顔を隠したりはしなかった。

凜は俺を真っ直ぐに見つめ返し、ふにゃりと、最高に幸せそうな笑顔を浮かべた。

「……ずっと、こうしたかった」

「そうだな……」

照れくさそうに、でもどこか余裕を感じさせるような甘い声。

凛はそのまま、俺の胸にコツンとおでこを乗せ、背中に腕を回してギュッと抱きついてくる。

俺も彼女の小さな背中を両腕で優しく、力強く抱きしめ返す。

「……最高のクリスマスになった。私、世界で一番……幸せだよ……っ」

くぐもった、けれど心からの嬉しさに満ちた声。

重ね合わせたお互いの胸の奥から、ドキドキという少し早くて大きな鼓動が、心地よいリズムで伝わってくる。

その温もりと彼女の言葉がたまらなく愛おしくて。

俺は、抱きしめていた腕を少しだけ緩め、俺の胸元に顔を埋めている凛の肩をそっと押して、もう一度その顔を見つめ返した。

「俺もだ。俺も……凛に出会えて、凛の隣に入れて、世界で一番幸せだ」

俺のストレートな言葉に、凛の瞳からポロリと、一粒の綺麗な涙がこぼれ落ちる。

俺は親指でその涙を優しく拭い去った。

そのまま、俺たちは至近距離で、じっと見つめ合った。

凛の瞳が、俺の目から、すっと俺の唇へと落ちる。

俺も潤んだ同じように、彼女の少し赤くなった柔らかい唇を見つめていた。

「もう一回」なんて言葉での確認は、必要なかった。

どちらから誘ったわけでもない。

ただ、お互いの「もっと触れたい」という気持ちが、痛いほどに同じだと分かっていたから。

俺たちは引力に吸い寄せられるように、ゆっくりと再び顔を近づけ——。

今度は、触れるだけじゃない。

お互いの想いを、体温を、すべてを分け合うようなキスだった。

先程よりも少しだけ強く、深く唇を重ね合わせる。

俺の首元に凛の細い腕が回され、背伸びをする彼女を支えるように、俺も彼女の腰を引き寄せて、二人の間の隙間を完全にゼロにした。

冷たい風が吹く展望スペース。

けれど俺たちの間には、どんな寒さも入り込めないほどの、圧倒的で熱い多幸感が満ち溢れていた。

聖夜のイルミネーションに包まれた、俺たちだけの特等席。

これまでのどんな時間よりも甘くて、温かくて、一生忘れられないクリスマスが、そこにはあった。