作品タイトル不明
第336話:光のトンネルと、始まりの場所
温かいカフェを出て、イルミネーションのメイン会場である大きな公園に足を踏み入れた瞬間。
俺たちの視界は、圧倒的な黄金色の光に包み込まれた。
「わぁ……っ! 朝陽くん見て、すっごく綺麗!」
頭上を覆い尽くすケヤキ並木の枝には、何万球ものLEDライトが飾られ、まるで光のトンネルのように奥までずっと続いている。
その無数の光が、凛の着ている白いダッフルコートや、透き通るような白い肌を照らし出していた。
目を輝かせてはしゃぐその姿は、学校での『氷の令嬢』という異名からは想像もつかないほど、年相応で無邪気な少女のものだ。
「……ああ。すげぇ綺麗だな」
俺はイルミネーションよりも、黄金色の光に照らされて微笑む彼女の横顔に、すっかり見惚れてしまっていた。
クリスマス当日の夜ということもあり、光のトンネルの奥へ進むにつれて、周囲のカップルや家族連れの数はどんどん増えていった。
「あっ、ごめんなさ——」
「っと、危ない」
すれ違おうとした集団に凛の肩がぶつかりそうになり、俺は咄嗟に彼女の肩を抱き寄せた。
すっぽりと俺の腕の中に収まるような形になり、凛からふわりと甘いシャンプーの香りが漂ってくる。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがとう……すごい人だね」
「はぐれたら迷子になるぞ。……ほら」
俺は凛の右手をとり、そのまま自分のチェスターコートのポケットへと引き入れた。
ポケットの中で、冷え切っていた彼女の小さな手を、俺の少し大きめの手でしっかりと包み込むようにして指を絡める。
「今日は絶対、手離すなよ」
「うんっ……離さない。ずっとギュッてしてる」
俺のポケットの中で、凛がギュッと力強く手を握り返してくる。
冬の冷たい空気の中で、繋いだ手から伝わってくる確かな温もりが、なんだかとても愛おしかった。
「ちょっと鼻先赤くなってるぞ。寒くないか?」
「うん、手繋いでるから大丈夫。でも、ちょっと冷えてきたかも……」
広場の近くまで来たところで、俺は出店で売られていた温かい『ホットアップルサイダー』を一つ買って、凛に手渡した。
「わぁ、いい匂い。シナモンと、りんごの匂いがする」
凛は冷えた両手で紙コップを包み込み、ふーふーと息を吹きかけてから、小さく一口飲んだ。
「ん〜っ……あったかくて、すっごく美味しい。冷えた体に染みる」
「よかった」
「朝陽くんも飲む?」
凛は自分が口をつけたばかりのコップを、ごく自然な動作で俺の方へと差し出してきた。
一瞬、コップの縁についた小さなリップの跡に目がいってしまう。
(いや、今までも普通にシェアしてただろ。変に意識するな)
自分にそう言い聞かせながら、俺はコップを受け取り、凛が飲んだのと同じ場所に口をつけて一口飲んだ。
りんごの甘みとスパイスの香りが、喉の奥を熱く通り抜けていく。
「……うん、あったかいな」
「……う、うん」
コップを返すと、凛はなぜか少しだけ視線を泳がせ、耳の先までほんのりと赤く染めていた。
イルミネーションの光のせいなのか、それとも温かい飲み物のせいなのか。お互いに少しだけ早くなった心拍数を誤魔化すように、俺たちは再びゆっくりと歩き出した。
会場の最奥。ひときわ巨大で美しいメインのクリスマスツリーの周辺は、身動きが取れないほどの人だかりになっていた。
「メインツリー、すごい人だな……。凛、ちょっと行きたいところがあるんだけど、いいか?」
「うん。朝陽くんと一緒なら、どこでも」
俺は凛の手を引いて、人混みで賑わうメイン広場を離れ、少し薄暗い遊歩道へと続く緩やかな坂を上っていった。
木々に遮られたその道を抜けると、視界が一気に開ける。
そこは、眼下に広がる何万球ものイルミネーションの光の海を、少し高い位置から一望できる静かな展望スペースだった。
メインツリーからは離れているため、周囲には数組のカップルがまばらにいるだけで、とても静かだ。
眼下の景色を見下ろした凛が、ハッとしたように息を呑み、俺の顔を見上げた。
「朝陽くん、ここって……」
「ここなら、人混みを気にせずにゆっくり見れるだろ」
俺が微笑みかけると、凛の瞳がジワッと潤んだ。
無理もない。ここは半年と少し前、俺が凛に想いを伝えた——あの『告白の場所』だった。
「覚えてて、くれたんだね」
「忘れるわけないだろ。俺たちにとっての、始まりの場所なんだから」
あの日は、自分が作ったご飯を美味しそうに食べる彼女を、これからもずっと隣で見守っていたいと、ただそれだけを願って想いを伝えた。
そこから約2か月が経ち、今、俺の手の中には彼女の温もりがある。
凛は、眼下に広がる黄金色の光の海を見つめた後、真っ直ぐに俺の目を見つめ返してきた。
「……私ね。来年も。再来年も、ずっと……朝陽くんと一緒に、ここに来たいな」
それは、ただのクリスマスの願い事じゃない。
これからもずっと一緒にいるという、未来への約束だった。
俺は繋いでいた右手を一度ポケットから出し、今度は両手で、凛の小さな手をしっかりと包み込んだ。
「……ああ。絶対に来よう。俺たちの家から、一緒に」
周囲の喧騒がスッと遠のき、まるでこの世界に俺たち二人だけしかいなくなったような、静かで甘い空気。
俺は、光に照らされて潤む彼女の瞳から、もう目を逸らすことができなかった。