作品タイトル不明
第335話:誕生石のオルゴールと、半年間の軌跡
12月25日、クリスマスの朝。
ベッドの上で起き上がり、少し震える手で、凛は俺が渡した小さな箱のラッピングを解いた。
パカッ、と箱を開けた瞬間。
「あっ……」と、凛の口から小さな吐息が漏れた。
中に入っているのは、繊細なガラスの装飾が施された、手のひらサイズの美しいオルゴール。
そして中央には、凛の誕生石がキラキラと澄んだ光を反射している。
「これ……前に一緒に雑貨屋さんに行った時、私がずっと見てたやつ……っ。でも、あの時『もう在庫がない』って……」
「ああ。あの時、凛がすげぇ欲しそうにしてたからさ」
驚きで目を丸くする凛に、俺は少し照れくさくなりながら頭を掻いた。
「え、じゃあどうやって……まさか、これを作ってる工房まで直接行ってくれたの?」
「まあな。調べてみたら、隣県だったから電車で行ける距離だったし」
「隣県って……」
「凛の実家の近くだったよ。すごく綺麗なところだった」
俺の言葉を聞いて、凛の瞳がジワッと潤み始めた。
彼女の過去の思い出が詰まった街。
その近くの工房まで、俺が足を運んでこのオルゴールを探しに行ったという事実に、彼女は胸をいっぱいにしているようだった。
「でも、これ……すごく高かったでしょ……? 電車賃だって……」
「お小遣い貯めてたから、値段は気にすんなよ。凛が喜んでくれるなら、そんなの全然安いもんだし」
俺がそう言って笑いかけると。
「……っ、朝陽くん……っ!」
凛は箱をサイドテーブルにそっと置くと、そのまま勢いよく俺の胸に飛び込んできた。
ギュッと力強く抱きついてくる細い腕。
俺の胸元に顔を埋めながら、凛は子供のように擦り寄ってくる。
「ありがとう……っ。私、すっごく嬉しい……! 一生、大切にするね」
「ははっ、大げさだな。……メリークリスマス、凛」
「うんっ……大好きだよ、朝陽くん」
朝の光に包まれたベッドの上で、俺たちはしばらくの間、お互いの温もりを確かめ合うように抱きしめ合っていた。
そして、お昼過ぎ。
俺たちは、夕方からのイルミネーションデートに向けて準備を進めていた。
「朝陽くん、お待たせ!」
自分の部屋で着替えを済ませてリビングに戻ってきた凛を見て、俺は思わず息を呑んだ。
白のダッフルコートに、淡いピンクとブラウンのチェック柄のマフラー。
髪は少し巻いてふんわりとさせており、普段の学校での『氷の令嬢』の面影はどこにもない、最高に可愛らしい冬のデートスタイルだった。
「どうかな……? おかしくない?」
「おかしいわけないだろ。すげぇ似合ってる。……ていうか、可愛すぎる」
「えへへ、やったぁ」
俺の素直な感想に、凛はパッと花が咲いたような笑顔を見せる。
「実はね、もう一つ迷ってたのがあって……ちょっと待ってて!」
「えっ?」
凛はパタパタと部屋に戻ると、今度は少し大人っぽい黒のノーカラーコートに、上品なパールのイヤリングをつけて登場した。
「こっちの少し大人っぽい感じと、さっきの白いコート、どっちが朝陽くんの好みに合うかな……? 朝陽くんに一番可愛いって思ってもらえる方で行きたいの」
上目遣いで尋ねてくる凛。
彼女の気合いの入り方に、俺の心臓はすでに限界を迎えそうだった。
「……どっちも似合ってるけど。イルミネーション見るなら、さっきの白いコートの方が、光に反射して綺麗に見えるかもしれない。凛の柔らかい雰囲気に合ってるし」
「そっか! じゃあ、最初の白いコートで行くね!」
俺のために一生懸命におめかしをしてくれる彼女が愛おしくて、俺は無意識に彼女の頭を優しく撫でていた。
夕方16時半。
イルミネーションの会場となる大きな公園の最寄り駅に着いた俺たちは、点灯時間の17時まで、近くの落ち着いたカフェで時間を潰すことにした。
店内はコーヒーと甘いワッフルの香りが漂い、オレンジ色の間接照明が温かい空間を作り出している。
窓際の席に向かい合って座り、俺たちは温かい紅茶をすすった。
「外、結構寒くなってきたな」
「うん。でも、カフェの中はあったかいね」
マグカップを両手で包み込みながら、凛はふと、窓の外を行き交う人たちを見つめて、柔らかく微笑んだ。
「……ねえ、朝陽くん。私たちが出会ってから、もう半年が経つんだね」
「ん? ああ、そうだな。」
振り返ってみれば、本当に色々なことがあった。
最初はただの『近寄りがたい氷の令嬢』だったのに。
「あの日、朝陽くんが私にご飯を作ってくれなかったら、今の私はどうなってたんだろうって、たまに思うの」
「大げさだって。でもまあ、最初は凛の部屋、本当に何にもなくて驚いたけどな」
「うぅ……あの時は本当に生活能力ゼロだったから……」
恥ずかしそうに身を縮める凛に、俺はクスクスと笑う。
「俺が風邪引いた時は、凛が必死に看病してくれただろ。あの不器用なお粥、すげぇ嬉しかったぞ」
「あーっ、あれは言わないで! 今思い出すと恥ずかしすぎるから!」
「ははっ。あとは夏休みに凛の部屋のクーラーが壊れて、俺の部屋で半同棲みたいになったこともあったな」
「あったねぇ。あの時、朝陽くんのベッドを占領しちゃって申し訳なかったけど……でも、毎日一緒にいられてすっごく楽しかったな」
思い出の扉が開くと、次から次へと二人の記憶が溢れ出してきた。
「ベランダから二人で見た夏の花火も綺麗だったし……駅前のモールで一緒にお買い物したり、友達も呼んでうちで焼肉パーティーしたのも楽しかったよな」
「うんっ! あと、私のイラストの資料探しのために、二人で少し遠出して旅行に行ったのも! 電車の中で駅弁食べたり、写真いっぱい撮ったり……全部昨日のことみたいに覚えてる」
嬉しそうに語る凛の瞳は、カフェの照明を反射してキラキラと輝いていた。
やがて凛は、マグカップから手を離し、テーブルの上でそっと俺の手の上に自分の手を重ねてきた。
「……私ね。ずっと一人で絵を描いて、学校と家の往復だけの、モノクロみたいな毎日だったの」
少しだけ真剣な、だけどどこまでも温かい声。
「でも、朝陽くんと出会って。朝陽くんの温かいご飯を食べるようになって……私の世界、すっごく明るくて、温かい色になったんだよ」
「……凛」
「いつも守ってくれて、甘やかしてくれて、本当にありがとう。……私、朝陽くんに出会えて、世界で一番幸せだよ」
彼女からの、真っ直ぐで嘘偽りのない愛情と感謝の言葉。
俺は重ねられた彼女の小さな手を、しっかりと握り返した。
「俺の方こそ、凛が美味しそうに俺のご飯を食べてくれるから、毎日がすげぇ楽しいんだ。……これからも、ずっと隣で笑っててくれよな」
「うんっ……!」
凛が満面の笑みで頷いたその時。
窓の外から「わぁっ!」という人々の歓声が聞こえてきた。
17時。
窓の外を見ると、公園へと続くケヤキ並木に飾られた何万球ものイルミネーションが、一斉に黄金色の光を放ち始めていた。
「朝陽くん、点いたよ! すっごく綺麗……!」
「ああ、行こうか。」
俺たちは温かいカフェを後にして、手をしっかりと繋ぎながら、光のトンネルへと歩き出した。