作品タイトル不明
第333話:クリスマスイブ。膝枕と甘やかされ令嬢
12月24日、クリスマスイブ。
世間のカップルたちがイルミネーションや高級ディナーへと繰り出す中、俺たちは「今日は一歩も外に出ない」という固い決意のもと、リビングに完璧な陣地を構築していた。
テレビの前には大きな毛布と長座布団。
手の届く範囲にジュースとスナック菓子。
暖房をしっかりと効かせた部屋で、俺たちは毛布にすっぽりと包まりながら、午前中からずっとDVD鑑賞に没頭していた。
「……んんぅ……」
午後に入り、二本目の映画が中盤に差し掛かった頃。
ポカポカとした部屋の暖かさと、お昼ご飯を食べた後の満腹感からか、隣に座っていた凛がこてんと体を傾けてきた。
そして、ごく自然な動作で俺の太ももの上に頭を乗せ、ごろんと横になる。
「……眠いのか?」
「ううん、起きてる。……でも、ここあったかいから、ちょっとだけ」
俺の膝を枕にして、下から見上げてくるトロンとした無防備な瞳。
学校で『氷の令嬢』と呼ばれている彼女が、俺の膝の上でスナック菓子をかじりながら猫のようにすり寄ってくるのだ。
この圧倒的なギャップと特別感は、何度味わっても心臓に悪い。
映画の音声だけをBGMに、俺は無意識のうちに、膝の上にある凛のサラサラの髪を優しく梳くように撫でていた。
凛は目を細め、俺の手のひらにすりすりと頬を寄せてくる。
世界中のどこを探しても、ここより平和で幸せな特等席は存在しないと断言できた。
「——おっ、もう15時過ぎか。そろそろ夜の準備するか」
映画のエンドロールを見届けた後。
俺がそう言って立ち上がると、凛も「うんっ!」と元気よく立ち上がり、二人でキッチンへと向かった。
俺はエプロンを締め、まずはメインディッシュの準備に取り掛かる。
昨日スーパーで買ってきた、大きな骨付きの鶏もも肉。
これにフォークでいくつか穴を空け、塩コショウを振る。
そして、すりおろしたニンニク、醤油、ハチミツ、少しの赤ワインを合わせた特製ダレを、肉の奥まで染み込むようにしっかりと揉み込んでいく。
「朝陽くん、手際いい……。料理してる横顔、すっごくかっこいい」
「っ、バカ。からかうなって」
隣で目を輝かせて見つめてくる凛の視線に、俺は少し照れくさくなりながら、タレを絡ませたチキンをオーブンへと放り込んだ。
「よし、チキンが焼けるまでにケーキのデコレーションだ。俺は生クリームを泡立てるから、凛はイチゴのカットをお願いできるか?」
「任せて!」
ここからは二人での共同作業だ。
市販のスポンジケーキに、俺が八分立てにした滑らかな生クリームをたっぷりと塗っていく。
そして、カットした大きなイチゴをトッピングしていくのだが——ここで、凛の『超売れっ子イラストレーター』としての本領が爆発した。
「ここの空間にはこのサイズのイチゴを置いて……ここにホイップを絞って、アラザンを散らせば……」
真剣な表情でピンセット(料理用のもの)を操る凛。
完成したケーキは、赤と白のコントラストが見事に計算され、まるで高級パティスリーのショーケースに並んでいるような、芸術的で可愛らしい仕上がりになっていた。
「すごいな……。ギャップよ……。」
「えへへ、色の配置とかバランス取るのは得意だからね。……あ、朝陽くんお口開けて。あーん」
「ん?」
凛が、余ったイチゴを一つ、俺の口元に差し出してきた。
パクリと咥えると、イチゴの甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。
「美味しいか?」
「ん。……あ、でも凛、口の端にクリームついてるぞ」
「えっ、ほんと?」
ペロッと舐め取ろうとする凛を制して、俺は指先で彼女の口元のクリームをスッと拭う。
昨日のクレープ屋での出来事が頭をよぎり、お互いに顔を見合わせて、ふふっと照れくさそうに笑い合った。
チキンが焼き上がるまでの間、俺たちは再びソファに戻って休憩していた。
オーブンからは、醤油が焦げる香ばしい匂いと、食欲を刺激する強烈なニンニクの香りが部屋いっぱいに漂い始めている。
「……お腹、空いてきちゃった」
「俺も。そろそろ焼き上がる頃だ」
18時。
オーブンの終了音が鳴り響き、俺たちのクリスマスイブ・ディナーが幕を開けた。
テーブルの中央には、こんがりと黄金色に焼き上がった大きなローストチキン。
その横には、ベビーリーフとトマトで作ったクリスマスリース型のサラダ、そして凛がデコレーションした美しいケーキ。
「それじゃあ……メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
グラスに注いだジンジャーエールで乾杯し、いざ実食。
俺はチキンの骨の部分を持ち、思い切りかぶりついた。
パリッ。
心地よい音を立てて弾けた皮目からは、ハチミツの甘みと醤油の香ばしさがガツンと脳を揺らしてくる。
そして、柔らかい肉を噛み締めた瞬間、中からジュワァァッ……! と、閉じ込められていた熱々の肉汁がとめどなく溢れ出してきた。
「うっま……!」
「ん〜〜〜っ! なにこれ、すっごく美味しいっ!」
向かいの席でチキンを頬張った凛も、目を丸くした後、完全にとろけたような笑顔になった。
「お肉すっごく柔らかいし、タレが甘辛くて最高……。本当に美味しいよ、朝陽くん……」
「ははっ、よかった」
「大げさじゃないもん。……もう、朝陽くんをお嫁さんにしたい」
「そこは旦那にしてくれよ」
口の周りに少しタレをつけながらこぼした凛の言葉に、俺がさらっとツッコミを入れると。
「……えっ。だ、旦那って……。つ、つまり、それって……私が朝陽くんの……」
自分の言葉がどこに行き着くのか気づいたのか、凛の顔がボンッと音を立てて真っ赤に爆発した。
両手で顔を覆い、耳まで真っ赤にしてプルプルと震え始める。
「いや、 なんで自分で言って照れてるんだよ!お前から始めた物語だろ!」
俺も顔に熱が集まるのを感じながら、たまらずツッコミを入れた。
彼女の無自覚な破壊力には、本当に敵わない。
そんなやり取りをしながら、チキンもサラダも平らげ、最後は手作りのクリスマスケーキを満腹になるまで堪能した。
「ふーっ、食べた食べた! すっごく美味しかったぁ」
「明日はイルミネーション見て、夜は外食デートだからな。今日のうちに腹空かせとかないと」
「うんっ! 明日のお出かけも、すっごく楽しみ!」
食器を片付け終えた後、俺たちは再びソファに並んで座り、満腹のお腹をさすりながら笑い合った。
時刻はまだ夜の20時過ぎ。
明日の朝、目が覚めた時の『プレゼント交換』を心待ちにしながら。
俺たちの甘くて幸せなクリスマスイブの夜更かしは、まだまだこれからが本番だった。