軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第328話:満員電車と、不穏な気配

「んっ……外、けっこう寒いね」

玄関のドアを開けた瞬間、12月特有の刺すような冷たい風が頬を打った。

ベージュのダッフルコートを着た凛が、ブルッと小さく肩を揺らして身をすくめる。

「そうだな。……ほら、ちょっとこっち向いて」

「ん?」

俺は歩き出そうとしていた凛を引き止め、彼女の首元に手を伸ばした。

白いフワフワのマフラーが少し緩んでいて、そこから冷たい空気が入り込んでいたのだ。

俺はマフラーの両端を持ち、隙間を埋めるように優しく、しっかりと巻き直してやる。

「これなら、風が入らなくてあったかいだろ」

「あ……うんっ。ありがとう、朝陽くん」

至近距離で見つめ合う形になり、お互いの白い吐息がふわりと混ざり合う。

はにかむように笑った凛の頬は、寒さのせいだけではなく、ほんのりと薄紅色に染まっていた。

「あ、そうだ。ちょっと待ってろ」

駅へ向かう道すがら、俺は通りかかった自動販売機で『温かいミルクティー』を一本だけ買った。

「はい、飲むか?」

「うん、もらう!」

俺が差し出した缶を両手で包み込むように受け取ると、凛はこくりとミルクティーを飲んだ。

「ん〜っ、あったかくて甘い……美味しい」

「手も温まるだろ。駅までそれ持ってな」

「えへへ。半分こ、嬉しいな」

嬉しそうに微笑む彼女を見ていると、俺の方まで体温が急上昇していくのを感じてしまう。冷たい冬の風も、今日ばかりは最高のスパイスだった。

「次は〜、〇〇駅〜」

電車に揺られながら、俺と凛は目的のショッピングモールへと向かっていた。

これから荷物が増えることを見越して、かさばる大きめのエコバッグは小さく畳み、俺の鞄の中にしまってある。

休日の昼前ということもあり、車内はそこそこ人が乗っていた。

そして、さっきからやけに周囲からの視線を感じる。

チラチラと、色々な方向から飛んでくる熱い目線だ。

『ねえ、あの人……超カッコよくない?』

『ほんとだ、背高いし……モデルかな?』

『服もめっちゃオシャレだし……やばっ、目合いそう』

少し離れた席に座っている女子大生らしきグループから、そんなヒソヒソ声が漏れ聞こえてきた。

俺は思わず、自分の顔をペタペタと触る。

(……なんだ? 俺、顔に何かついてるか?)

それとも、寝癖でもついたままだっただろうか。

少し焦って隣の凛を盗み見ると、彼女は女子グループの方をチラリと一瞥した後、ぷくっと少しだけ頬を膨らませた。

そして次の瞬間。

「……ぎゅっ」

「おわっ、凛?」

凛は俺の腕に両腕を絡ませ、自分の体をピタリと密着させてきたのだ。

見上げくる瞳は「この人は私の彼氏です!」と周囲に見せつけるような、可愛らしい独占欲に満ちている。

(……なるほどな)

俺は、周囲の視線の理由を完全に理解した。

隣にいる凛が目を引くほどの美少女だから、男たちが俺のことを妬んで見ているのだ。そりゃあそうだ、今日の凛はいつも以上に可愛いのだから。

「……どうしたの、朝陽くん?私の顔、何かついてる?」

「いや。凛は今日も本当に可愛いなと思ってな」

「っ……〜〜!」

俺が本心から真っ直ぐにそうこぼすと、凛の顔がポンッと音を立てるように真っ赤に染まった。

ヤキモチを焼いていたはずの彼女は、照れ隠しをするように俯き、俺のチェスターコートの袖をぎゅっと掴んで顔を隠してしまう。

(可愛すぎる)

そんなやり取りをしているうちに、電車が主要駅に到着し、どっと人がなだれ込んできた。

あっという間に車内は満員状態になり、俺たちはドア横のわずかなスペースへと押しやられる。

「わっ……!」

「凛、こっち!」

人にぶつかられそうになった凛の肩を抱き寄せ、俺は彼女を壁際に立たせた。

そして、彼女をすっぽりと覆い隠すように、俺の両腕をドア横の壁につく。

いわゆる壁ドンのような体勢で、凛のパーソナルスペースを確保する。

「あっ……」

「大丈夫か? 苦しくないか」

「う、うん……朝陽くんの匂いがして……すっごく、落ち着く」

俺の腕の中で、凛が上目遣いでこちらを見上げてくる。

すぐ目の前に彼女の顔があり、甘いシャンプーの香りが鼻先をくすぐって、俺の心臓までバクバクと鳴り始めた。

周囲の乗客から押し潰されないよう、俺はしっかりと足を踏ん張り、腕の中にいる凛の温もりを感じていた。ここだけは、他の誰にも邪魔されない俺たちだけの特等席だ。

——だが、そんな甘い空気を切り裂くような、不穏な気配がすぐそばにあった。

俺の左腕のすぐ外側。満員の人波に押されてピタリと張り付いてきた、ニット帽を被った中年のおじさん。

さっきからやけに周囲をキョロキョロと見回し、明らかに挙動不審な動きをしている。

ガタンッ!

電車がカーブに差し掛かり、車体が大きく揺れたその瞬間だった。

おじさんの腕が不自然に下がり、その手に握られたスマートフォンのカメラレンズが——横から、凛のスカートの裾に向かってスッと差し込まれるように伸びた。

(……盗撮か?)

チラリと見えた、黒いレンズ。

それが俺の腕の中にいる大切な彼女に向けられていると理解した瞬間。

俺の頭の中で何かが弾け、血圧が一気に沸点まで跳ね上がるのが分かった。