作品タイトル不明
第310話:もふもふ寝具と、熱々お好み焼き
午後の授業が終わり、俺たちは一緒にアパートへの帰り道を歩いていた。
「……なぁ、凛。ショート動画って、本編のどこをどう切り抜いたら見てもらいやすいと思う?」
俺が尋ねると、凛は少しだけ視線を宙に泳がせて思考を巡らせた後、プロのイラストレーターとしての真剣な顔つきで答えた。
「うーん……やっぱり、一番最初の数秒が勝負だと思う。だから、最初に『完成した美味しそうな料理』をバーンって見せて視線を惹きつけるの。その後に、お肉が焼けるハイライトとかをテンポよく繋げていくのがいいんじゃないかな?」
「なるほど、最初に完成品で食欲を刺激するのか。さすが、参考になるよ」
「えへへ、お役に立てて光栄ですっ」
そんな作戦会議をしながら歩いていると、あっという間にアパートへ到着した。
昨日と同じように、お互い一度自分の部屋に戻って着替えることになった。
俺は201号室で着慣れたスウェットに着替えた後、脱衣所へ向かった。
乾燥機の中からは、昨日ホームセンターで買ったラベンダー色のシーツと掛け布団カバーが、ふかふかに乾いていい匂いを漂わせていた。
それらを両腕に抱え、俺は隣の202号室のインターホンを鳴らした。
「はーい」
ガチャリとドアが開き、顔を出したのは——俺の分厚いパーカーをダボッと着こなした凛だった。
相変わらず指先だけが覗く萌え袖状態で、少しだけ首元が緩んでいるのが無防備すぎてドキッとさせられる。
「シーツとカバー、持ってきたぞ。ベッドにセットしちゃうな」
「うんっ、ありがとう! 」
嬉しいような、寂しいような笑顔の凛を横目に、俺は手早くベッドメイキングを始めた。
マットレスに起毛素材のシーツを被せ、掛け布団にも同じ素材のカバーをかける。
数分で、ラベンダー色の『もふもふ冬用ベッド』が完成した。
「よし、できたぞ」
「わぁっ……ふかふかだぁ!」
凛は嬉しそうに声を上げ、完成したばかりのベッドにぽすんとダイブした。
そのままシーツに頬をすりすりとしていたが——数秒後。ピタリと動きを止め、ふいに眉尻を下げてしまった。
「……そっか。これで、今日の夜からは自分の部屋で寝るんだね」
「ん? ああ、そうだな」
「……うん。お揃いのもふもふだし、同じ柔軟剤だから匂いも同じなんだけどね」
凛は掛け布団をぎゅっと抱きしめ、少しだけ潤んだ上目遣いで俺を見上げた。
「やっぱり……朝陽くんの体温がないと、ちょっと寂しい」
三日連続のお泊まりが終わってしまう名残惜しさ。
いじらしい彼女の言葉に、俺の胸の奥がギュンと甘く締め付けられる。
「……お前なぁ。壁一枚隔ててるだけで、すぐ隣にいるんだから。寂しくなったら、いつでも俺の部屋に来ていいからさ」
「じゃあ、今夜!」
「さすがに早すぎる。三日はもたせなさい」
俺はベッドに腰掛け、パーカーのフード越しに凛の頭を優しくポンポンと撫でた。
凛は目を細めて気持ちよさそうにその手を受け入れ、「……うんっ」と少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
そのまま凛は自分の部屋に残り、夕食ができるまでの間、イラストのお仕事を進めることになった。
どうやら、俺の動画チャンネル用のアイコンを進めてくれるらしい。
「よし、じゃあ俺は201号室に戻って晩飯作るか。できたらLINEするよ」
「うん、お願いっ」
俺は自室に戻り、キッチンに立った。
今夜のメニューは、凛が好きな『お好み焼き』だ。
ボウルに生地を作り、たっぷりの千切りキャベツ、天かす、桜エビ、そしてすりおろした山芋を加えて空気を含ませるようにさっくりと混ぜ合わせる。
この山芋が、生地を極上のフワフワにしてくれるのだ。
熱したフライパンに生地を丸く広げ、上に豚バラ肉を隙間なく並べる。
しばらくしてひっくり返すと、『ジュウウゥゥゥッ!』という食欲をそそる音と共に、豚肉の香ばしい匂いがキッチンいっぱいに広がった。
俺はお好み焼きを皿に移し、甘辛く濃厚な特製ソースをたっぷりと塗る。
マヨネーズで綺麗な網目を描き、青のりを散らし、最後に鰹節をふわりと乗せる。
熱気でゆらゆらと踊る鰹節が、視覚からも食欲を激しく刺激する完璧な仕上がりだ。
俺はエプロン姿のままスマホを取り出し、凛にLINEを送った。
『晩飯できたよ。今日はお好み焼きだ』
送信して数秒後。
すぐに既読がついたかと思うと、パタパタという足音に続いて、コンコンと玄関のドアが開いた。
「廊下までソースのすっごくいい匂いがしてたよ……!」
「ははっ、匂いに釣られたな。さあ、冷めないうちに食おうぜ」
時計の針は19時半。
凛は小さなヘラで切り分け、熱々のお好み焼きをフーフーと冷ましてから、大きな口でパクリと頬張った。
「はむっ……んんん〜っ!!」
一口食べた瞬間、凛の瞳がパァッと輝いた。
「豚肉がカリカリで香ばしいのに、中はふわっふわ! 濃厚なソースとマヨネーズが合わさって……もう、最高に美味しいっ!」
「ははっ、そりゃよかった。お好み焼きはご飯のおかずにもなるからな、いっぱい食えよ」
「うんっ!」
俺のパーカーを着て、幸せそうにお好み焼きを頬張る彼女の姿を眺めながら、俺も遅れて熱々の晩飯を堪能した。
食後。
順番にお風呂に入り、いつものストレッチとマッサージのルーティンを終えた後。
俺たちは再びPCの前に並んで座り、ショート動画の作成に取り掛かった。
「あっ、朝陽くん! ここはお肉が焼ける『ジュージュー』って音を、もう少しだけ大きくして!」
「オーケー。あと、ここは少し倍速にしてテンポを上げた方がいいな」
「うん、賛成!」
二人で意見を出し合いながら、本編動画を切り抜き、テンポよく繋ぎ合わせていく。
凛のアドバイス通り、冒頭に完成品の美味しそうなカットを持ってきたことで、最初の1秒でガッチリと心を掴む動画になった。
約1分間のショート動画をサクッと完成させ、俺はすぐにギガ便でしょうさん達のグループLINEへ送った。
すると、数分後。
『確認したよ! 完璧! これでショートも本編もいつでも投稿できるね!』
プロからの力強いお墨付きをもらい、俺は安堵の息を長く吐き出した。
「よし……! これで動画は全部揃ったな。あとは、チャンネルのアイコンとヘッダー画像の設定だけだけど……」
「任せて!」
俺が視線を向けると、凛はドンッと自分の胸(正確には俺のパーカーの胸元)を叩いた。
「木曜日の夜には、絶対に完成させるから!」
「おっ、マジか。無理して徹夜とかするなよ?」
「大丈夫。朝陽くんのために、とびっきりのを描くからね」
えっへんと胸を張る凛の顔は、頼もしいクリエイターの顔だ。
「じゃあ……木曜日の夜にチャンネルの詳細設定を全部終わらせて。金曜日の朝かお昼に、記念すべき第一弾の動画を投稿しようか。凛が実家に帰る前にさ」
「うんっ! そうしよ!」
ついに決まった、具体的な動画投稿のスケジュール。
壁一枚を隔てて少しだけ離れる夜の寂しさを忘れさせるほど、俺たちの胸は、新しい挑戦への期待とワクワク感で大きく膨らんでいた。