軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第308話:こたつでジャンクフードと、二人三脚の動画編集

アパートの階段を上り、2階の廊下へたどり着く。

ピリッとした冬の夜気が頬を撫でる中、俺たちはそれぞれ自分の部屋のドアの前で立ち止まった。

「じゃあ、私、制服着替えてからまたそっち行くね」

「ああ、わかった。俺も着替えておくよ」

凛が202号室のドアを開けて中に入るのを見届けてから、俺も201号室へと入った。

冷え切った部屋のエアコンとこたつの電源をすぐに入れ、俺はブレザーとネクタイを外し、着慣れたゆったりとしたスウェットの上下に着替えた。

首元を締め付けていた制服から解放されると、一気に「自分の家」という安心感が押し寄せてくる。

数分後。

「ただいま!」と凛が部屋に入ってきた。

「おお。……って、あれ?」

洗濯するために、脱衣所に入ろうとしていた俺は、凛の姿を見て思わず動きを止めた。

彼女が着ている部屋着。

ダボッとした厚手の長袖パーカー。

袖から指先だけをちょこんと覗かせたいわゆる『萌え袖』状態で、華奢な凛が着ると太もものあたりまですっぽりと隠れてしまっている。

「……なぁ、凛」

「ん? なぁに?」

「お前が着てるその分厚いパーカー、なんかすごく見覚えがあるんだけど。というか……それ、俺のだよね? いつの間に持ってたんだ?」

俺が目を丸くして尋ねると、凛はパーカーの長すぎる袖で口元を隠し、少しだけ気まずそうに、けれど嬉しそうに「えへへ……」とはにかんだ。

「バレちゃった。……前に夜ちょっと肌寒かった時、朝陽くんの洗濯籠からこっそり借りてたの。洗濯して返そうと思ったんだけど……」

「思ったんだけど?」

「……朝陽くんの匂いがして、すっごく温かかったから。いつの間にか、こっそり私のクローゼットのレギュラーになっちゃってたの」

悪びれる様子もなく、ふにゃりと笑う凛。

自分の服を彼女が着ているという、いわゆる『彼パーカー』。

おまけに「俺の匂いがするから」なんて堂々と言われてしまえば、怒る気なんて微塵も起きない。

むしろ、心臓の奥がむず痒くなるほどの愛おしさが込み上げてくる。

「……まぁ、似合ってるからいいけど。風邪引かないなら、そのまま着てていいよ」

「うんっ、ありがとう!」

照れ隠しにそっぽを向いた俺の横で、凛はご機嫌な様子でこたつにすっぽりと収まった。

「えへへ、これすっごく温かいんだよ」

ふにゃりと笑うその圧倒的なギャップに、俺は一瞬だけドギマギしてしまい、誤魔化すように咳払いをした。

「そ、そうか。凛、先にこたつ入ってな。俺、ちょっとこれ洗濯機に入れてくるから」

買ってきたハンバーガーが冷めてしまう前に、俺は凛が選んだラベンダー色のもふもふシーツと掛け布団カバーを、脱衣所にあるドラム式洗濯機へと放り込んだ。

洗剤といつもの柔軟剤をセットし、洗濯から乾燥まで一気に終わる全自動コースのボタンを押す。

「よし。これで明日の夜には、お前の部屋のベッドもふかふかの冬仕様だぞ」

「ほんと? やったぁ、楽しみ!」

リビングに戻ると、凛はすでにこたつにすっぽりと収まり、買ってきた紙袋を大事そうに見つめていた。

俺もこたつに入り、ローテーブルの上にハンバーガーとポテトを並べる。

俺たちが買ってきたのは、期間限定の分厚いダブルチーズバーガーだ。

「それじゃ、冷めないうちに」

「いただきますっ!」

凛が両手で包み紙を持ち、少し大きな口を開けて、思い切ってかぶりつく。

「はむっ……んっ!」

その瞬間、熱々のパティから溢れ出した肉汁と、とろとろに溶けた濃厚なチェダーチーズが口いっぱいに広がる。

凛は目を真ん丸に見開き、咀嚼するごとにみるみるうちに頬を緩ませていった。

「んん〜っ! お肉がジューシーで、チーズがすっごく濃厚! たまにはこういうジャンクな味も、すごく美味しいねっ!」

幸せそうに目を細め、フライドポテトをひょいっと口に放り込む凛。

いつも俺の手作りご飯を美味しそうに食べてくれる彼女だが、年相応の少女らしくジャンクフードを無邪気に頬張る姿も、見ていて最高に癒やされる。

「そんなに美味いならよかったよ。」

「うんっ! 」

夕食を終え、交代でお風呂に入り、いつものストレッチとマッサージのルーティンをこなした後のこと。

寝る前の静かな時間、俺は自室のデスクでノートPCを開いていた。

一人暮らしで自炊ができない人に向けた、簡単で美味しい料理動画。

その第一弾の編集作業が、いよいよ最終段階に入っていたのだ。

「……ねえ朝陽くん。ここのテロップ、もう少しだけ表示時間が長い方が、目で追いやすくて親切かも」

「あ、なるほど。確かに初心者の人は、調味料の分量とかメモしたいかもしれないもんな」

俺のすぐ隣に椅子を引き寄せ、肩が触れ合うほどの距離で画面を覗き込んでいる凛。

彼女の横顔は、先ほどまでのふにゃふにゃした甘えん坊ではなく、視聴者目線でアドバイスをくれる。

凛の的確なアドバイスを受けながら微調整を繰り返し……ついに、一本の動画が完成した。

「よし……! できたっ!」

「お疲れ様、朝陽くん! すごく分かりやすくて美味しそうな動画になったね!」

俺は達成感に息を吐き出し、すぐにスマホを手に取った。

翔さんと彩音さんとのグループLINEを開く。

『夜分遅くにすみません。動画が完成したのですが、お手すきの時に見ていただけないでしょうか?』

送信して数十秒。あっという間に既読がつき、しょうさんから返信が来た。

『お疲れ様! 全然大丈夫だよ。大容量データ送信サービスのURLで送ってくれたら、すぐ見るよー!』

「うわ、返信早いな……!」

俺は急いで動画を出力し、ギガ便にアップロードしてURLを送信した。

すると十数分後、二人から信じられないほど細かく、そして実践的なフィードバックが送られてきた。

『テンポがすごく良くなってる! ただ、中盤の包丁の「トントントン」って音、もう少しだけBGMを下げて環境音を立たせた方が「料理してる感」が出て視聴者の食欲をそそるよ!』

『テロップの色使い、見やすくていいね! あと最後、完成した料理の湯気がもっと見えるように、少しだけコントラストいじれるかな?』

「……すげぇ。プロの視点って、ここまで細かいのか」

「ふふっ、二人とも妥協しないからね」

俺は『ありがとうございます! 修正したら、また明日見ていただいてもいいですか?』と送った。

すぐに『全然大丈夫、いつでも送っておいで!』と温かい返事が来る。

俺は気合を入れ直し、「よし、今日のうちに直しちゃうか!」と再びマウスを握った。

すべての修正作業を終えた頃には、すっかり遅い時間になっていた。

部屋の明かりを消し、俺たちは寝室のベッドに潜り込む。

遠くの脱衣所からは、洗濯機がシーツを乾燥させている微かな稼働音が聞こえていた。

「……ふぁ、疲れたぁ。でも、いい動画になったな」

「うん……朝陽くんの努力の結晶だね……」

凛が俺の胸元にすりすりと額をこすりつけてくる。

しかし、彼女はふと動きを止めたかと思うと、どこか遠い目をして、小さく呟いた。

「……明日の朝には、私のシーツとカバーが乾くんだよね」

「ん? ああ、そうだな。明日の夜からはお前の部屋も冬仕様だ」

「そっかぁ……。じゃあ……朝陽くんのベッドで一緒に寝るのは、今夜が最後なんだね」

「またお泊りしような」

凛は少しだけしょんぼりとした声を出して、俺のパジャマの胸元をきゅっと弱々しく掴んだ。

三日連続のお泊まりも、今夜で終わり。

明日からは再び、壁を隔てた別々の部屋で眠ることになる。

上目遣いでこちらを見つめる琥珀色の瞳が、少しだけ潤んでいるように見えた。

その寂しそうな顔がたまらなく愛おしくて、俺は思わず苦笑いをこぼしながら、彼女の頭をポンポンと優しく撫でた。