作品タイトル不明
第307話:もふもふと、ジャンクな夕ご飯
月曜日の放課後。
俺は学校の昇降口で、下駄箱の横の壁によりかかりながら凛を待っていた。
「……あ」
数分後。
歩道の手前から、見慣れたブレザー姿の少女が歩いてくるのが見えた。
背筋をピンと伸ばし、周囲の生徒たちが思わず振り返るほどの整った顔立ち。
だが、その表情は温度を感じさせないほど冷たく、まさしく学校で噂される『氷の令嬢』そのものだった。
しかし。
凛がこちらに気づき、俺とバッチリ目が合った、次の瞬間。
「朝陽くんっ」
冷たい仮面がふわりと溶け落ち、パァッと花が咲いたような、年相応の甘くて柔らかい笑顔に変わった。
小走りで駆け寄ってくるその姿は、さっきまでの近寄りがたい雰囲気など微塵もない。
俺という存在を見つけただけで、彼女の世界が一気に色づいたかのような、圧倒的なオンとオフの切り替わり。
(……やっぱ、このギャップは心臓に悪いな)
俺だけに向けてくれる特別な笑顔に、何度経験しても胸がトクンと大きく跳ねてしまう。
俺は照れ隠しのように軽く咳払いをし、「お疲れ。行こうか」と歩き出した。
「うんっ!」
少し冷たくなってきた夕方の空気を肌で感じながら、自然と肩が触れ合う距離で、二人並んでホームセンターへと向かう。
「うわぁ……! もふもふがいっぱいあるよ!」
大型ホームセンターに到着し、入り口付近の特設コーナーに足を踏み入れた途端、凛の琥珀色の瞳がキラキラと輝いた。
そこには、本格的な冬に向けて様々な色や素材のシーツ、掛け布団カバーがずらりと並べられている。
「さて、どれがいいかな。お前のベッドに合うやつを探さないとな」
「うんっ、任せて!」
凛はまるで宝探しをする子供のような無邪気な表情になり、早速『もふもふ品評会』を開始した。
「んー、これは少し毛足が短くて、ちょっとチクチクするかな……?」
眉をきゅっと寄せて真剣に悩んだかと思えば、
「あっ、こっちはすごく滑らか! ずっと触っていたいかも!」
今度は目を真ん丸に見開いて、頬を緩ませる。
コロコロと変わるその表情を眺めているだけで、俺まで楽しくなってくる。
さんざん売り場を行ったり来たりして吟味した結果、凛は一つの掛け布団カバーと敷きパッドのセットを両手に抱えて戻ってきた。
「朝陽くん、決めたよ! これにする!」
「おっ。俺のと同じ起毛素材で、色は淡いラベンダー色か。お前の部屋に合いそうだな」
「でしょ? 肌触りもこれが一番だったの!」
凛は「どうだ!」と言わんばかりに、少し顎を上げてえっへんと胸を張る、得意げな『ドヤ顔』を見せた。
その誇らしげな顔が可愛くて、俺は「はいはい、お目が高い」と笑いながら、彼女の頭をポンと撫でて商品を買い物カゴに入れた。
目的の寝具を買い終え、レジへと向かって歩いていた時のことだ。
ホームセンターの出入り口付近に併設されているファストフード店(有名なハンバーガーチェーンだ)の前を通りかかった瞬間。
食欲をそそるフライドポテトの揚がる匂いと、お肉を焼く香ばしい匂いが、ふわりと鼻をかすめた。
「なんか、急にお腹すいてくる匂いだな……」
俺がそう呟いた、直後だった。
『きゅるるるるっ……』
凛のお腹のあたりから、なんとも可愛らしい、けれど誤魔化しようのない音が鳴り響いた。
「……あっ」
凛はハッとしてピタリと立ち止まり、両手で自分のお腹をきゅっと押さえた。
そして、みるみるうちに耳の先まで真っ赤に染め上げ、涙目になりながら必死に首を振る。
「ち、ちがっ……! 今の、私じゃないから……っ!」
「ははっ、いや、どう考えてもお前のお腹だったろ」
「うぅ〜……ちがうもん……恥ずかしい……」
顔を真っ赤にして俯く凛。
いつも俺の手作りご飯を美味しそうに食べてくれる彼女だが、放課後のこの時間帯、しかもジャンクフードの暴力的な匂いを嗅げば、お腹が鳴ってしまうのも無理はない。
「……たまには、こういうのもいいよな」
「え?」
「今日は俺も、晩飯作るのサボらせてもらうわ。ハンバーガー、買って帰ろうぜ」
俺がそう提案すると、俯いていた凛の顔が弾かれたように上がり、パッと明るく輝いた。
「ほんと!? ハンバーガー食べていいの!?」
「ああ。期間限定の分厚いチーズバーガー、一緒に食おう」
「やったぁ……!」
というわけで、俺たちは揚げたてのポテトとハンバーガーのセットを二人分テイクアウトで購入し、店を出た。
すっかり日が落ちて暗くなった帰り道。
俺の右手にはもふもふシーツが入った大きな買い物袋。
そして凛の両手には、ハンバーガーが入ったほかほかの紙袋が大事そうに抱えられている。
「んん〜……ポテトのすっごくいい匂いがするね……」
凛は紙袋に鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぎながら、すでにとろけそうな笑顔を見せている。
「家に着くまで我慢しろよ。こたつに入って、一緒に熱々のうちに食べようぜ」
「うんっ! 早く帰ろ、朝陽くん!」
学校での『氷の令嬢』の姿からは想像もつかない、ジャンクフードの匂いに釣られるだらしない笑顔。
そんな彼女の無防備な顔を独り占めできる優越感を噛み締めながら、俺たちは足早にアパートへの帰路を急ぐのだった。